あの頃、天王寺駅の雑踏の中で、私は「何者か」になると誓った。
大阪、天王寺。
JRの改札を抜けると、そこには常に「焦り」と「熱気」が混じった独特の空気が流れている。
学生の頃、遊び場だったこの場所は、社会人になった私にとって、いつしか「現実」を突きつけられる場所へと変わっていた。
環状線から地下鉄へ。地下鉄から近鉄へ。
乗り換えの人の波に飲み込まれながら、私はいつも考えていた。
「このままで、いいんか?」
手取り20万円にも満たない給料。
満員電車に揺られ、上司の顔色を伺い、週末の酒だけで憂さ晴らしをする毎日。
谷町線の長いエスカレーターを上っている時、ふと横の鏡に映った自分の顔があまりにも死んでいて、立ち止まりそうになったことがある。
天王寺駅は、私にとっての「分岐点」だった。
あべのハルカスを見上げながら、「あんな高い場所にいる奴らと、地べたを這っている俺は何が違うんや」と本気で怒りを感じたあの日。
私は、駅のホームのベンチでスマホを開いた。
そこから私の「継続」の戦いが始まった。
最初は1円も稼げなかった。
天王寺の駅ビルにあるカフェで、周囲が楽しそうに喋っている中、私はたった一行のブログが書けずに頭を抱えた。
「才能ないんかな」「もうやめようかな」
そう思うたびに、環状線のホームに響くアナウンスが自分を現実に引き戻す。
「次は、天王寺、天王寺です。お忘れ物のないよう……」
そうだ、俺は「自分」を忘れるところだった。
金持ちになって、自由を手に入れて、こんな満員電車のサイクルから抜け出すって決めたんやろ。
それから私は、天王寺駅を「戦場」に変えた。
移動時間はすべてYouTubeのネタ出し。
駅の雑踏を「集中力を高めるためのBGM」だと思い込み、狂ったようにスマホを叩き続けた。
感情を殺し、機械のように、この駅を通過するたびに自分をアップデートしていった。
今、私はあの頃の自分に伝えたい。
「あの時、天王寺駅で諦めんで、ほんまに良かった」と。
駅は、ただの通過点じゃない。
どこへ向かうか、どの路線に乗るか、それを決めるのは自分自身だ。
もし今、天王寺駅のホームでスマホを握りしめながら、人生に迷っている奴がいるなら言いたい。
「継続は、気合やない。この駅のダイヤのように、淡々と自分を動かす仕組みを作ることや」
私の「継続のコツ」は、あの日、天王寺駅の喧騒の中で生まれた。
ここから、また新しい自分への乗り換えを始めよう。
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