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Slashは町工場を継げるのか

「Slashは町工場を継げるのか」

一見すると、答えは簡単だ。

無理だろう。

世界的ロックスターと町工場。シルクハットと作業帽。数万人を熱狂させるギタリストと、毎朝七時半にシャッターを開ける職人。あまりにも世界が違いすぎる。

だが、この問いは、案外、本質を突いている。

なぜなら、ロックバンドと町工場は、私たちが思っている以上に似ているからだ。

町工場の仕事は、単に図面どおりに金属を削ることではない。

機械の音を聞く。

鉄の匂いを嗅ぐ。

切削工具の微妙な振動を指先で感じる。

昨日と同じ条件で回しているはずなのに、なぜか今日はわずかに仕上がりが違う。その理由を、経験と勘で探っていく。

そこにはマニュアル化できない知識がある。

優れた職人は、「どこを削ったか」を説明できても、「なぜ、その瞬間にそう判断したのか」を完全には言語化できない。

一方、Slashもまた、同じ種類の人間だ。

私たちは、彼のレスポールやアンプの型番、エフェクターの設定を知ることはできる。

しかし、あのギターソロがなぜSlashの音になるのかを、完全に再現することはできない。

同じギターを買っても、同じアンプを使っても、同じ帽子をかぶっても、誰もSlashにはなれない。

そこには、長い時間をかけて身体に染み込んだ感覚がある。

町工場の職人が、コンマ数ミリの違いを見抜くように、Slashもまた、ほんのわずかなピッキングのズレや、弦のテンションの変化を感じ取っている。

では、Slashは町工場を継げるのだろうか。

技術だけなら、案外、悪くないかもしれない。

毎日、同じ動作を繰り返すこと。

道具を手入れすること。

細部に異常な執着を持つこと。

そうした資質は、ロックスターよりも職人に近い。

しかし、本当に難しいのは、技術ではない。

町工場を継ぐということは、機械を受け継ぐことではない。

取引先との関係を受け継ぐことだ。

先代が三十年かけて築いた信用を引き継ぐことだ。

地域の祭りに顔を出し、金融機関と話し、従業員の家族のことまで気にかけることだ。

つまり、町工場とは、工場である以前に、一つの共同体なのである。

おそらく、Slashは最初の半年で旋盤の扱いを覚える。

一年後には、自分専用の工具箱を作るだろう。

二年後には、工場の隅にアンプを持ち込み、昼休みにギターを弾いているかもしれない。

だが、本当に継ぐべきものが機械ではなく、人間関係の網の目であることに気づいたとき、彼は初めて、自分が受け継ごうとしているものの大きさを知る。

だから、この問いの本質は、

「Slashは町工場を継げるのか」

ではない。

本当の問いは、

「私たちは、職人をどこまで理解しているのか」

ということなのかもしれない。

もっとも、工場の創業者が、ある朝突然シルクハット姿で現れ、「今日から息子が継ぎます」と紹介したら、従業員はまず、そのギターケースの中身を確認するだろう。

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