カナイと八色の宝石⑳
テンデとシスカは、手首と足首を細い縄で縛られていた。本来は、テントを張る時に使用する縄の予備だ。強度が高くて、刃物が無いと切れそうにない。二人が捕まっている部屋の中は既に漁られた後で、いろいろな物が散乱していた。しかし、肝心な刃物が見当たらない。しいて言えば、壁に掛けられた弓矢の矢じりで、縄を削れるかもしれない。
二人が捕まっている部屋の出入り口には、チンとエレがいる。彼等は見張りという役目に飽きてしまったのか、床に座り込んで話に花を咲かせていた。話の内容は、主に団長の悪口だ。人使いが荒いだの、分け前が少ないだの、団長がいないことを良いことに、好き勝手なことを言っている。
彼等がいる部屋から数えて三つほど遺跡の出入り口に近い部屋に、団長はいた。彼は、遺跡で発見した金貨やら小物やらを仕分けるのに夢中になっていた。布で宝石を磨いては、ランタンに近づけて、宝石の輝きを眺めて満足そうに笑う。幸せな団長には、チンとエレの会話が聞こえていないようだ。
カナイとシュリの前に立ったアークは、首を横に振ってため息を吐いた。
『いくら暗いとはいえ、動き回る僕に誰一人として気付かないだなんて、嘆かわしいよ。ちっとも、ハラハラしなかったじゃないか』
頬を膨らませるアークに、カナイは苦笑いを浮かべた。
「でも、おかげで捕まらなかったんだし。状況も分かって良かったよ。ありがとう、アーク」
『どういたしまして。それじゃ、お嬢さんが言う《小猿が大猿に変身して驚いた》作戦を決行しよう。宝石の効果には、制限時間があるから気をつけて』
「制限時間って、どれくらいなの?」
カナイが首を傾げると、アークは廊下を見回した。
『緑の石に関しては、軟体人間って奴をおどして、部屋の中にいる二人を助けるくらいの時間は、余裕であるよ。問題は、橙の石だね。空間が広ければ広いほど、灯りが保つ時間が少なくなる。この廊下がどれだけ長いか分からないから、制限時間も正確には分からないよ』
「灯りが無ければ、黒い石も使えないね」
シュリの言葉に、アークは頷いた。黒い石は、影ありきの力なのだ。闇の中では、効果が発揮できない。
「とにかく、急いで助ければ良いんだよね」
カナイは、シスカに貰った包みの中からクッキーを出して、アークに手渡した。アークは手にしたクッキーに、緑の石を擦りつける。
「さあ、食べて。ルル」
カナイが声を掛けると、ルルはクッキーを掴んで口の中に入れた。ルルは歯が丈夫なようで、カナイやアークが苦労して食べたクッキーを、簡単に噛み砕いてしまう。
『ガリガリ言ってるよ。すごいや』
アークが感心した声を上げる中、ルルは緑色の光に包まれた。緑色の光は徐々に膨らんでいくと、天井の高さまで達したところで消えた。カナイやシスカの肩の上に乗っていたルルが、遺跡の廊下に狭そうに座っている。
「うわー、大きい。ルル、歩ける?」
カナイが問うと、ルルは手足を動かした。ルルは天井に頭を打たないように、少しずつ進んでいく。はうように進むので、巨体の割りに、廊下に足音が響かない。
「これなら、気付かれないかもね」
アークを肩に乗せたカナイは、シュリと並んで、ルルの後ろを付いていく。カナイもシュリも足音を立てないように、かかとからそっと床に付けるようにして、慎重に進んだ。
大きくなったルルは、テンデ達が捕まっている部屋の前で止まった。遺跡の奥側に座っているチンとは、わずかに腕一本分の距離しかない。
「なんだ? 急に、温かくなったぞ。それに、獣臭い」
「団長でも戻ってきたのか? ああっ、チンッ。後ろに何かいるぞっ」
チンとエレの声に、カナイは肩の上にいるアークの頭を軽く突いた。アークが手にしている橙の宝石から、夕日色の光の玉が生まれる。光の玉は四方八方に飛び散って、闇の中に溶けた。廊下が、一気に明るくなる。
「さっ、猿だっ。化け物猿だっ」
「ギャーッ。助けろ、エレッ」
チンは床に座り込んだまま後ずさり、後ろ手にエレを捕まえようと腕を伸ばす。エレは立ち上がって、チンを見捨てて走り出そうとした。
「ルル、捕まえて。潰しちゃダメだよ」
カナイが指示を出すと、ルルは両腕を伸ばした。腕が壁に当たって、少しくずれる。ルルは気にすることなく、右手にエレを、左手にチンを捕まえた。チンとエレは、白目をむいて気絶してしまう。ルルの手の中でぐったりとしている二人を見上げて、アークはため息を吐いた。
『あーあ、情けないな。早く縛っちゃおうよ、王子様』
「そうだね。アーク、二人を放すよう、ルルに指示して。カナイは、テンデとシスカを助けてあげて」
カナイは頷くと、部屋の中に入った。廊下が明るいおかげで、どうにか部屋の奥まで見渡すことができる。部屋の壁にもたれ掛かるようにしていたテンデとシスカは、カナイの顔を見るなり笑顔になった。
「カナイ。無事だったのね」
「助けに来るのが遅いぞ、カナイ」
カナイは二人に走り寄ると、しゃがみ込んでシスカの足首を縛る縄に手を伸ばした。しかし、強く引っ張っても、切れるどころか伸びることさえしない。
「もうちょっと待っててね。ええと、あった」
カナイが壁を見回すと、アークの情報通り、古びた弓矢が壁に掛かっていた。動物の角も一緒に飾られていることから、狩猟に使われていたのかもしれない。
カナイは背伸びをして弓と数本の矢を手に取ると、もう一度シスカの前にしゃがみ込んだ。矢じりを縄に当てて、擦り始める。繊維は徐々に切れているようだが、足首を解放するだけでも時間がそうとう掛かりそうだ。
「やっぱり、刃物がないと難しいね」
「こんな時に、カストル兄さんがいてくだされば良いのだけれど」
カナイとシスカが、眉尻を下げる。テンデは縄を手早く切る方法がないと悟ると、足を曲げたり伸ばしたりして、器用に出入り口に進み始めた。
「芋虫みたいだね、テンデ」
「やかましい。出れれば良いんだよ。軟体人間の奴等、もういないんだろ?」
カナイを振り返ったテンデは、廊下に響き渡った悲鳴に飛び上がって、床に転がった。カナイはもがくテンデを無視して、廊下に出る。見れば、大きくなったルルに驚いた団長が、床にしりもちをついていた。
「ル、ルル。よーしよしよし、良い子だ。おまえは良い子だ」
団長はルルをなだめるために、両手を広げた。しかし、ルルは口を開くと、鋭い犬歯を団長に向ける。団長は腰を丸めて、屈み込んだ。
「あひいっ。止めて、食べないでっ」
ルルの犬歯が、団長に襲い掛かる。しかし、もう少しで背中に刺さる、といったところで、ルルは緑色の光に包まれた。
『あーあ、元に戻っちゃった。惜しいな』
アークの落胆した声に、団長は恐る恐る顔を上げた。小猿に戻ったルルを見て、団長は立ち上がると、カナイ達を右から順番に指差していった。
「おまえも、おまえも。よくもやってくれたな。まとめて池に突き落としてやる」
「そうはいかないよ」
アークは走ると、団長の影の上に立った。手には、黒い石を持っている。シュリに指を差したまま固まった団長の額に、汗が浮かび始めた。
『黒い石に踏まれた気分は、どうだい? 脳と内臓器官以外、動かせないだ、ろ』
アークが得意気に胸を張った瞬間に、廊下が闇に包まれた。
