運営は、Slashを高嶺のなでしこに加入させるのか?
「運営は、Slashを高嶺のなでしこに加入させるのか?」
普通に考えれば、答えは「ノー」だ。
理由はいくらでもある。
年齢が違いすぎる。
文化が違いすぎる。
ファン層も違う。
そもそも、黒いシルクハットを被った世界的ギタリストが、十代・二十代のアイドルグループに加入する理由がない。
だが、もし運営が本気で検討するとしたら、問題は「Slashが優秀かどうか」ではない。
優秀であることは、最初から分かっている。
問題は、「今の高嶺のなでしこが、Slashという異物を受け止められるのか」だ。
アイドルグループの運営は、単に才能のある人を集める仕事ではない。
むしろ逆で、異なる才能がぶつからずに共存できる秩序を維持する仕事だ。
ダンスのレベル。
歌のバランス。
SNSの更新頻度。
ファンとの距離感。
ライブの尺。
グッズ展開。
数十人のスタッフが、数百の細かな要素を調整しながら、一つの世界観を保っている。
そこへ、Slashが現れる。
運営会議は、おそらくこうなる。
「話題性は抜群です」
「海外展開の可能性もあります」
「音楽的な幅も広がります」
「でも、TikTokはやってくれるんですか?」
「特典会は?」
「そもそも、彼は毎週末、日本にいますか?」
議論は尽きない。
しかし、本当に難しいのは実務ではない。
世界観だ。
高嶺のなでしこは、「アイドルグループ」である前に、一つの物語である。
ファンは、楽曲だけでなく、メンバーの成長や関係性を見ている。
そこへ、すでに世界を制したロックスターを投入した瞬間、その物語の重力が変わってしまう。
もちろん、成功する可能性はある。
ライブの最後にギターソロが入り、メンバーがそれに応える。
アイドルとロックの境界を越えた、新しいエンターテインメントが生まれるかもしれない。
だが、その時点で、もはや高嶺のなでしこは「今までの高嶺のなでしこ」ではなくなっている。
つまり、この問いの本質は、
「Slashは高嶺のなでしこで活躍できるのか」
ではない。
本当の問いは、
「組織は、自分たちを変えてしまう人材を採用できるのか」
ということなのだ。
優れた組織とは、優れた人材を集める組織ではない。
自分たちの輪郭を壊してしまうほどの異物を前にして、それでもなお、「面白い」と思える組織なのかもしれない。
もっとも、現実には、最初のアーティスト写真の撮影で、スタッフ全員が「これ、本当に出すんですか?」と頭を抱える気もする。
