第四十三回 苗訓決算服柴榮 王朴陳詞保匡胤
第四十三回 苗訓、算を決して柴栄を服し、王朴、詞を陳べて匡胤を保つ。
詩に曰く:
平地に風波が起こり、心は驚き、いかんともしがたい。
諫めの言葉はついに聞き入れられず、苦言も無きものとされる。
君の胸に秘めた恨みは深くとも、
臣の命まで苛酷に扱われてよいものか。
ひとたび大禍を免れれば、
その道行きは千古の嘆きとなる。
世の情は移ろいやすく、
人の心はつねに兵戈へと向かう。
さて周主は、夢に見た出来事を根に持ち、趙匡胤を斬首し、さらに家族まで捕らえて罪に問おうとし、胸中の鬱憤を晴らそうとした。
晋王柴栄は百方尽くして諫めたが、どうしても聞き入れられなかった。
そこへ王朴が進み出て言上した。
趙匡胤の罪状はいまだ明らかでなく、どうして急に刑を加えることができようか。
まず晋王柴栄に引き渡して取り調べ、事情を記録し、朝野に明らかにしてから、しかるべき刑に処すのが道理である、と。
周主はこの奏を聞き、しばし沈思したのち、うなずいて言った。
「王先生の言は、まことにもっともである。」
こうして趙匡胤を柴栄に預け、供述を取らせ、その報告を待って裁断するよう命じた。
王朴と柴栄はともに謝恩して退いた。
金鐘が三たび鳴り、周主は宮中へ戻る。
柴栄は王朴に礼を述べ、文武百官はそれぞれ散っていった。
柴栄は法場へ赴き、匡胤を縛っていた縄を解かせた。
匡胤は九死に一生を得て、柴栄とともに王府へ戻り、居合わせた者たちに朝廷での一部始終を語った。
趙普はそれを聞いて、驚き恐れるばかりであった。
鄭恩は大声を上げ、怒りを胸いっぱいに満たし、柴栄を責め立てて言った。
「大哥。王になったのなら、姑父さまに一言頼めば放してもらえるじゃないか。それがどうして、こんな薄情なことになるんだ。」
柴栄は答えた。
「兄としては力の限り諫めたが、今はどうしても聞き入れてもらえぬ。王先生の奏があったからこそ、ようやく一時しのぎができたのだ。」
鄭恩は言った。
「楽子は、とにかく助けてくれさえすれば、それでいい。」
柴栄はやむを得ず、言葉を尽くして匡胤をなだめた。
「二弟、今は心配せず、いったん帰って伯父上、伯母上を安心させなさい。兄が折を見て進言し、姑母にも頼んで赦しを求めよう。きっと事なきを得る。」
しかし匡胤は、生粋の豪傑で、目に砂の入ることも許さぬ気性である。
どうして哀れみを乞う言葉など口にできようか。
「兄長。小弟はすでに朝廷の重罪人、天子の仇敵です。王府を離れれば、兄長もご不安でしょう。
もし逃亡すれば、その罪は兄長に及びます。生死は天にあり、富貴もまた天にあります。小弟は死をも恐れず、天命に任せます。
兄長を恨むことは、決してありません。」
そこへ趙普が進み出て諭した。
「公子、どうか慌てなさらぬよう。私の見立てでは、大事にはなりますまい。
今は聖上が怒りの最中にあり、しきりに進言すれば、かえって怒りを増すだけです。幸い王先生の取り計らいで、王府預かりとなりました。これは時間を稼ぐ策です。
ここからよく相談し、内から立ち回るのが肝要です。
聖心が和らいだところで、殿下が穏やかに進言なされば、きっとお許しになります。」
柴栄はうなずいて言った。
「先生の言は、まことに道理がある。二弟は安心して待つがよい。必ず障りはない。」
そう言って、当番の役人に命じ、宴を設けて匡胤の驚きを鎮めた。
鄭恩と趙普が相伴し、四人で酒を酌み交わす。
まさに、
三、五杯を無理に飲み干し、
百千の憂いを紛らわす。
王府での酒宴の話は、ひとまずここまでとしよう。
さて趙府では、家人が事情を探り当て、主君の趙弘殷と杜夫人に報告した。
趙弘殷はそれを聞くなり、魂も飛び、心は砕け散る思いであった。
杜夫人は、息子が大罪を犯し、命も危ういと聞き、高楼から足を踏み外したかのよう、冷水を浴びせられたような衝撃を受け、
「苦しや、苦しや!」
と叫んで、そのまま後ろへ倒れた。
趙弘殷はあわてて抱きとめたが、夫人は歯を食いしばり、息も詰まっている。
しばらくしてようやく息を吹き返すと、涙を滝のように流し、声を張り上げて泣き叫んだ。
「匡胤、我が子よ。
災いを逃れて流浪し、容易に戻れなかったのに、砂の中から金を拾うように、死地から生きて帰ったのに。
老後を託し、葬り送ってもらえると思っていたのに、空しく育てただけ。まるで竹籠で水を汲むようなもの、何一つ残らぬではないか。」
そう言って、声を上げて泣き続けた。
趙老爺は夫人を椅子に座らせ、言葉を尽くして慰めた。
すると年配の下男が跪いて報告した。
「ただいま晋王千歳より差官が一人参り、老爺、奥方にくれぐれもご安心なさるようにとのことです。
五、六日のうちに朝廷から赦書が下り、公子は必ず無事になるとのこと。
差官は今、門外で老爺にお目にかかりたいと申しております。」
趙弘殷は言った。
「私は漢の臣であり、新しい天子の禄は受けておらぬ。官人と面会するのは気が進まぬ。
匡義、お前が代わりに出向き、差官とともに王府へ行け。
晋王に会ったら、私が病身で直接礼を述べられぬと伝えよ。それから兄の様子も見てくるがよい。早く戻ってこい。わしは気が気ではない。」
匡義は父の命を受け、前庁へ出て差官と会い、連れ立って馬に乗り、王府へ向かった。
柴栄に拝礼して言った。
「父は兄長のご厚意に深く感じ入り、兄をお守りくださったことへの御礼として、私を遣わしました。」
柴栄は答えた。
「帰ったら伯父上、伯母上に、どうか安心するようお伝えください。
令兄のことは、すべて私が引き受けます。必ず無事にいたします。」
匡義は礼を述べ、父の命が急であったため長居せず、匡胤と少し言葉を交わしたのち、柴栄に別れを告げ、家へ帰っていった。
当時、柴栄は匡胤とともに酒席についてはいたが、胸に重い思いを抱えており、とても喉を通らなかった。
杯を手にして形だけ付き合うばかりである。
やがて日も傾き始めると、柴栄は立ち上がり、
「賢弟、兄はこれ以上お相手できぬ。ひとまず失礼する。」
と言った。
匡胤はその胸中を察し、
「兄長、ご随意に。」
と答える。
柴栄は奥へ引き下がった。
一方の匡胤は終始談笑自若で、少しも気に留めた様子はなく、鄭恩と趙普とで酒を飲み、拳を打ち、令を行い、大いに盛り上がっていた。
三人の酒宴はさておき、柴栄は部屋へ戻ると、明日どのように朝廷へ出て奏上すべきか、そればかりが頭を離れず、心神は定まらなかった。
座っても落ち着かず、横になっても眠れない。
床の上で寝返りを打っては、ため息をつき、低くうめき、独り言をつぶやく。
やがて譙楼の太鼓が三たび鳴り、夜はすでに半ばを過ぎていた。
ようやく目を閉じようとしたその時、ふいに胸がどきりと跳ね、驚いてまた目を覚ます。
残る灯火をぼんやりと見つめ、眉をひそめ、顔色は冴えず、心も落ち着かない。
柴栄は嘆いて言った。
「私は大義を全うせんがため、黄土坡での義を思い、友を朝廷に推挙した。
それなのに福はまだ来ず、災いばかりが先に立ち、父王は彼と夢の中で怨敵となり、今や眼前の仇として命を奪おうとしている。幾度も諫めたが、まったく聞き入れられぬ。
王朴の奏があったからこそ、ひとまず私のもとへ預けられたが、奇策をめぐらさねば、どうして匡胤の命を救えるだろうか。
もし手立てもなく時を失い、明日父王が匡胤を殺してしまえば、私は張羅や鄭、趙の弟たちに、どの面を下げて会えばよいのだ。」
思いを巡らせても、救う道は一つも見えない。
やがて金鶏が三たび鳴き、赤い日が東から昇った。
一夜のあいだに、柴栄はすっかりやつれ、顔はこけ、憔悴しきってしまった。
とても朝廷に出て奏上できる状態ではなく、役人を遣わして病を理由に欠勤の上奏をさせた。
周主はその病状報告を見て大いに驚き、急いで退朝して宮中へ戻り、柴后に知らせた。
ただちに勅命が下り、太医院の医官を見舞いに遣わし、さらに側近の内官にも様子を探らせた。
柴栄は内官に密かに頼み、柴娘娘から周主へ、趙匡胤の赦免を願い出てもらうよう取り計らった。
周主は柴栄の病を知り、さらに柴娘娘が再三にわたり取りなしたことで、匡胤を殺そうとする気持ちは半ばほど和らいだ。
そこで宮中より詔が下され、趙匡胤をひとまず天牢に収監し、晋王の病が癒え次第、改めて取り調べ、裁断することとされた。
柴栄はこの詔を受け、悲しみと喜びが入り混じった。
表向きは匡胤を天牢へ送ったが、朝廷には悟られぬよう、ひそかに王府へ連れ戻し、内に匿った。
柴栄は王位にあり、東宮を統べ、さらに柴娘娘が後ろ盾となって内外の権を掌握していたため、朝臣たちはこぞって迎合し、媚びへつらうばかりである。
趙匡胤が天牢ではなく王府にいるなどと、誰が口にできようか。
まさに、
世の冷暖はかくのごとく、
人の情もまた同じである。
このころ張光遠と羅彦威は、匡胤に難が及んだと聞き、そろって見舞いに訪れた。
兄弟五人が書房に集まり、匡胤を救う策を相談していたその最中、門官が報告に来た。
「千歳爺に申し上げます。外に道人がおり、名を苗光義と称して、千歳にお目通りを願っております。」
趙普が言った。
「殿下。その苗光義は陰陽の理に通じ、禍福を外したことがありません。過去未来を知ること、影と響きのごとし。当世きっての高士です。
ぜひ礼をもってお迎えし、趙公子を救う方策をお尋ねください。きっと妙案を授けてくれるでしょう。」
鄭恩も声を張り上げた。
「その口の利く先生か。ほんとに当たるんだよな。楽子は平定州で会って以来、あの陰陽の見立てをずっと覚えている。今日ここに来るとは縁がある。楽子は嬉しくてたまらん。」
柴栄はこれを聞き、喜んで立ち上がった。
鄭恩、張光遠、羅彦威、趙普らを伴い、七間銀安殿を抜け、中門を出て府門へ向かう。
門前に立つ苗光義は、まさに仙人の風格を備えた人物であった。
柴栄はひと目で心を打たれ、身をかがめて迎えた。
鄭恩は進み出て苗光義の手を取り、
「妙算の先生。楽子は平定州で会ってから、あんたの見立ての正確さを忘れたことがない。今日ここへ来てくれたのは、まさに縁だ。楽子は嬉しくてたまらない。」
と言った。
一同はともに殿内へ入り、書房に至る。
匡胤ら六人がそろって礼を交わした。
柴栄が席を譲ろうとすると、苗光義は辞退して言った。
「貧道は山野の者。今日ここへ参った以上、立って教えをうかがうのが礼でございます。
どうして千歳の御前で、僭越にも座ることができましょうか。」
柴栄は笑みを含んで言った。
「先生。私は以前より、あなたが陰陽に通じ、禍福を誤らぬ高士であると聞いておりました。常に会えぬことを残念に思っていたのです。
今日こうして天の縁によりお会いできた以上、ぜひお願いしたいことがあります。
先生が座ってくださらねば、私も口を開きにくい。どうかお掛けになり、教えをお授けください。」
苗光義はこれ以上辞退することもできず、朝廷に向かって一礼し、席に就いた。
そして言った。
「千歳がお抱えのご心配は、もしや趙公子のことでしょう。朝廷が赦免を下さらず、その吉凶を貧道にお尋ねになりたいのではありませんか。」
柴栄はそれを聞いて、胸中ひそかに驚いた。
この道人の推算がいかに霊妙か、今日こそ身をもって知ったのである。
椅子を近づけ、光義の手を取って言った。
「妙算先生、すでに孤(わたし)の心中を見抜いておられるとは、まこと陰陽に通じたお方だ。
どうか詳しく推し量り、その内情を決断してほしい。二弟が無事で済むなら、孤は必ず厚く礼を尽くそう。」
光義は身をかがめて答えた。
「千歳、どうかご安心ください。趙公子はいま運気が低く、将星も利を失っており、ここ数日に小さな災いがあるだけです。災が過ぎれば、自然と何事もなくなりましょう。」
柴栄は問うた。
「その災星は、いつ退くのか。先生、はっきり教えてくれぬか。そうでなければ、孤の心配は尽きぬ。」
光義は言った。
「千歳。陰陽の道は尽きることなく、変化は測り知れません。その精妙なる理は、言葉で尽くせるものではございません。
およそ人は天地の間に生まれ、命の八字から逃れることはできません。陰陽五行、造化の仕組みを、誰が自在に操れましょうか。
屈伸消長の理は、ただ順うほかありません。
無理に事を成そうとし、道理に逆らえば、災いを増すだけです。天を楽しみ、命を知る人の振る舞いではありません。
趙公子が今つまずいているのも、数の定めであり、運命の巡りです。千歳がいかに心を砕いても、すぐにどうこうできるものではありません。大難に及ぶことはありませんが、急に安泰ともなりません。
災が満ちて退くのを待てば、自然と機会は訪れます。
ただし、その時期を申せば天機を漏らし、鬼神の咎を受ける恐れがあります。それは千歳にとっても不利となりましょう。
しかし厚いご礼遇を受けている以上、まったく申さぬわけにも参りません。すべてを語ることもできぬゆえ、わずかに一端だけ明かします。
ただし、この話は千歳お一人の胸に留め、決して他言なさらぬよう。」
そう言うと立ち上がり、柴栄の耳元に身を寄せ、声を落として囁いた。
「……このようにすれば、趙公子は大難を免れ、同時に外鎮の憂いも永く鎮まります。」
柴栄はそれを聞き、半信半疑で黙り込み、しばし思案した。
光義は言った。
「千歳、疑うには及びません。静かに待たれよ。六日も経たぬうちに、必ず結果が見えてきます。」
柴栄はその言葉に従い、人を遣わして朝中の様子を探らせた。
同時に宴を設け、苗光義を王府に留め、手厚くもてなした。
四日が過ぎても、特に動きはない。
五日目になって、探りの者が戻り、報告した。
「千歳に申し上げます。本日、各鎮の諸侯より使者が参上し、賀表を奉りました。
ただ一人、潼関の高行周だけは、表を出しておりません。」
柴栄はそれを聞き、心中ひそかに感嘆した。
「苗光義、果たして陰陽に通じ、推断に一点の狂いもない。」
そして言った。
「先生、数は当たりました。だが、いざ孤が進朝して、この事を成し遂げられるかが不安です。いかに処すべきでしょう。」
光義は答えた。
「理数はすでに定まっております。千歳は安心して事を進めなさい。
必ず助ける者が現れ、何の障りもありません。さあ、早くお行きなさい。」
柴栄はこれを聞くや、当番に命じて馬を用意させ、匡胤らに別れを告げ、急ぎ馬に乗った。
王府を出て街路を抜け、五鳳楼に至り、東華門から入って下馬し、徒歩で進む。
九間殿を過ぎ、分宮楼を抜け、内宮で勅命を待った。
その折、周主は各鎮諸侯からの賀表を手に取り、繰り返し目を通していたが、
金斗潼関の高行周の名が見当たらない。
周主の胸には、怒りと恐れが同時に湧き上がった。
怒りは、賀表を出さぬ不臣の心に対するもの。
恐れは、もし賓服しない以上、必ず謀反を企てているに違いないという疑念である。
高行周は智勇兼備で名を天下に轟かせ、滑州の戦いでは、ほとんど胆を失いかけたほどであった。
もし挙兵して汴梁に迫れば、誰がこれを防げようか。
そう思うと、憂いはますます深まった。
そこへ宮官が跪いて奏した。
「万歳爺、国母娘娘に申し上げます。晋王千歳が、宮門の外で勅命をお待ちでございます。」
柴娘娘は言った。
「早く入らせなさい。」
勅命が伝えられ、柴栄は入宮して拝礼し、平身して座を賜った。
柴娘娘が尋ねた。
「我が子よ、病はもうよいのですか。」
柴栄は答えた。
「まだ癒えてはおりません。」
柴娘娘は言った。
「病が治らぬ身で、どうして参内したのです。」
柴栄は答えた。
「一つは問安のため。もう一つは、どうしても奏上せねばならぬ大事があるためです。」
周主は言った。
「どのような大事だ。申してみよ。」
柴栄は奏した。
「臣が養病しておりましたところ、急報が入りました。
潼関の高行周が兵を募り、糧を蓄え、ほどなく汴梁へ攻め上る構えで、漢主への復讐を叫んでいるとのこと。
このため、病を押して参内いたしました。どうか父王、早急にご決断ください。」
周主はこれを聞いて大いに驚いた。
「なるほど、あの賊が賀表を出さなかったのは、このためか。まことに反心ありだ。
さて、いかに処すべきか。」
柴栄は続けて奏した。
「高行周は、臣にとって不倶戴天の仇であり、長年恨みを抱いております。
その父子はいずれも驍勇無双で、先人の仇を討つこともできずにおりました。
今や老賊は兵を操り将を鍛え、京へ向かおうとしております。その勢いは甚だしく、容易に抗せません。
臣の愚見では、父王はただちに将を命じ、軍を起こし、彼の地へ赴いて罪を問うべきです。先に声勢を示せば、戦わずして定まるやもしれません。
いわゆる先んじて制するが、最も力を要せぬ策でございます。」
周主は言った。
「王児の奏、もっともである。だが諸将の中で、誰がこの大任を担えるか。そなた、選んでみよ。」
柴栄は奏した。
「臣は、敵を侮れば敗れ、敵を恐れれば滅ぶと聞いております。
今、朝中の諸将を見渡しますに、高行周に対抗できる者はおりません。
かつての滑州の戦いで、すでに恐怖が胸に刻まれており、再び臆して敗れるのが関の山でしょう。」
周主は言った。
「それでは、誰を使えというのだ。」
柴栄は答えた。
「臣が一人、推薦したい者がおります。この任に堪え、必ず父王の憂いを分かち、成功を望める人物です。」
周主は問うた。
「誰だ。」
柴栄は言った。
「臣が推す者は、当代随一の豪傑、天下無双の英雄です。ただし……父王がその罪をお赦しにならぬのではと案じております。」
周主はわずかに笑い、言った。
「王児よ。今の話、まさかあの紅面の賊を救おうとしているのではあるまいな。それは断じてならぬ。」
柴栄はさらに奏した。
「父王。趙匡胤は刀槍に通じ、弓馬に熟達した大将の器で、国家のために用うべき人物です。
もし彼を将として兵を率いさせ、高行周のもとへ向かわせ、彼が無能で討たれるなら、それは斬ったのと同じことで、父王の怒りも晴れましょう。
もし高行周を捕らえることができれば、第一に国家の大害を除き、後患を断ち、第二に臣の先人の仇を報い、さらに匡胤自身も功によって罪を償えます。一挙にして公私ともに叶う策。どうか父王、ご裁可ください。」
周主はしばし沈思し、言った。
「王児はひとまず退け。明日の朝議で、改めて決めよう。」
しかし柴栄は退こうとせず、なおも切々と願い出て、言葉を尽くして説いた。
そこへ柴娘娘が傍らから口を添えた。
「社稷を重んじ、私怨は軽くなさるべきです。趙匡胤を赦し、兵を与えて潼関へ向かわせ、叛逆を討たせるのがよろしいでしょう。」
この一言で、周主の匡胤を殺そうとする気持ちは、すでに八、九分ほど薄らいだ。
「明日、改めて沙汰する。」
柴栄は謝恩して退出し、王府へ戻って皆に経緯を語った。
一同は驚きと喜びが入り混じり、
「兄長の天地を動かす働きで、皇心は傾いたが、明日の吉凶はまだ分からぬ。」
と口々に言った。
柴栄は言った。
「心配はいらぬ。皇上はすでに許す気でおられる。万一、事が覆るなら、兄はこの命をもって殉じよう。どうして恥じて生き長らえようか。」
苗光義は言った。
「殿下も諸公も、ご心配無用。理数はすでに定まっている。明日は必ず無事です。」
一同は半信半疑で、それ以上は言葉を重ねなかった。
ただ匡胤だけは終始笑顔で、少しも不安の色を見せなかった。
その夜、柴栄は酒宴を命じ、書房に設けた。
七人が席順につき、古今の話を交わしながら酒を酌み交わす。
吉凶がまだ定まらぬゆえ、憂いを紛らわすためである。
まさに、
一事いまだ決せぬうちは、
まずは盃を尽くし、目の前の歓を楽しむ。
翌日、周主は早朝より朝廷を開き、文武百官の拝礼を受けた。
周主は問うた。
「潼関の高行周は使者も立てず、賀表も出さず、密かに不臣の心を抱いている。やがて兵を挙げ、汴京へ迫ろうとしているが、諸卿、寡人(王が自分をへりくだって指す一人称)を助ける策はあるか。」
言い終わらぬうちに、晋王柴栄が殿に進み、万歳を唱え、趙匡胤を将に任じ、潼関征討を命じるよう奏した。
周主は言った。
「朕には強兵猛将が少なくない。なぜ王児は、そこまでしてあの者を推すのだ。
しかもあれは朕の仇だ。誤って用い、もし裏切られれば、自ら敵を強くすることになる。この奏は妥当でない。」
そこへ枢密院の王朴が進み出て、礼を尽くして奏した。
「陛下。晋王の奏は至当でございます。趙匡胤の罪をひとまず赦し、罪を負ったまま功を立てさせてください。
兵は三千のみ与え、期日を定めて潼関へ向かわせ、高行周を捕らえて凱旋すれば、功によって罪を免じ、もし失敗すれば、二つの罪を合わせて罰すればよろしい。すべて陛下のお考えの内に収まる策でございます。」
周主は言った。
「もし趙匡胤が途中で心変わりし、高行周に投じたなら、虎に翼を与えるようなものだ。それではどうする。」
王朴は答えた。
「臣、王朴が保証いたします。趙匡胤が高行周に投ずることは決してありません。万一そのようなことがあれば、臣が罪を負いましょう。」
周主は言った。
「先生と王児の意見が一致しているなら、差し支えあるまい。この議、許す。」
そうして龍案の上で、みずから詔を書き下した。
柴栄と王朴は、それぞれ謝恩した。
周主は退朝し、百官は散った。
王朴は陰陽に通じた能吏であり、匡胤がこの出征の途中で自然に兵を得ることを見抜いていた。ゆえに三千のみを奏し、もし数を多く願えば、周主に疑念を抱かせ、救うことができなかったであろう。
高行周は潼関に威を張り、父子ともに驍勇無双、兵は十万、将も多かったが、寿命はすでに尽きかけており、匡胤の出征は、まさにその時に当たっていたのである。
余談はさておく。
柴栄は詔を受けて王府へ戻り、まず匡胤に祝辞を述べ、その後、詔書を読み上げた。
そこには、
「兵三千を領し、速やかに潼関へ赴き、高行周を捕らえ、帰京のうえ沙汰を待て。」
とあった。
これを見た柴栄は、顔色を失い、狼狽して苗光義の袖をつかんだ。
「先生。二弟は確かに赦されたが、兵はわずか三千。これでは勝ち目がない。
高行周は陣立ても誘いも伏兵も巧みで、子の高懐徳は三軍一の勇、万人に敵する者はいない。
私は滑州で彼と戦い、史彦超は鞭で打たれ、王峻は槍で傷つけられ、人馬は数えきれぬほど失われた。
これほどの相手に、二弟を単騎で向かわせるようなものだ。どうして安心できよう。先生、妙策はないのか。」
苗光義は静かに言った。
「理数はすでに定まっています。千歳、なぜそのように案じなさるのです。私は先に申しました。時運が巡れば、趙公子の大運はここから開け、王家のために力を尽くし、功業を立てる運命です。
この出征は、凶を吉に転じ、難を祥に変え、赴く先で自然に知恵が湧き、災いは消え、晦気は退きます。
旗を翻せば勝ち、馬を進めれば功を成す。千歳は、ただ静かに見守り、
後に貧道の言が誤りでなかったと知るでしょう。」
柴栄は言った。
「先生の言はもっともだが、どうしても心が落ち着かぬ。」
苗光義は答えた。
「それなら一つ、譬え話をいたしましょう。それを聞けば、疑いはたちどころに晴れます。」
柴栄は手を合わせ、教えを請うた。
苗光義はゆったりと語り出す。
多年の雑兵が、帳下の精鋭となり、
往時の名臣は、冥界の厲鬼と化す。
まさに、
いかに天を衝く志があろうとも、
その玄妙なる機は、容易には超えられぬ。
さて苗光義はいかなる譬えを語るのか。
それは、次回を待って明らかとなる。
独語。
苦労人柴栄、再び。
しかしながら、謂れもない難癖で罪人呼ばわりされたのでは、赦免の嘆願などしたくないでしょう。
平静に普段通り過ごす趙匡胤は、自分の才覚でどうとでもできると達観しているのか、はたまた自分のために尽力してくれる柴栄を信頼しきっているからか。
それにしても、三千の兵で潼関への出征というのは、いかにも「三叛連衡」鎮定のために出陣した郭威を思い起こさせます。
三叛の乱のとき、王師禁軍は潼関の向こう、長安から鳳翔(陳倉)に向けて出征しており、河中に向かう郭威にはあまり正規兵がいませんでした。
そこでどうすれば河中軍に勝てるかと、当時隠居していた馮道に戦略を請うたところ、壮士を募集し、給金をばらまいて気前の良さを見せつければ兵は集まり、禁軍の忠誠は得られる、と教えられたのでした。
現金な話ですが、これが功を奏して当時流浪していた趙匡胤は、その募集に加わり、また河中軍の意気も挫くことができたのでした。
