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《警世通言》第二十一巻 趙太祖千里送京娘

警世通言けいせいつうげん》第二十一巻 趙太祖千里送京娘ちょうたいそせんりそうきょうじょう

 月は西に沈み、太陽は東へと駆ける。その速さは疾走する馬のようだ。
 百年の世の出来事など、振り返ればおぼろげな夢にすぎない。
 累代の富貴栄華は、三更の一睡の夢のごとく、
 歴代の帝王もまた、ただ一局の碁を打ったに過ぎない。

 禹は九州を定め、湯王は王業を受け、
 秦は六国を呑み込み、漢は天下を統一した。
 百年の歳月など長くはなく、
 昼夜に楽しみを追い求めても、結局は遅すぎるのだ。

 さて、宋王朝の末年、河東かとうの石室山中に一人の隠士がいた。
 名も姓も明かさず、自らを「石老人」と称していた。

 彼を知る者の話では、もとは才覚ある豪傑で、胡元の乱に遭った際には軍門に赴き献策したが用いられず、自ら義兵を挙げて、いくつかの州県を奪回したという。
 しかし時勢が次第に窮迫していくのを見て、もはや大事は成らぬと悟り、身分を隠して姿を消し、この山に隠棲したのだった。

 山を姓とし、畑を耕して自給自足し、仕官の話を恥として語ろうとしなかった。ときに古今の興亡について語らせれば、言葉は尽きることがなかったという。

 ある日、近くの山に住む老若二人の儒者が、散策の途中で石室に立ち寄り、この隠士と出会った。
 折から漢・唐・宋三代の創業について語り合っていると、隠士は問いかけた。

「宋朝は、漢や唐に比べて何が優れているのか?」

 一人は言った。
「文を修め、武を抑えたことです。」

 もう一人は言った。
「歴代、大臣を誅殺しなかったことです。」

 これを聞いて、隠士は大笑いした。

「お二人の言葉は、どちらも通説とは言えぬ。
漢は四夷への征伐を好み、儒者は『武に溺れた』と批判したが、蛮夷は恐れ、強漢と称した。魏武(曹操)ですら、その余威を借りて匈奴を服属させたほどだ。

 唐の初めは府兵が最盛を極め、のちに藩鎮へと変じ、跋扈して朝廷に従わぬこともあったが、犬牙のように互いに牽制し合い、結局はその力に頼ることができた。

 宋は澶淵の盟せんえんのめい(北方遊牧民国家の遼に対する従属的和睦)以後、兵を用いることを恐れ、歳幣さいへい(遼国に対する毎年の貢物)を常とし、敵を拒むことを口にするのすら避けた。その結果、金・元が相次いで興り、ついには亡国に至った。これこそ『偃武修文えんぶしゅうぶん(世が平穏であること)』の弊害である。

 また、大臣を誅さぬのは確かに仁厚な制度だが、奸雄かんゆうが国を誤っても一律に容赦すれば、小人は進めば分不相応の幸を得、退けば予測不能の災いを免れる。
 宋の末世、朝政が奸相かんそう(ずるがしこい大臣)の手に壊され、ついには韓侂胄かんたくちゅう虜庭りょてい(北方遊牧民国家の金を指す)に送られ、賈似道かじどうが厠下で刺殺されるに至った。それではあまりに遅すぎるではないか。これをもって漢唐に勝るというのか?どうしてそう言えようか。」

 二人の儒者は言った。
「では先生のお考えでは、何が勝っているのでしょう?」

 隠士は答えた。
「他の点では漢唐に及ばぬが、ただ一つ、女色を貪らなかったことだけは最も優れている。」

 二人は問うた。
「それはどうして分かるのですか?」

 隠士は言った。
「漢の高祖は戚姫せききを溺愛し、唐の皇帝は弟の妻と乱倫した。呂氏や武氏は社稷を危うくし、趙飛燕ちょうひえん楊貴妃ようきひは宮中を汚した。

 だが宋代には享楽に溺れた君主はいても、女色に溺れた皇帝はいない。そのため、高氏・曹氏・向氏・孟氏ら后妃は、その閨徳において独り美名を占めた。これは漢唐をはるかに凌ぐ点である。」

 二人の儒者は感嘆して去っていった。

 まさにこうである。

 古今の道理を知りたければ、
 高明にして遠見ある者に問うべし。

 さて、宋の皇帝たちが女色に溺れなかったのは、すべて太祖皇帝の優れた先見の賜物である。

 即位後においても、早朝の政務が終わり宴が終われば、寵幸はきわめて少なかった。
 そればかりか、まだ立身出世する以前から、彼は鉄のように堅い気骨を備え、正道を歩み、邪に染まらぬ男であった。

 それは「千里送京娘せんりそうきょうじょう」の一件を見れば明らかである。

 語れば義気は千古を凌ぎ、英風は九霄に通じる。
 八百軍州を統べる真の帝王、一本の棒に雄豪を示す。

 さて、五代の乱世には次の詩がある。

 朱・李・石・劉・郭、
 梁・唐・晋・漢・周。
 合わせて十五帝、
 五十年にわたる動乱。

 この五代はいずれも覇権にとどまり、天下を統一できなかった。
 その間、領土は分裂し、民は安住の主を持たなかった。

 後周は五代の末であったが、なお五国三鎮が並立していた。
 五国とは、周の郭威、北漢の劉崇、南唐の李璟、蜀の孟昶、南漢の劉晟。三鎮とは、呉越の銭佐、荊南の高保融、湖南の周行逢である。

 とはいえ周朝は梁・唐・晋・漢を継ぎ、正統を称した。
 趙太祖・趙匡胤は周に仕えて殿前都点検となり、陳橋の変を経て周に代わって即位し、天下を統一して国号を大宋とした。

 まだ出世する前、その父・趙弘殷が漢に仕えて岳州防御使であったため、
人々は匡胤を「趙公子」または「趙大郎」と呼んだ。

 容貌は血を噴くがごとく紅く、眼は明け方の星のように輝いていた。万人に匹敵する力を持ち、気概は四海を呑むほどであった。

 天下の豪傑と交わることを好み、侠義に生き、義気に任せ、不正を見れば刀を抜いて助ける。まさに世話焼きで、災いに突っ込む疫病神のような男である。

 汴京では御勾欄ぎょこうらんを打ち壊し、御花園ぎょかえんを荒らして漢の末帝(隠帝、劉承祐りゅうしょうゆう)の怒りを買い、流浪の身となった。関西かんせいでは橋を守って董達とうたつを斬り、名馬・赤麒麟せききりんを得た。
 黄州では宋虎を討ち、朔州さくしゅうでは三棒で李子英を打ち殺し、潞州ろしゅうでは王李漢超りかんちょう一家を滅ぼした。

 やがて太原たいげんに至り、叔父の趙景清ちょうけいせいに会った。
 景清は清油観せいゆかんで出家しており、趙公子を観中に留めて住まわせた。

 ところが病を得て、三か月寝込むことになる。
 回復しても景清は朝夕付き添い、静養を命じて外出を許さなかった。

 ある日、景清が外出する際、こう言い残した。
「しばらく静かに座しておれ。病が完全に癒えるまでは、決して動いてはならぬ。」

 だが景清が去ると、趙公子はじっとしていられなかった。

「町へ行かずとも、観の中を少し歩くくらい何の害があろう。」

 そう思って部屋を出て、殿堂を巡った。
 三清宝殿を登り、東西の回廊と七十二司を巡り、東岳廟、嘉寧殿へと進み、思わず嘆息した。

 まことに、

 金の香炉は千年火を絶やさず、
 玉の灯は万年にわたり明るい。

 多景楼・玉皇閣を過ぎると、殿宇でんうは高く聳え、壮麗を極めていた。
 趙公子は感嘆しきりで、清油観の素晴らしさに飽くことがなかった。

さらに進むと、
酆都地府ほうとじふ(冥界)の静まり返った場所に至り、子孫宮の近くに小さな殿があった。扁額へんがくには「降魔宝殿」とあり、扉は固く閉ざされていた。

 立ち去ろうとしたその時、殿内から女の泣き声が聞こえてきた。

「妙だ。ここは出家人の住まい。なぜ女を隠しているのだ?」

 疑念を抱いた趙公子は、道童に鍵を求めたが、
「師父が管理しており、決して開けられない」と断られた。

 趙公子は怒った。
「叔父は俺を静養させると言いながら、こんなことをしていたのか!」

 そこへ景清が戻ってくる。
 趙公子は怒りを含んで詰め寄った。

「ここで出家して、よくもそんな真似ができるものだ!」

 景清が外で鍵を開けていると、殿内にいた女はその音を聞き、
「強盗が来たのだ」と思い込み、いっそう激しく泣き出した。

 趙公子は遠慮もせず、扉が開くや否や一歩で中に踏み込み、女は神像の背後に身を縮め、恐怖に震えていた。

 趙公子は近寄り、斉眉の短棒を下ろして、その女をよく見た。
 なるほど、実に見目麗しい娘である。
 眉は春の山のように柔らかく、瞳は秋の水のように澄んでいる。
 愁いと恨みを含んだ姿は、西施が胸を押さえる姿にも似、泣き出しそうな様子は、楊貴妃が髪を切る姿を思わせる。
 琵琶の音はまだ響かぬが、塞外に出る前の王昭君のようであり、もし胡笳こかを奏でれば、和番に送られた蔡文姫そのものであろう。
 生まれながらの艶やかな風情は、どんな名画にも描き尽くせぬほどであった。

 趙公子は声を和らげて言った。
「お嬢さん、俺は淫らな悪党ではない。驚くことはない。家はどこだ? 誰にそそのかされてここへ連れて来られた?もし不条理なことがあるなら、この趙某が必ず助けよう。」

 女はようやく袖で涙を拭い、深く礼をした。
 趙公子も礼を返す。

 女はまず尋ねた。
「お方のお名前は?」

 景清が代わって答えた。
「こちらは汴京べんけいの趙公子だ。」

 女は言いかけたが、
「公子、どうかお聞きください……」
 そう言ったきり、涙が止まらなくなった。

 実はこの女も姓は趙、幼名を京娘きょうじょうといい、蒲州解良県ほしゅうかいりょうけん小祥村しょうしょうそんの生まれ、年は十七であった。
 父に伴われて北岳への願掛けに向かう途中、満天飛まんてんひ張広児ちょうこうじと、着地滾ちゃくちこん周進しゅうしんという二人の山賊に遭遇した。

 京娘の美しさを見た二人は父の命を助ける代わりに、娘をさらい、山神廟へ連れ去った。
 二人はそれぞれ京娘を妻にしようとして譲らず、数日揉めた末、義気を損なうことを恐れて、清油観の降魔殿に京娘を預け、道士に厳重な世話と監視を命じた。

 そして別の場所で、もう一人美しい女をさらい、二人そろって同じ日に結婚し、寨の夫人とするつもりで、山を下りて行ったのである。
 それから一か月になるが、いまだ戻らず、道士たちは恐ろしくて逆らえず、やむなく守っていたのだった。

 事情を聞いた趙公子は、景清に向かって言った。
「さきほどは無礼を働いた。危うく叔父上を疑うところだった。だが京娘は良家の娘で、無実のままさらわれた身。今日救わずして、いつ救うというのだ!」

 さらに京娘に向かい、
「悲しむことはない。俺が必ず故郷へ送り届け、再び両親に会わせよう。」

 京娘は言った。
「そのお心はありがたいのですが、家までは千里の道、私は一人身の女。どうしてそのような旅ができましょう。」

 趙公子は即座に言った。
「人を救うなら最後までだ。俺が自ら千里を歩いて送ろう。」

 京娘は伏して礼を述べた。
「もしそのようにしていただけるなら、生みの親にも等しい恩です。」

 だが景清は言った。
「それは決してならぬ。あの山賊は勢力が大きく、役人でも手出しできぬ。娘を救い出せば、守っていた我らの責任となり、再び人を求めに来たら、どう対処すればよいのだ。」

 趙公子は笑って言った。
「大胆に進めば天下は渡れる。小心では一歩も進めぬ。俺は義を見れば必ず行う男、万人を恐れぬ。潞州王に比べれば、あの山賊など物の数ではない。俺の名を聞けば、奴らも耳があるなら分かるだろう。お前たち出家人が怖がるなら、俺が目印を残してやる。」

 そう言うと、鉄の斉眉棒を振るい、朱塗りの格子戸を横から一撃した。「ガラリ」と音を立て、菱花の窓枠が崩れ落ちる。
 さらに一撃、四枚の格子戸は無残に傾いた。

 京娘は恐ろしくて遠くへ逃げ、
 景清は顔色を失い、「罪過だ、罪過だ」と繰り返す。

 趙公子は言った。
「山賊が戻ったら、趙某が殿を破り、娘を連れ去ったと言え。恨みには相手がある。俺を探すなら、蒲州へ来いと伝えろ。」

 景清はなおも諫めた。
「蒲州までは千里、盗賊も多い。一人でも難儀なのに、娘を連れてはなおさらだ。」

 趙公子は笑った。
「三国の昔、関雲長は千里を独り行き、五関を破り六将を斬って、二人の皇嫂を守り抜いた。それこそ大丈夫だ。今日、一人の娘を救えずして、何が男か!」

 さらに言った。
「もし途中で仇と出会えば、まとめて斬り捨てるまでよ。」

 景清はまた別の理を述べた。
「男女は同席せず、器を共にせぬのが古の礼。若い男女が連れ立って旅をすれば、事情を知らぬ者に疑われ、英雄の名を汚すことになりかねぬ。」

 趙公子は呵呵と笑った。
「叔父上、出家人は体裁ばかり気にする。俺たち侠客は、自分の心に恥じなければ、人の噂など気にせぬ。」

 景清は決意が固いのを見て、
「いつ出立するのだ?」と尋ねた。

「明朝だ。」
「まだ体が万全ではあるまい。」
「問題ない。」

 景清は道童に酒を用意させ、送別の席を設けた。
 趙公子は席上で京娘に言った。

「叔父が言った通り、道中での疑いを避けるため、ここで兄妹の契りを結ぼう。俺もお前も趙姓、五百年前は同じ一家。これからは兄妹と名乗るのだ。」

 京娘は言った。
「そんな身分の高いお方に、恐れ多くて……」

 景清も勧め、道童に敷物を持って来させた。

 京娘は言った。
「恩人を兄として拝します。」

 趙公子も礼を返し、京娘はさらに景清を伯父と呼んで礼をした。
 夜更けまで酒を酌み交わし、その夜は景清が自室を京娘に譲り、
自らは趙公子と外室に寝た。

 夜明け前、景清は朝食と干し肉を整え、旅の支度をした。
 趙公子は赤麒麟に鞍を置き、京娘に言い含めた。

「村娘の姿で装え。派手な身なりは災いを招く。」

 朝食を終え、趙公子は旅人、京娘は村娘に扮し、雪帽を深くかぶって眉まで隠した。

 別れ際、景清が言った。
「一つ忘れていた。今日すぐには行けぬ。」

 それは――

 かささぎも羽を得てこそ飛び、虎も牙爪なければ進めぬ。

 景清は続けた。
「一頭の馬に二人は乗れぬ。娘は足も小さく、歩いては追いつけまい。車を探した方がよいのでは?」

 趙公子は言った。
「考えはある。車はかえって面倒だ。馬は妹に乗せ、俺は千里を歩こう。」

 京娘は涙ながらに辞退したが、趙公子は譲らず、やむなく馬に乗った。趙公子は腰刀を帯び、鉄棒を手に、景清に一礼して別れた。

「道中、山賊に気をつけよ。斬るなら徹底せよ。観の者に累が及ばぬように。」

「心配無用。」

 趙公子が馬の尾を打つと、赤麒麟は駆け出し、趙公子は大股でその後を追った。

 道中、飢えをしのぎ、夜明けに発ち、数日で汾州介休県ふんしゅうかいきゅうけんに至った。
 赤麒麟は千里を走る名馬で、清油観から汾州まで三百里、半日で走れるほどであった。

 だが趙公子は歩き、京娘も女ゆえに急がせず、盗賊を警戒して、一日に百里ほどしか進まなかった。

 黄昏時、黄茅店こうぼうてんという荒れた宿場に着いた。
 京娘が雪帽を取ると、宿の男は呆然と見とれた。

「この娘はどなたです?」
「妹だ。」
「この先は盗賊が多い。こんな美人を連れては危険です。」

 趙公子は激怒し、一拳で男を打ち倒した。

 京娘が言った。
「兄上、少し気が短すぎます。」

 趙公子は言い返した。
「こいつは物の言い方をわきまえぬ。どうも善良な者には見えぬ。先に俺の手並みを思い知らせてやったまでだ。」

 京娘は言った。
「とはいえ、ここで宿を借りている以上、あまり事を荒立ててはなりません。」

 趙公子は言った。
「何を恐れることがある?」

 そこで京娘は厨房へ行き、女将に会って、丁寧な言葉でなだめすかし、
しばらく気を配って話した。
 その甲斐あって、女将もようやく怒りを収め、火を起こして夕食の支度に取りかかった。

 京娘が部屋へ戻ると、室内にはまだ薄明かりが残っていて、灯はまだ点いていなかった。趙公子は座ったまま京娘と話している。そこへ外から一人が入って来て、部屋の入口で覗き込むようにして様子をうかがった。

 趙公子が一喝する。
「どこの誰だ、俺の姿を覗きやがる!」

 男は言った。
「小人はただ小二の世間話を聞きに来ただけで、客官とは無関係でございます。」

 そう言い捨て、男は厨房へ行って女将とひそひそ話し、しばらくして去った。趙公子はそれを見て、すでに三分の疑いを抱いた。

 灯が運ばれても、店小二は戻ってこない。女将が食事を部屋へ運び、兄妹二人で夕飯を済ませると、趙公子は京娘に戸を閉めて先に休むよう言い、自分は「ただの火の用心だ」と言って、刀と棒を携え、家の周囲を見回った。

 二更(夜半)ほどのころ、裏の草屋のあたりで赤麒麟がいななき、暴れて蹴り上げる音がした。折しも十月下旬、月が上がりはじめたころである。趙公子が忍び足で近づくと、男が馬に蹴り倒されて地面に転がっていた。人影に気づくや、男は必死に起き上がって逃げる。

 趙公子は盗馬の賊と見抜き、追って走った。いつの間にか数里、溜水橋りゅうすいきょうのあたりまで来たが、男の姿は消えた。橋の向こうに一軒の小屋があり、中は灯火が煌々としている。あの男が隠れたのでは、と趙公子が入ってみると、白髭の老人が土間の寝台に端座し、経を読んでいた。

 その老人の姿は、眼は霧を帯びたように深く、髭は霜を凝らしたように白い。眉は柳絮りゅうじょが舞うように柔らかく、顔色は桃花のように艶がある。天上の金星でなければ、山中の社の神主であろう、という風体だ。

 老人は趙公子を見るなり慌てて立ち、礼をする。趙公子も礼を返し、問うた。
「何の経を読んでいる?」
「『天皇救苦経てんこうきゅうくきょう』でございます。」
「読んで何の得がある?」
「天下が乱れておりますゆえ、太平の天子が早く世に出て、塵煙を掃い、民を塗炭から救うよう祈っております。」

 趙公子は、その言葉が妙に胸に当たり、ひそかに喜んだ。さらに問う。
「このあたりは賊が多いと聞く。奴らの行方を知っているか?」
 老人は逆にたずねた。
「あなた様は、坂下の茅店ぼうてんに泊まった、馬に乗った女性と連れの方では?」
「そうだ。」
「それなら老夫に会えたのは幸運。危うく驚かされるところでした。」

 趙公子が理由を聞くと、老人は上座をすすめ、自分は傍に控え、落ち着いて語った。

「介山に、最近二人の強盗が現れまして、手下を集め、家々を襲って汾州ふんしゅう潞州ろしゅう一帯を荒らしております。
 一人は満天飛の張広児、もう一人は着地滾の周進。半月ほど前、どこかで女をさらい、二人で奪い合って決着がつかず、どこかへ預けたと聞きます。さらにもう一人美しい女をさらって、二人同日に祝言を挙げる算段だとか。

 この道筋の宿や店は、みな奴らに言いつけられております。美人の旅人が来たら、すぐ報告せよ、報告すれば重い褒美――そういう約束です。
今夜あなた様が来たとき、あの小二が周進に知らせました。まず野火児の姚旺を偵察にやらせ、
『女は美しい上に名馬までいる。客は単身で恐れるに足らぬ』
そう報告させたのです。

 さらに、千里脚せんりきゃく陳名ちんめいという走りの名人がいて、一日に三百里を行く。賊どもは彼を先に走らせて馬を盗ませ、仲間は前方の赤松林に陣取っております。
 五更(明け方)にあなた様が通るところを襲い、奪うつもりです。どうか用心なさい。」

 趙公子は言った。
「なるほど。だが、なぜ長老がそこまで知っている?」
 老人は答えた。
「この地に長く住めば、動きはおおよそ分かります。ただ、賊に会っても老夫の名は決して出さぬように。」

 趙公子は礼を述べ、棒を掴んで立ち上がると、来た道を急いで戻った。店の戸はまだ半開きで、趙公子は身を滑らせるように中へ入った。

 そのころ店小二は、盗馬の陳名を受け入れるため家に戻り、部屋で女房と話していた。女房が酒を温めているところへ趙公子が入ってくると、女房は灯の陰へ身を隠した。

 趙公子は一計を案じ、京娘に「酒を頼もう」と言わせた。女将が空の壺を持って入口の酒甕から酒を汲んでいる、その背後――趙公子は不意打ちで鉄棒を振り下ろし、女将の後頭部を叩き割った。女将は倒れ、壺は転がった。

 小二は女房の悲鳴を聞いて朴刀を持って飛び出して来る。だが趙公子は待ち構えていた。棒を振り下ろして小二も叩き伏せる。さらに二撃、二人とも命を落とした。

 京娘は青ざめ、助ける間もなく呆然とする。理由を問うと、趙公子は老人の話を一部始終語った。京娘は顔色を失い、震える声で言った。
「こんな道中……どうすれば……」

 趙公子は言い切った。
「何があっても俺がいる。心配するな。」

 趙公子は大門を押さえ、厨房で酒を温めて半ば酔い、馬の飼い葉を整え、鑾鈴らんれい(馬につける鈴)は口に詰めて音を消した。荷を固く縛り、二つの死体を薪の山へ引きずって火をつける。前後の戸にも火を放ち、炎が盛り上がったのを見届けてから京娘を馬に乗せて出立した。

 東の空が白み始めるころ、溜水橋へ戻り、老人に道を聞こうとしたが、昨夜の小屋は消えていた。そこには三尺ほどの土塀と小さな祠があり、社公(村の守り神)が座しているだけである。趙公子は悟った――昨夜の老人は社公が姿を変えて導いたのだと。

 趙公子は心中で思った。
「俺を“貴人”と呼び、俺が上座に座るのを避けた。ならば俺は、やはりただ者ではないのだ。いつか出世したら、あの社公に必ず位号を与えてやろう。」

 趙公子は馬を促し、数里行くと、火雲のように赤く見える松林が現れた。
「妹よ、ゆっくり来い。あれが赤松林だろう――」
 言い終える前に、荒草の中から男が飛び出し、鋼の叉で突きかかって来た。

 趙公子は慌てず、鉄棒で受け止める。男は戦いながら後退し、趙公子を林の中へ誘い込もうとする。怒りに燃えた趙公子は両手で棒を高々と振り上げ、
「くらえ!」
一撃で半分の頭蓋を割った。男は野火児の姚旺だった。

 趙公子は京娘に言う。
「ここで馬を止めて待て。俺が先へ行き、あの賊どもを片付けて戻る。」
 京娘は言った。
「どうか無事で!」

 赤松林の下では、着地滾の周進が四、五十人の手下を集めて野営していた。林の外の足音を聞き、姚旺が報告に戻ったのだと思い、周進は槍を提げて飛び出した。目の前に現れたのは趙公子である。

 趙公子は言葉を交わさず、棒で打ちかかる。周進は槍で応戦し、二十余合戦った。林内の手下は周進が敵に遭ったと知り、銅鑼どらを打って一斉に押し寄せ、趙公子を輪にして囲んだ。

 趙公子は叫ぶ。
「腕に覚えのある奴は、まとめて来い!」

 趙公子の鉄棒は、金の龍が身を覆い、玉の大蛇が絡みつくかのよう。
 棒風は秋葉を吹き散らす嵐のように唸り、近づく者は花びらのように地へ落ちた。
 賊は散り散りに崩れ、周進は肝を冷やし、槍さばきが乱れたところを一棒で叩き倒される。手下は悲鳴を上げて逃げ、趙公子はさらに一棒で周進の息の根を止めた。

 だが、振り返ると京娘がいない。趙公子は血相を変えて探す。京娘は五、六人の賊に囲まれ、赤松林の向こうへ連れ去られていた。

 趙公子は追いつき、大喝する。
「賊ども、どこへ行く!」

 賊は趙公子の勢いに怯み、京娘を捨てて四散した。趙公子は京娘に言う。
「怖かったな。」
 京娘は震えながら答えた。
「さっきの賊の中に、清油観まで来た者が二人いて、私を見て気づきました。
『周大王が客と戦っている。客は周大王に勝てまい。先にお前を張大王のところへ送る』
そう言っていました……」

 趙公子は言った。
「周進は俺が片付けた。だが張広児がどこにいるかが問題だ。」
 京娘は言った。
「どうか出会わない方が……」

 趙公子は馬を急がせた。

 四十余里進むと市が立つ町に着いた。腹が減り、京娘を馬から降ろして宿に入ろうとしたが、どの店も慌ただしく煮炊きの支度をしていて、客の相手をしない。趙公子は不審に思い、京娘連れでは揉め事になると警戒して、店先を避けて通り過ぎた。

 家々は戸を閉ざし、町外れに小さな家が一軒あるだけ。そこも門が閉まっている。趙公子が表戸を叩いても返事がない。裏へ回って馬を木に繋ぎ、そっと裏戸を叩くと、老婆が顔を出し、ひどく怯えた様子でこちらを見る。

 趙公子は急いで中へ入り、礼をして言った。
「驚かせてすまぬ。通りすがりの旅人だ。女連れで、火を借りて飯を食べたらすぐ立つ。」

 老婆は指で口を押さえ、
「しっ、声を出すでない!」
 と言う。京娘も入って来て挨拶すると、老婆は戸を閉めた。

 趙公子が尋ねる。
「向こうの店は宴会の支度をしているようだが、何の役人を迎える?」
 老婆は手を振って言った。
「客人、余計なことは聞かぬがよい。」

 趙公子は食い下がる。
「よほどの事なのだな。俺は遠方の旅人だ。どうか教えてくれ。」

 老婆はようやく言った。
「今日は満天飛大王(張広児)がここを通る。村は金を集め、飯を用意し、機嫌を損ねぬよう買収しているのだ。うちの息子も店に呼ばれて手伝いに行った。」

 趙公子は胸中で決めた。
「なるほど。ならば中途半端にせず、ここで根を断つ。清油観にまで及ぶ禍の根を絶ってやる。」

 趙公子は言った。
「婆さま、これは俺の妹だ。願掛けの帰りで、賊に遭うのを怖がっている。大王が通り過ぎるまで、ここへ隠してやってほしい。礼は必ずする。」

 老婆は言った。
「隠れるだけならよいが、客人は決して出しゃばって騒ぎを起こすでないぞ。」

 趙公子は言う。
「俺はうまく身をかわす。まず道端で様子を探って来る。」

 老婆は言った。
「気をつけなさい。出来合いの饅頭と湯ならある。戻ったら食べなされ。飯の支度は難しいが……」

 趙公子は棒を提げたまま裏口から外へ出た。馬に乗って先回りし、張広児を迎え撃とうとしたが、ふと考え直す。

(清油観で「千里を歩いて送る」と言ったのに、強賊が怖くて馬に乗ったら、侠客の名が廃る。)

 そう思うと、趙公子は大股で路上へ走り出し、途中で一計を案じて引き返した。

 店へ戻るなり、ふてぶてしく大声で叫ぶ。
「大王がもう着くぞ! 俺は先触れだ。馬も降りた、飯の支度は済んでいるか!」

 店の者は言った。
「すべて整えております。」

「なら、まず俺に一席用意しろ。」

 普段から賊の威勢に押されている者たちだ。真偽を確かめる度胸などない。しかも「大王の前で口添えしてやる」と言われればなおさらで、魚も肉も、熱い酒も飯も、次々に運び出した。

 趙公子は腹いっぱいになるまで豪快に食らい、九分九厘ほど食ったころ、外が騒がしくなった。
「大王が来たぞ! 香案こうあんを出せ!」

 趙公子は慌てない。護身用の短い刀を手にして外を窺うと、十数組の槍や刀、棍棒が先導して並び、店先へ来ると一斉にひざまずいた。

 満天飛の張広児は背の高い名馬にまたがり、千里脚の陳名が鞭を持ってすぐ後ろに従う。さらに背後には三、五十の手下、十数台の車まで連なっている。

(なぜ張広児の行列はこんなに整然としているのか?)

 賊の集散は本来、定まりがない。だが今回は、陳名の報告で「二大王(周進)が美貌の女を手に入れた。介山で会おう」と聞き、張広児は見栄を張って大部隊を整え、村々を威圧しながら堂々と来たのだ。周進が軽く見たのとは訳が違う。

 趙公子は北側の土塀の陰に身を潜め、馬の鼻先が近づくのを待った。
 そして――

「強賊、棒を食らえ!」

 人垣から飛び出す姿は、空から獲物へ落ちる鷹のよう。
 その一撃は重く、馬は驚いて跳ねたが、棒が前脚に決まり、片方の前脚が折れた。馬は痛みに倒れ、張広児は身軽に飛び降りた。

 背後から陳名が棍を持って突っ込んでくるが、趙公子は一棒で叩き伏せる。
 張広児は双刀を振り回して斬りかかり、趙公子は広い場所へ誘い出して正面から打ち合った。

 十数合戦ったところで、張広児が刀を振り下ろす。趙公子は棒を跳ね上げて指を叩き、右手の刀を落とさせた。左手だけでは勢いがない。張広児は後ろへ退き、逃げにかかる。

 趙公子は叫んだ。
「満天飛と名乗るなら、今日は天へでも飛んでみろ!」

 追いすがり、棒を振り下ろして後頭部を叩き割り、肉塊にした。
 こうして名うての二人の賊は、同じ一日のうちに揃って討ち取られたのである。

――こんは“満天飛”と共に漂い、はくは“着地滾”と共に沈む。

 手下たちは逃げようとしたが、趙公子が大声で告げた。
「俺は汴京の趙大郎ちょうたいろうだ! 恨みがあるのは張広児と周進だけ。二人は討った。お前らには用はない!」

 手下たちは武器を捨て、地にひれ伏して言った。
「将軍ほどの英雄は見たことがない。どうか寨主さいしゅになって下さい!」

 趙公子は呵呵と笑う。
「朝廷の世襲の爵ですら欲しくない。どうして山賊稼業などするものか。」

 その中に陳名もいるのを見つけ、呼び出して問う。
「昨夜、馬を盗もうとしたのはお前か?」

 陳名は叩頭して罪を認めた。
 趙公子は言った。
「よし、ついて来い。飯を食わせてやる。」

 一同は店へ戻った。趙公子は店主に命じる。
「俺が今日、この土地の二害を除いた。こいつらは皆、元は良民だ。用意した飯を食わせろ。処分は俺がつける。それと、張広児のために用意した一席は残しておけ。使い道がある。」

 店主は逆らえない。皆が食べ終えると、趙公子は陳名に言った。
「一日三百里走れるという才があるのに、なぜ賊に身を落とした?俺に用がある。従うか?」

 陳名は答える。
「将軍のお命なら、火の中水の中でも!」

 趙公子は言った。
「俺は汴京で御花園ぎょかえんを荒らし、御勾欄ぎょこうらんを騒がせて追われる身だ。お前は汴京へ行き、事の成り行きを探って来い。半月以内に太原たいげんの清油観、趙知観ちょうちかん(景清)のもとで俺を待て。約束は違えるな。」

 そう言って筆硯を借り、叔父・趙景清宛の書状を書いて陳名に渡した。

 さらに賊の車や財貨を開き、三つに分けた。
 一つは町の人々に配り、これまでの被害の埋め合わせとした。
 一つは元手下たちの旅費とし、各自帰郷して生業に戻らせた。
 残りはさらに二分し、半分を陳名の路銀に、半分を清油観へ送り、降魔殿の門や窓の修理費とした。

 分配が終わると皆の心は服し、感謝の声が上がった。

 趙公子は店主に命じ、酒宴の膳を婆の家へ運ばせた。婆の息子も戻ってきて趙公子と京娘に挨拶し、害を除いた話を聞いて一同喜んだ。

 趙公子は京娘に言う。
「兄貴として道中、ろくにもてなしてやれなかった。今日は借り物の花で仏に供えるがごとく、杯で驚きを鎮めよう。」

 京娘は幾重にも礼を述べた。
 その夜、趙公子は懐から銀十両を出して婆に渡し、婆の家に宿を取った。

 京娘は公子の恩を思い、胸が熱くなる。

紅拂こうふつ(物語に登場する女侠客)ですら英雄を選んだ。まして私は命を救われ、千里も送られた身。この恩に報いる術がない。終身のことを託すなら、この豪傑を措いて他に誰がいる?)

 だが言い出すのが恥ずかしい。
(言わなければ、あの人は真っ直ぐすぎて、私の気持ちなど気づかないのでは?)

 思い悩み、一睡もできぬまま夜が明けた。

 五更、趙公子は起きて馬に鞍を置き、出立の支度をする。京娘は塞ぎ込み、道中わざと腹痛を訴えて何度も止まり、趙公子に上げ下ろしをさせ、身を寄せ、腕を絡め、肩にすがり、ありとあらゆる色香で迫った。夜も「寒い」「暑い」と言って寝具を減らせ増やせと頼み、柔らかな香りと肌のぬくもりで心を揺さぶる。

 だが趙公子は生来剛直で、ただ親切に世話するだけ、少しも邪推しない。

 さらに三、四日行き、曲沃きょくよくを過ぎる。蒲州まで残り三百余里。その夜は荒村に泊まった。京娘は言い出せぬまま逡巡する。

(もうすぐ家だ。今言わねば、この機会は永遠に失われる。家へ着けば、もう口にできない。後悔しても遅い。)

 黄昏が過ぎ、四方が静まり返り、灯が揺れる中、京娘は眠れず、灯前で長くため息をつき涙を流した。

 趙公子が問う。
「妹よ、なぜ浮かぬ顔をしている?」

 京娘は言った。
「胸の底の言葉があります。申せば無礼になるのが怖いのですが……お許しを。」

 趙公子は言う。
「兄妹の間に遠慮など要らぬ。言ってみよ。」

 京娘は言った。
「私は深窓の娘で、外へ出たこともありません。父に従って進香しただけなのに、賊に捕らえられ、清油観に閉じ込められました。賊が留守で命が繋がり、あなた様に会えたのです。賊が言い寄るなら、私は斧でも刀でも受けて死ぬとも従いません。

 今、あなた様は私を苦海から救い、千里を歩いて送ってくださり、さらに仇を討って後患まで断ってくださいました。この恩は生みの親にも等しく、報いようがありません。

 もし私の顔を醜いとお嫌いでなければ、夜の支度をし、床を整える役目でもいただき、ほんの僅かでもお返ししたいのです。どうか、お許しくださいますか。」

 趙公子は大笑いし、きっぱり言った。
「妹よ、それは違う。俺が助けたのは憐れみの心からで、色香に惹かれたからではない。
 それに同じ趙姓だ。婚姻はできぬ。兄妹と名乗った以上、道を乱すわけにいかぬ。
 俺は“坐懐不乱ざかいふらん(欲情に溺れそうになっても理性を保つこと)”の柳下恵りゅうかけい(古代の賢人)だ。お前は礼を破って欲に溺れた呉孟子ごもうし(古代の姫。同姓の姫を娶るため王が姓を偽らせた)の真似をするな。そんなことを言えば笑い者だ。」

 京娘は羞恥に顔を赤くし、しばらく黙った。だがなお言う。
「恩人、どうかお怒りにならないでください。私は汚れた女ではありません。ただ、余命もこの身も、すべてあなた様のおかげ。身一つ以外に返す物がないのです。婚姻など望みません。妾でも婢でもよい、一日でもお側に仕えて、死ねば本望です。」

 すると趙公子は激怒した。
「俺を何だと思っている!
 施しを餌に報いを求める小者、私利のために恩を売る奸人とでも言うのか!邪な心を捨てぬなら、俺は今すぐ手を放して去る。あとは知らぬ。俺が途中で投げたと思うな!」

 趙公子の声も顔色も険しい。京娘は深く頭を下げた。
「今日初めて、あなた様の心を知りました。柳下恵どころか魯男子ろだんし(故事に由来する。道徳規範に優れた人物)にも勝る方です。私は井の中の蛙でした。どうかお許しください。」

 趙公子はようやく怒りを収め、言った。
「妹よ、俺が頑固なのではない。義のために千里を歩いて送ったのだ。ここで私情に溺れたら、あの二人の山賊と何が違う? これまでの真心が偽りになり、天下の豪傑に笑われるだけだ。」

 京娘は言った。
「兄上のお考え、よく分かりました。この大恩、今生では返しきれません。死んでも恩を忘れず、草を結び輪を衔えて報います。」

 二人は夜明けまで語り合った。

 まさに――

 散る花は水に添いたいが、
 流水は散る花に心を留めない。

 それ以来、京娘はいよいよ趙公子を畏れ敬い、趙公子もまたいっそう京娘を哀れみ慈しむようになった。道中はとくに事件もなく、やがて蒲州へ着く。

 京娘は小祥村しょうしょうそんの者ではあるが道順に詳しくなく、趙公子が人に尋ねながら進んだ。京娘は馬上から故郷の景色を見つけ、胸が詰まってひどく傷心した。

 さて小祥村の趙員外ちょういんがいは、京娘を失ってからもう二か月近く、夫婦そろって毎日泣いては思い出す暮らしである。そこへ庄の者が駆け込んで来て告げた。

「京娘さまが馬でお戻りです! 後ろに赤ら顔の大男が棒を持ってついております!」

趙員外は青ざめた。
「しまった、山賊が嫁入り道具を取りに来たのだ!」

母は言った。
「山賊が一人だけのはずがないでしょう。まず息子の趙文に行かせて確かめましょう。」

趙文は言う。
「虎の口から肉が戻るわけがない。妹がさらわれたのに、送り返す理屈がどこにある。きっと似た顔の別人だ――」

そう言い終える間もなく、京娘が中堂へ入ってきた。両親は本当に娘だと分かると抱き合って泣き、泣きやむと帰還のいきさつを尋ねた。

京娘は、賊にさらわれ清油観に閉じ込められたこと、趙公子が通りがかりに義憤を起こして殿を開け助け出してくれたこと、兄妹の契りを結んで千里を歩いて送ってくれたこと、途中で二人の賊を斬り捨てたこと――大略を語った。

「恩人が今ここにいらっしゃいます。粗略があってはなりません!」

 趙員外は慌てて外へ出て趙公子に会い、平伏して礼を述べた。
「恩人の英雄ぶりがなければ、娘は賊の手に落ちたまま、親子は二度と会えませんでした!」

 母と京娘にも礼をさせ、息子の趙文も呼んで恩人に会わせた。村では豚を潰し宴を設け、趙公子を厚くもてなした。

 だが趙文は内心、父にこう相談する。
「良い話は外へ出ないが、悪い話は千里を走ります。妹は賊にさらわれた不幸の身。今日、赤ら顔の男と帰って来た。人は利のないことに動きません。必ずあの男と妹には情がある。千里も送って来たのは訳があるはずです。妹はあれこれあった身、他に縁談も難しい。いっそあの男を婿に取れば、両方丸く収まり、世間の噂も防げます。」

 趙員外は元来、風に流されやすい性分で、息子の言うまま母に京娘を呼ばせた。

「お前、あの公子と千里も連れ立ったのだ。身を許しているに決まっている。兄が“婿に取ろう”と言うが、どうだ?」

 京娘はきっぱり言った。
「公子は正しく私心がありません。兄妹として親身に扱い、戯れの言葉一つありません。どうか恩を思って十日でも半月でもお引き留めし、もてなして心を尽くすべきで、この話は口にしてはなりません。」

 母がそのまま伝えても、趙員外は信じなかった。

 やがて酒宴が整い、趙員外は趙公子を上座に据え、老夫婦は下座で相伴し、趙文は左、京娘は右に座った。酒が数巡したところで、趙員外が切り出す。

「老いぼれの願いを一つ。娘の命はすべて恩人のおかげ。家中みな感謝しても返しようがない。幸い娘はまだ許嫁もない。どうか恩人に差し上げ、ほうきを持つ妾としてお仕えさせたい。どうか拒まず。」

 その瞬間、趙公子の胸に烈火が燃え上がった。
「この老いぼれめ! 俺は義のために来たのに、そんな言葉で俺を汚すのか! 俺が女色に迷う男なら、道中でとっくに夫婦になっている。なぜ千里も送る必要がある! 善悪の分からぬ奴め、俺の真心を踏みにじりやがって!」

 そう叫ぶと、趙公子は卓をひっくり返し、門へ向かって一直線に出て行った。老夫婦は震え上がり、趙文も恐れて追えない。

 京娘だけが心乱れ、泣きながら趙公子の裾を掴んで懇願する。
「恩人、どうか怒りを鎮めてください……私の顔を立てて……!」

 だが趙公子は振りほどき、柳の木の下で赤麒麟を解くと、ひらりと鞍にまたがって風のように去ってしまった。

 京娘はその場に崩れ落ちて泣き、両親に抱えられて部屋へ戻った。両親は趙文を責め立てた。趙文は恥と怒りで外へ出ていく。

 すると趙文の妻が、舅姑が夫を責めたのを面白く思わず、口では慰めるふりをしつつ、冷たい言葉で京娘を刺した。
「姑さん、別れはつらいでしょうけど、あの男は千里もついて来たのに、あっさり行ってしまった。薄情な人ですよ。もし義のある人なら、この縁談を受けたでしょうに。姑さんは若くて美人、縁はいくらでもありますよ。くよくよなさらないで。」

 その言葉に京娘は涙が止まらず、言い返すこともできない。胸の内で思う。

(私は運が悪く、賊に遭い、ようやく英雄に救われ、終身を托したかった。ところが話は壊れ、かえって男女の疑いを招いた。今日、親も兄夫婦も理解してくれない。まして他人は言わずもがな。恩に報いるどころか、恩人の清名を傷つけてしまった。良いことが台無しになったのは、すべて私の罪だ。こんな薄命なら、清油観で死んでおけばよかった。いまさら悔やんでも遅い。どうせ一死、死んで貞節を示そう。)

 夜が更け、両親が寝静まるのを待って、京娘は筆を取り、壁に四句の詩を書き付けた。土をつまんで香の代わりにし、空に向かって趙公子へ四度礼をし、白い羅の汗巾をはりに掛け、自ら首を吊って果てた。

 ――可憐な深窓の千金の娘は、南柯一夢なんかいちむ(はかなく無常)の人となった。

 夜明け、老夫婦が起きて娘が出て来ないので部屋へ行くと、梁に吊れている。二人は驚き、声を上げて泣き叫ぶ。壁の詩にはこうあった。

 天が紅顔を授けても、時に遇わず。
 辱められ、欺かれた。
 今宵、死して公子に報いる。
 互いの清名は天地が知る。

 母は娘を下ろし、息子も嫁も駆けつける。趙員外は詩の意味を噛みしめ、娘が氷のように清く玉のように潔白だったと知り、息子を痛罵した。あとは棺を買い、葬り、墓を選ぶなど、言うまでもない。

 一方、趙公子は千里の赤麒麟に乗り、夜を徹して太原へ戻り、趙知観(景清)に会った。千里脚の陳名はすでに三日前に着いていて、こう報告した。

「漢の後主は亡くなり、郭令公かくれいこう(郭威)が禅位して国号を“周”と改め、天下の豪傑を招き集めております。」

趙公子は大いに喜び、数日滞在したのち趙知観に別れを告げ、陳名とともに汴京へ戻って志願し、小校となった。

 それから世宗せいそう柴栄さいえい)に従って南征北討し、功を重ねて殿前都点検てんぜんとてんけんに至り、のち周の禅譲を受けて宋太祖となる。陳名も従軍の功で節度使せつどしにまで出世した。

 太祖が即位して北漢を滅ぼした後、かつての京娘との兄妹の情を思い、使者を蒲州解良県ほしゅうかいりょうけんに遣わして消息を探させた。使者が持ち帰ったのは、あの四句の詩だった。太祖は深く嘆き、京娘を「貞義夫人」に追封し、小祥村に祠を建てた。

 また黄茅店の溜水橋で現れた社公(土地神)も、太原都土地に封じ、有司に命じて場所を選び廟を建てさせた。香火は今に至るまで絶えない。

 この一段の題は
「趙公子 大いに清油観を騒がし、千里に京娘を送る」
 である。

 後人の賛詩に曰く――
 私情に溺れず、強きにも恐れず、
 独り千里、京娘を送った。
 漢唐は呂后・武后で騒がしかったが、
 誰がこの英雄・趙大郎に及ぼうか。


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