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第二十四回 赤鬚龍義靖村坊 母夜叉計和甥舅

第二十四回 赤鬚龍、義をもって村坊をやすんじ、母夜叉、計をもって甥舅せいきゅうやわらぐ。

 詞に曰く:

 英傑の気風は四方に満ち、
 誰が来ようと、真の敵として技を競える者がいるものか。
 あなたが談笑しながら強暴を刈り払う義の心、実に羨ましい。
 境を安んじる志は深く、戦火の煙をことごとく掃い尽くす。
 ひとり身で頼る先もなかった我が身も、いまはもう過去のこと。
 情けもなく彷徨さまよっていたところへ、思いがけず周家の縁に出会った。
 しばし留まり、ともに嘆けば、互いに必要とする不思議さよ。
 骨肉が行き交い、尽きぬ心配りが胸にしみる。

 ――右、《酔落魄すいらくこん》の調。

 さて、抹穀大王まつこくだいおうは拳も強く力もあると自負し、まず三つの型を見せ、続いて匡胤にも型を切らせたうえで、いよいよ組み合って打ち合いを始めた。
 彼は生涯学んだ奥義を残らず繰り出し、「必ず勝つ」と腹を決めていたのだが――匡胤はそれをことごとくかわしてしまう。

 この時、大王は内心あせり、拳法は乱れ、でたらめに蹴り、でたらめに殴り、ただ持ちこたえるのが精いっぱいとなった。
 匡胤はその乱れを見て取り、伸ばした手で大王の左足を受け止めると、ぐいと後ろへ押し返した。
 大王は仰向けにひっくり返り、地面に転がった。

 匡胤は、桃園で母夜叉ぼやしゃを打ち据えた時と同じように、すぐさま駆け寄って胸を踏みつけ、拳を振り上げ、鼻っ柱へ一発叩き込んだ。
 さらに全身を好き放題に打ち据える。
 起き上がろうとしては叩き落とされ、起き上がろうとしては叩き落とされ、まるでうすひる(にんにくなど)をくように、上下に転がされるばかり。
 大王は「ううっ」と呻き声を上げ続けた。

 配下のならず者どもは、匡胤の怪力と武芸を恐れ、誰一人として助けに踏み出せない。
 千家店の住民もまた、ただ周りで見ているだけで、仲裁に入る者もいない。

ただその中に、数人の年寄りがいた。
「このままでは禍になる」と恐れ、慌てて人波を割って進み、匡胤を抱き止めて言った。

「好漢よ、手を止めてくれ。これはこの土地のさいの尊いお方だ。お前が荒っぽく打つのは構わぬが、禍が我ら百姓に降りかかるのが恐ろしい。
 大王が怒って兵を動かせば、我らは耐えられぬ。どうか少し堪えて、命を全うするのが道理だ。」

 匡胤はその言葉を聞き、やむなく手を止め、喝した。
「犬賊め! 本当なら打ち殺してやるところだが、皆の顔を立てて助けてやる。さっさと失せろ!」

 大王は命拾いしたと見るや、鼻は腫れ、顔は青くとも構わず馬に飛び乗り、他所で抹穀もせず、配下を引き連れて一目散に山へ逃げ帰った。

 まさに、

 将を斬り旗を奪う気概が、
 一転して敗走する姿となる。

 である。

 匡胤は大王が逃げたのを見ると、呵々と笑って言った。
「こんな犬賊が“大王”を名乗るとは片腹痛い。腕もないくせに、よくも人前で威張れるものだ。」

 すると百姓たちは口々に不平をこぼした。
「これは皆、老王が悪い。自分で抹穀に出ず、若い舅を出して災いを招いた。大王は山へ戻れば、必ず兵を動かす。これは大事だ、どうする。」

 匡胤は言った。
「皆、怯えるな。責めるな。俺がやったことは俺が引き受ける。あの徒党を打てる腕があるなら、兵を呼ばせておく道理があるか。
 俺は今から奴の巣へ乗り込み、刀は刀ごとに斬り尽くし、剣は剣ごとに誅し滅ぼし、そもそもこの地の大害を根から除いてやる。中途半端にして他人に禍を移すなど、大丈夫のすることではない!」

 そう言うと、気は天にくばかり、足を踏み出して行こうとした。

 そこへ口の達者な者が一人言った。
「好漢、待ちなさい。探しに行くなら遠くへ行く必要はない。大王の家は村の西にあり、ここから半里ほど。朱塗りの門で、やけに大きい。老母も妻もいて、家人も多い。そこへ乗り込んで片を付けたら、本物の好漢だ。」

 匡胤は聞くなり叫んだ。
「皆は自分の用をせよ。俺のことは構うな。どうあれ奴の家へ行って根を断つ。寸分も残さぬ!」

 そう言って、さっさと歩き出した。

 年寄りたちは引き止めた。
「好漢、焦るな。大王の妻もまた凶暴で、水火も避けぬ女だ。行けば命を落とすだけだ、やめたほうがよい。」

 だが匡胤は聞こえぬふりをして、西へ飛ぶように進んだ。

 半里ほど行くと、道北に大きな屋敷が見えてきた。朱塗りの門構えは威容に満ち、役所のようである。だが門は固く閉ざされ、人の気配もない。
 匡胤が戸を叩いても、誰も出てこない。怒りが込み上げ、両拳で門を太鼓のように叩きつけた。

 しばらくして内から足音がし、門越しに声がした。
「どなたが門を叩くのだ。」

 匡胤は怒鳴り返した。
「俺は“ちん”を姓に、“”を名に持つ者だ。東京から来た。善人には強く、悪党には弱い、その犬賊に勘定を付けに来た!」

補足。
闖禍ちんか」という名を唐突に名乗りましたが、「押し入って暴れる者」という皮肉を込めた名乗りですね。

 ガタン、と音がして大門が開いた。
 中に立っていたのは白髪の老婆である。老婆は匡胤をまじまじと見回し、言った。

「あなた、酒でも召し上がりましたか。」

 匡胤は言う。
「清く正しく、良民をさらうような真似もしない。どこに酒がある。」

 老婆は首をかしげた。
「では、なぜお顔がそんなに赤いのです。」

 匡胤は言った。
「生まれつきだ。酒など関係ない。」

 老婆は穏やかに問うたが、匡胤の目は据わり、凶気が立っている。どうにも合点がいかず、さらに尋ねた。
「あなたは東京から来たのなら、赤い顔で“香孩児こうがいじ”という者をご存じですか。」

 それを聞いた匡胤は怒鳴りつけた。
「この年寄り乞食め! 勝手に名を呼び散らすな、無礼者!」

 老婆は震え上がり、言葉を失った。だが心中で思う。
(名を犯して怒った……もしや、この人こそ?)

 こっそり見直すと、どこか面影がある。
 老婆は勇気を出し、怒鳴られても構わず近づき、匡胤のほうの裾を掴んで言った。

「私の甥よ、私を他人と思わないでおくれ。あなたの母・杜氏は私の娘。私は、あなたの指揮官の父上の岳母がくぼだよ。
 あなたは夾馬営きょうばえいで生まれ、幼名は香孩児。あの時、あなたの母と別れたのはあなたが七つの時で、それから十余年、音沙汰がなかった。
 今日ここへ来たのは、いったい何の因縁か。どうか隠さず私に話しておくれ。」

 匡胤はそれを聞いて、内心ひどく驚いた。
(俺は強賊を探して来たはずなのに、どうしてうばの家へ迷い込んだ? もしや血縁の話も嘘か。だが真偽は問い詰めれば分かる。)

 そこで匡胤は言った。
「老人、親族だと言うなら、母の年齢はいくつで、どんな容貌だったか言ってみろ。一字一句違わず言えたら姥と認めよう。少しでも言い淀むなら、俺の気性も容赦せぬぞ。」

 老婆はそれを聞いて大笑いした。
「この小僧め、私を試すのか。よい、はっきり言って聞かせよう。
 お前の母は辛酉《しんゆう》年八月十五日の子の刻に生まれた。今年で五十二。背丈は四尺九寸ほど。鳳の目に柳の眉、落ち着いた気品のある女だ。
 ――これが確かな証だ。思い当たるか、どうだ。
 まだ疑うなら、父親の年や顔立ちまで言ってやる。もう言い逃れはできぬぞ。」

 匡胤は聞くほどに、寸分違わぬ。これが本当だと悟った。
 慌てて跪いて言った。
「姥、あなたはまことに外祖母でした。私は香孩児、趙匡胤です。汴梁べんりょうで大きな禍を起こし、関西へ逃げて来たものの、頼る先もなく……それが鬼に導かれるように門を叩き、ここで会えた。
 まさに天の幸いです。母も家で常に案じております。先ほどは無礼を働きました、どうかお許しください。」

 老婆は大喜びし、
「知らぬゆえのこと、罪ではない。気にするでない。」
と言って匡胤を起こした。

 しかも匡胤の体つきは雄々しく、見栄えも抜きん出ている。老婆はいよいよ嬉しくなり、
「この数日、喜鵲きじゃくがやたら鳴くので良い知らせかと思っていたが、まさか外孫が来る兆しだったとは!」
と言って手を引き、後堂へ座らせた。侍女に茶を出させる。

 茶を飲み終えると、匡胤はあの朱塗りの大門について尋ねた。
 太太たいたい(外祖母)は言った。
「我が子よ、お前は知らぬのだ。ここは朝廷の御果園ぎょかえんで、果物を納める役所の屋敷なのだよ。だからあのように厳めしい。百姓の家が住めるような所ではない。」

匡胤はさらに問うた。
「では、二人の舅はいまどこに?」

太太は目に涙を溜め、
「それが……一言では尽くせぬ。舅は二人いたが、兄の舅は任地で亡くなった。残った弟が杜二公とにこうという。
 私には孝行で家の中も明るいが、ただ一つ、どうにもならぬ悪癖がある。
 腕っぷしと武芸を頼みに、ろくでもないことばかりするのだ。おととし私を連れ、家の者を引き連れてここへ来て、強い者が弱い者を押さえつけるようにして、他人の管理する御果園の桃園を奪い取って、この役所の屋敷に勝手に住みついた。
 そのうえ太行山たいこうさんへ上がり、三番目の頭領になった。犬肉を担がせて村々の宿へ回り、百姓を脅して“抹穀まつこく”をさせ、自分で抹穀大王と名乗っている。
 山寨を頼みに、理不尽を働き、人を苦しめる畜生だ。
 あの子が改心して善に戻るなら、私は心から斎を持って仏を拝むのだが……。」

 そう言ってため息をつき、涙をぬぐい続けた。

 匡胤はこれを聞いて、胸の内が凍りついた。
(俺を殺す気か……! あの抹穀大王が、俺の実の舅だと? 夢にも思わなかった。さっき俺が打ちのめした相手が、まさか……。これではどう顔を合わせろというのだ。俺の正義感が過ぎて、軽率に動いたせいだ。)

 悔やんでも遅い。匡胤は逡巡し、思案を巡らせた。
(ここは姥に頼んで、間を取り持ってもらえば解けるか……。だが姥が話しても、舅が聞かなければどうなる? 俺は目上に刃向かった罪を免れぬ。)

 悩みは絡まってほどけない。
 しばらくして、ふと一つの考えが浮かび、匡胤は内心ほっとした。

(そうだ。男は女の言うことなら聞くものだ。舅母に会って、面と向かって詫び、諫めれば丸く収まるかもしれぬ。だが舅母はいるのか?)

 そこで匡胤は尋ねた。
「姥、二舅は英雄豪傑と聞く。名門に恥じぬ男だ。……ところで、舅母はいるのか?」

 太太は答えた。
「この地で妻を娶ってはいる。だがその女も横暴で、災いを招く性分でな……私はますます心配だよ。」

 匡胤は言った。
「それならなおさらだ。英雄には相応の伴侶というもの。どうか取り次いで、会わせてください。」

 太太は言った。
「待ちなさい。昨日桃園へ行ったと聞く。まだ帰っていないかもしれぬ。」

 匡胤は聞いて、またも凍りついた。
(桃園へ? まさか……昨日俺が叩きのめした、あの女が?)

 匡胤は問い返した。
「姥の家の桃園は、どこにある?」

 太太は言う。
「千家店の端にある。ここから一里ほどだ。侍女に呼ばせればよい。」

 そう言って侍女を一人呼び、
「桃園へ行って主母を呼んでおいで。東京から趙公子が来ている、会いたいと伝えなさい。」
と命じた。

 侍女は答えた。
「太太さま、主母は今朝すでに戻り、部屋で休んでおります。」
「ならば早く知らせなさい。」

 侍女は奥へ入り、
「奥さま、東京から趙公子がいらしています。太太さまの外孫で、奥さまにお会いしたいそうです。」
と伝えた。

 実はこの女――母夜叉は、昨日匡胤に打ち据えられて傷だらけのまま帰宅し、痛みで部屋に伏せていた。
 それでも聞けば、東京の趙家の甥は当代の豪傑と名高い。礼として会わぬわけにもいかない。だが昨日の恨みもある。

 しぶしぶ起き上がって鏡を覗くと、鼻は青く、目は腫れ、見る影もない。
 仕方なく脂粉を厚く塗って隠し、身支度を整え、新しい衣に着替え、痛む体をこらえながら、ゆっくりと堂へ出た。まず侍女に取り次がせる。

 匡胤は立ち上がって奥を見た瞬間、顔色が土のようになった。
(終わった……終わった! 俺が打った女が、まさに舅母だった! 舅ならまだ言い訳も立つが、舅母まで殴ったとなれば、どう弁解する? 罪が二つ重なった。誰が取りなしてくれる……。)

 やむなく匡胤は進み出て、背を屈め、腰を折り、
「舅母さま、外甥の趙匡胤、拝礼いたします。」
と言った。

 母夜叉も礼を返したが、匡胤の顔を見た途端、ぎょっとして数歩後ずさった。
(これは昨日、桃園で私を打ちのめした赤面の大男ではないか! それが我が家の外甥? 外甥に殴られた舅母など、恥もいいところ。どの面で会えるというのだ。)

 そう思うや、くるりと身を返し、奥へ逃げ込もうとした。

 それを見た太太は、たちまち激怒した。
「この下賤な女は、なんと妙な振る舞いをするのだ! ふだんは外人に会えば、あれほど荒っぽく喚き散らすくせに、今日は外甥を前にして、こんな小心な真似をするとは。
 我が子よ、そなたはここに座って待っていなさい。私が直接行って、いったい何のわけがあるのか問いただしてくる。」

 そう言って奥へ行こうとした。

 匡胤は内心あわて、
(ここで説明せねば、姥は事情を知るはずもない。)
と思い、前へ出て、そっと手を添えて止めた。
「姥、どうかお戻りください。まだお話しすべきことがあります。」

 太太は言った。
「我が子、引き留めるでない。あの女が、なぜ外人は恐れず、外甥を見ると恥じて逃げるのか、はっきり聞いてくる。」

 匡胤は答えた。
「姥、どうか怒りを鎮めてください。そこには訳があるのです。順を追ってお話しします。」

 太太は首をひねった。
「お前も妙なことを言う。そなたはこれまで一度もあの女に会ったことがないではないか。何が隠し事だというのだ。」

 匡胤は言った。
「姥には、まだご存じないことがあります。昨日、私は千家店へ入る前に、誤って桃園へ入りました。園の桃が珍しい品種で、しかも初冬に実っているのを見て、つい心を引かれ、断りもなく幾つか食べてしまいました。すると侍女に見咎められ、舅母に知らせが行き、舅母は鉄の槌を二本持って、追いかけて来て、いきなり打ちかかったのです。」

 太太はこれを聞いて激怒し、奥を指さして大声で罵った。
「この恥知らずの悪女め! 外甥が桃をいくつ食べたところで、どれほどの損だというのだ。それで鉄の凶器を振り回すとは、私の血肉を傷つける気か!」

 匡胤は慌てて止めた。
「姥、どうかお怒りをお収めください。まだ続きがあります。
 その時は、私は相手が長上とは知らず、また生来、人に屈するのを好まぬ性分ですから、舅母を怒らせ、結果としてあのようなことになりました。今となっては、舅母が恥じて怒りを募らせ、私に罪を問われるのが恐ろしいのです。
 どうか姥が間に立って、取りなしていただきたいのです。」

 太太はようやく合点がいき、言った。
「それなら心配いらぬ。顔も知らぬうちの行き違い、誰が責められよう。私が間に入って和解させよう。舅母もきっと恨みはせぬ。」

 そう言って奥の部屋へ行くと、母夜叉は一人、寝台の縁に腰かけ、恥と悔しさで沈んでいた。
 婆婆が入ってくるのを見るや、慌てて立ち上がる。

 太太は言った。
「嫁よ、外甥から話は聞いた。昨日、桃園を通りがかり、珍しい桃を見て、つい幾つか口にしただけだ。それをお前は鉄の槌を持ち出して打ちかかるとは、強い者が弱い者をいじめたに等しい。
 とはいえ、互いに顔も知らぬ間のこと、そこまで責めるにも及ばぬ。今日からは事情も分かった。一家の者として、長幼の分を立て、これ以上言い立てるでない。さあ、私と一緒に前へ出て、話をつけよう。」

 母夜叉は不満げに言った。
「婆婆さま、どうか一方の言い分だけを信じないでください。あの男は口先ばかりの無頼漢です。昨日、私を打ったくせに、逆に私が打ったなどと申しております。
 まったく天地に誓っても冤罪です。信じられぬなら、この傷をご覧ください。」

 そう言って襟元をめくり、唾をつけて顔の白粉や紅を拭い去った。
 すると、瓜のように腫れ、茄子のように紫に変わった、打撲だらけの顔が露わになった。

 太太はそれを見て、内心では苦笑しつつ、こう言った。
「道理から言えば、外甥にも非はある。だが舅母であるお前にも三分の落ち度がある。
 私は日頃から、お前に“赤ら顔の外甥は幼い頃から相当に乱暴だ”と話していたではないか。それを聞いていたはずだ。
 昨日、争いにならぬにしても、まず名を尋ねるべきだった。それをいきなり乱暴に振る舞ったのは、お前の過ちだ。
 今回は双方とも事情を知らなかったのだ。もう蒸し返すでない。私の言うとおり、前へ出なさい。私が外甥に謝らせる。」

 母夜叉は逆らえず、顔を袖で隠しながら前堂へ出た。

 太太は言った。
「今日はもう話は尽きた。互いに舅母と外甥、もともと一家の者だ。改めて礼を交わし、すべて水に流しなさい。」

 母夜叉は婆婆の言いつけに従い、袖を下ろして傷だらけの顔を見せ、俯いて黙っていた。

 匡胤は進み出て、両膝をつき、
「舅母さま。甥はお顔も存じ上げぬまま、長上を冒涜いたしました。罪はすべて私にあります。どうか大きなお心でお許しください。」
と詫びた。

 母夜叉は、ふっと一笑し、
「公子、起きなさい。もう気にすることはありません。甥舅の仲と知っていれば、あんな真似はしなかったでしょう。私こそ目が節穴で、無礼を働きました。」
と答えた。

 太太はそれを聞いて大喜びし、匡胤を起こして言った。
「我が子よ、互いに事情が分かったのだから、もう心に留めるでない。さあ、座りなさい。」

 匡胤は言った。
「姥、舅母さまが許してくださったのはありがたいのですが、もう一つだけ、どうか大きな情けをおかけください。」

 太太は怪訝そうに言った。
「さっきもう話は済んだはずだよ。舅母は罪にしないと言ったではないか。それ以上、どんな情けが要るというのだ。まさか、二度も殴ったとでも言うのかい?」

 匡胤は答えた。
「そうではありません。この“大きな情け”は、姥が言い出すのはふさわしくありません。舅母さまご自身が引き受けてくださらねば、叶わぬことなのです。」

 太太はますます分からなくなった。
「いよいよ妙な話だ。ここにいるのは、私とお前と舅母の三人、至親ばかり。ほかに誰がいるというのだ。まさか……母舅まで殴ったのではあるまいね?」

 匡胤は正直に言った。
「隠し立てはいたしません。実は孫が粗忽で、母舅さまにも無礼を働いてしまいました。」

 そう言って、王家店での一件を、最初から最後まで詳しく語った。

 太太はそれを聞き、さすがに驚いた。
(嫁まで殴られ、今度は息子まで殴られたとなると、これはどう収めればよいのか。嫁の気性は私が押さえ込めたが、息子の剛気は、私には抑えきれぬ。これは嫁に任せるほかあるまい。)

 そこで太太は言った。
「お前は本当に道理の分からぬ子だ。幼い頃から災いを招いてばかり、成長してもこの性分は変わらぬ。
 舅母に無礼を働いた時は、私が間に立って、ようやく許してもらえた。だが今度は母舅にまで手を出した。ここで私がまた口を出せば、外孫ばかり可愛がって、実の息子を顧みぬように見える。
 これは情として言いにくい。
 お前が犯した非は、お前自身で詫びるほかない。もし母舅が舅母と同じく度量のある人なら、許してくれるかもしれぬ。」

 そう言って、黙り込んでしまった。
 匡胤もまた、言葉を失った。

 すると母夜叉が、内心で思った。
(私の件はもう責めないと決めた。ならば夫の件も、私が引き受けて和解させてやろう。情けを示すほうがよい。
 それに、この若者をよく見れば、まさしく英雄の器。将来きっと大成する人だ。今ここで縁を結んでおけば、後日の誉れにもなる。)

 考えが定まると、母夜叉は口を開いた。
「公子、安心なさい。婆婆さまも心配はいりません。こんなことは些細な出来事、私がまとめて和解させましょう。
 ただ、あの人は生来、気が強く、正面からではすぐには承知しません。ですから、あの人が戻って来た時、公子は決して顔を合わせてはなりません。婆婆さまも出てこないでください。あとは私のやり方に任せていただければ、きっとうまく収まります。」

 太太はこれを聞いて大いに喜び、賢明な判断だと褒めた。
 匡胤は胸を打たれ、進み出て深く礼をした。

 話しているうちに、すでに夕暮れ時となった。
 その時、外で人声が騒がしくなり、松明の火が空を焦がすように見えた。

 侍女が駆け込んで来て報告した。
二爺にやが、理由は分かりませんが、帥府の者たちを率いて外に陣取り、まもなくこちらへ入って来るようです。」

 実は杜二公は、匡胤に打ち負かされた後、山へ逃げ帰り、二人の大王と相談した。
 三百の手下を集めて下山したが、すでに日は暮れ、怒りと空腹が重なっていたため、まず千家店へ行かず、自宅へ戻って腹ごしらえをし、それから“龍を捕らえる”算段をしようと考えたのである。

 母夜叉はそれを聞くと、すぐに太太と匡胤を部屋へ下がらせ、自分は一人で堂に座った。両脇に数人の侍女を立たせ、
「灯は決して点すな」
と命じた。

ほどなく外から提灯や松明の光が揺れ、杜二公がゆっくりと入って来た。
 後堂に至り、侍女に尋ねた。
「お前の主人は、桃園から戻っているか?」

 侍女は答えた。
「戻っております。あちらに座っているのが、まさに奥さまでございます。」

 杜二公は灯を受け取って照らし、近づいて言った。
「二当家、どうしてこんな時分に灯を点させず、部屋にも戻らず、ここに一人で座っているのだ。何かあったのか?」

 何度問うても、母夜叉は答えない。
 杜二公は提灯を高く掲げ、顔を照らして、ぎょっとした。
「どうした、妻よ。その顔は、なぜそんな有様なのだ?」

 母夜叉は、わざと声を上げて泣くだけで、返事をしない。

 杜二公はさらに問うた。
「まさか、誰かに殴られたのではあるまいな?」

 侍女が横から答えた。
「誰が奥さまを殴れるでしょうか。これは太太さまがお怒りになり、少しお叱りになったためでございます。」

 杜二公は言った。
「なぜ婆婆が手を上げたのだ。何か無礼を働いたのか。話してくれれば、私が取りなしてやろう。」

 母夜叉は立ち上がり、涙ながらに罵った。
「天罰あれ! 私は婆婆に逆らったことなど一度もない。すべては、あなたが蒔いた禍の種だ。私が殴られたというのに、まだ私を問い詰めるのか!」

 杜二公は驚いて言った。
「私が蒔いた禍とは何だ。はっきり言ってみよ。」

 母夜叉は言った。
「あなたが婆婆の外甥――東京の趙公子を殴ったからだ。その人がここへ来て、姥に会い、泣きながら一部始終を訴えた。婆婆は外孫が可愛くて怒り狂い、あなたを捕まえられぬから、代わりに私を叩いて憂さを晴らしたのだ。この禍が、あなたのせいでなくて、誰のせいだというの!」

 杜二公はこれを聞き、呆然として言葉を失った。
 手をこすり、行ったり来たりしながら、しばらく何も言えなかった。

 ――この一策が、
 骨肉の争いを和らげ、怒りを歓びへと変え、
 一言が英雄の心を正し、邪道を善へと導くことになる。

 まさに、

 夜明けの鶏鳴き、しゅん(聖人)とせき(盗賊)を分かち、
 その場の一喝で、魚と龍を定める。

 さて、杜二公はこれにどう答えるのか。
 それは次回を待つことにしよう。

独語。
 あの趙匡胤が「終わった」と悟る瞬間が親戚をどつき散らかしたことだというのが、なにやら興味深かった。
 戦場では一瞬たりともそんなこと感じなかったと思えば余計に。黄袍を着せられたときはいろいろ「終わった」と思ったかもしれませんが。


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