見出し画像

カナイと八色の宝石⑪

『母上。この者は、私が客室へご案内いたします。どうぞ母上は、シユーリと自室にてお過ごしください』

 シュリの母親は、シヤークを見上げて頷いた。

『ありがとう、シヤーク』

 シヤークは母親に頭を下げると、護衛の一人を指差して、カナイ用の毛布を持ってくるように指示を出した。護衛は鎧を鳴らしながら、部屋を飛び出していく。

『では、お客人は、こちらへ』

 カナイは何度もシュリを振り返ろうとするが、両肩を押さえられていて、うまくいかなかった。それどころか、あっという間に部屋の外へと出されてしまう。

 シヤークは残された護衛に、カナイ用の水を持ってくるよう指示すると、カナイの手首を引っ張って歩き出した。二人の横を、水を持ってくるよう指示された護衛が走り過ぎていく。

 シヤークはカナイの手首を引いたまま、無言で歩き続けた。彼はシュリと違って、カナイの歩幅を気にせず歩くので、カナイは小走りで付いていかなければならなかった。

 二人は石でできた階段を下ると、赤いじゅうたんが敷き詰められた長い廊下を延々と歩いた。角を二回曲がると古めかしい木の扉があって、その脇に毛布を持った護衛と水差しを手にした護衛が立っていた。

『ごくろう』

 シヤークは二人に声を掛けた後、木の扉を開いた。扉の向こうは、天井が無い渡り廊下だった。石壁のような手すりも、カナイの肩までの高さしかない。

 冷たい風が吹きすさび、カナイの顔が青ざめる。渡り廊下を見て固まっている彼女を、シヤークはちらりとだけ見下ろした。

『カナイといったか。この下は、池だ。落ちないよう気をつけろ。おまえ達、この者の横に付いてやれ』

 シヤークは再びカナイの手首を引いて、渡り廊下を歩き出す。カナイの左右には、彼女より大柄で鎧を着た男が付き添った。おかげでカナイは、風も少ししか感じないし、廊下がどれだけ高い所にあるかも分からない。それでも彼女の足は重く、シヤークに無理やり歩かされているようなものだった。

 四人は廊下を渡りきると、木の扉から円筒状の塔に入った。らせん状になっている階段を上っていくと、鉄格子でできた扉と、扉一枚分の短い廊下が現れる。

 シヤークは鉄格子の扉を開くと、カナイを中へ押し込んだ。床へ転がったカナイの上に、毛布が被せられる。

『弟をたぶらかし、十年近くも帰さなかった罪人めっ』

 カナイは上半身だけを起こして、シヤークに顔を向ける。カナイの黒い瞳と、シヤークの銀色の瞳が、ぶつかった。彼は眉をつり上げ、冷たい目でカナイを見下ろしている。

『明日、父上におまえを裁いていただく。覚悟しておくが良い』

 シヤークは勢いよく鉄格子の扉を閉めると、鍵を掛けた。カナイが慌てて扉に近寄り、鉄格子に手を掛ける。強い力で鉄格子を揺らすが、扉は動かない。

『出してっ。出してよっ』

 シヤークはカナイの訴えを無視して、護衛と一緒に階段を下りていってしまった。木の扉が開いて閉まる音が、カナイがいる牢屋まで響いた。

「罪人? 私が?」

 確かに、最初にシュリを見つけたのも、言葉を教えたのもカナイだ。寂しさから、シュリが故郷に帰らないように願ってもいた。けれど、倒れたまま放っていれば死んでいたかもしれないし、村に馴染めなければ生きていけなかったかもしれない。

「私は、助けたんだよ。なのに」

 明日、カナイを見て眉を寄せた男に裁いてもらう、とシヤークは冷たく言い放った。

「なんで? なんで?」

 鉄格子を掴んだまま、カナイはその場に崩れ落ちた。涙があふれて止まらない。カナイが泣いていると、必ずなぐさめてくれるシュリが今はいない。それがまた、涙が出る一因となった。こめかみが痛くなっても、カナイにはどうすることもできない。

「シュリ、助けてよお」

 細い声でカナイが助けを請うた時、空腹を告げる音が鳴った。カナイが顔を上げると、更に大きな音がした。カナイのものではない。

「誰か、いるの?」

 カナイは慌てて目を擦って、牢屋を見回した。薄暗い牢屋の中には、カナイの他に誰かがいるようには見えない。カナイは首を傾げた。

『どこ見てるんだよ? ここだよ、ここ。て、出た方が早いか』

 物陰から月明かりの下へ出てきたのは、一匹のネズミだった。カナイが見知っている野ネズミに比べると、鼻の先が尖っているし、耳も大きいし、体がスマートだ。おまけに、ひげも長いし、体は灰色だった。

 更に変わっているのは、小さな石を連ねて、首から提げているところだ。石は、黒、紫、青、緑、橙、黄、赤の七色が連なっていて、短い虹のようにも見える。

『やあ、お嬢さん。こんばんは。こんな所で会うだなんて、君は何をしたんだい? いや、何も言わなくて良い。僕には分かっているよ。一部始終を見ていたからね。君は何もしてない。僕も何もしていない。でも、彼等は僕を攻撃するんだ。酷い奴等だよ、本当に』

 ネズミは、とても早口だった。チチと良い勝負だ。それに、身振りも随分とおおげさだ。

 カナイがネズミに近付くと、ネズミの腹の音がまた鳴った。照れたように頭をかくネズミに、カナイは笑いながら包みを開ける。

『おなか、空いてるんだね。友達に貰ったものだけど、一つあげる』

 カナイは親指と人差し指でクッキーを摘むと、ネズミの前に差し出した。

『良いのかい? ありがとう。君は、とても親切な人なんだね』

 ネズミは両手でクッキーを受け取ると、噛み付いた。しかし、クッキーが硬くて砕けなかったのか、前歯で少しずつ削り始める。

『これはまた、随分と硬いクッキーなんだね』

『騎士様が出発する時に、持って行くものなんだって』

 カナイもクッキーを一つ摘むと、口の中に放り込んだ。奥歯で噛むと、確かに普通のクッキーの倍は硬い気がする。少しずつ崩れる粉を味わうと、はちみつの優しい香りが鼻の奥に届いた。

『へえ、そうかい。味は悪くないけど僕には硬すぎて、あごがはずれてしまいそうだよ。水を拝借しても良いかな?』

『どうぞ』

 カナイは、牢屋の入り口の脇に置かれた水差しを持ち上げると、一緒に置いてあった浅い鉄の皿に水を入れた。ネズミはクッキーを転がして皿まで持っていくと、水の中にクッキーを落とす。ふやけて柔らかくなったところを、ネズミはかじった。

『味は落ちるけど、仕方ないね。ところで、お嬢さん。どうして、違和感無くネズミの言葉が話せるんだい? この城の人間でネズミ語ができる奴なんて、一人もいないよ』

『私も、ネズミ語はできないんだけどね』

 カナイにも、目の前のネズミの言葉は違和感無く聞こえる。片言のチチよりも、異国の言語で話すシュリよりも、だ。カナイは、苦笑いを浮かべた。

『この腕輪のおかげだよ。これも、友達から貰ったんだけどね』

 カナイは四つんばいになると、ネズミによく見えるように腕輪をしている腕を床につけた。ネズミは黄色い石を間近に見ると、鼻をひくつかせた。

『ははん、分かったぞ。これは、僕が持つ石と同じものだ。石のおかげで、お互いに違和感が無いんだな』

『石のおかげって?』

 きょとんとネズミを見下ろすカナイに、ネズミは首を傾げた。



いいなと思ったら応援しよう!