カナイと八色の宝石⑥
カストルは四人を見回すと、長く息を吐いた。
「そこの少年。騎士になりたいなら、自分を大事にしなさい。他の者も、危険な場所には近寄らないように。分かったら、三人は早く帰りなさい。すぐに日が暮れる」
カナイとシュリとテンデが揃って返事をすると、カストルはテントから出ていった。土を踏む音が聞こえなくなってから、四人はほっと息を吐き出す。
「ふあー、緊張したー」
カナイは、ずっと折り曲げていた足を伸ばした。日に焼けたふくらはぎが、しびれていて、じんじんする。
対して、シュリは姿勢を正したまま崩さない。カナイの足を突いて彼女の反応を楽しんでいるシスカに、シュリは顔を向けた。
「カストルさんは、怖いというより厳しい人っていう感じだね」
シュリの感想を聞いた途端に、シスカは満面の笑みを浮かべた。カナイで遊ぶのを止めて、シュリの両手を自分のそれで包み込む。
「そうなの。カストル兄さんは、けして優しいとは言わないけれど、怖いだけの人でもないわ」
シスカの笑顔は、輝いていた。その横で、テンデはむくれている。
「なんでも良いから、早く帰ろうぜ。仮面の人も、そう言ってただろ」
テンデは、怖い思いをしたのと恥をかいたのとで、すっかり不機嫌になっている。テンデのことをよく知るカナイとシュリは、顔を見合わせて頷いた。
「そうだね。僕、かあさんの手伝いをしないと」
シュリがシスカの手を優しく解いたのを合図に、カナイは立ち上がった。どことなく悲しそうな表情を浮かべるシスカの顔を覗き込んで、カナイは笑った。
「私も、手伝わないと怒られるんだ。だから、また明日ね」
また明日、という言葉に、シスカは少しだけ笑顔を取り戻して頷いた。
「じゃあ、感謝の鐘が鳴る頃に、広場に集合しよう」
「感謝の鐘?」
首を傾げるシスカに、シュリは頷いた。
「早朝に漁に出かけた船が全部戻ってきた時に、鳴らす鐘のことだよ。海の恵みと、無事に戻れたことに感謝するんだ。シスカは、僕が迎えに来るからね」
シュリの言葉に、もう一度シスカが頷くのを見届けてから、カナイ達はテントの外に出た。カストルが言ったように日が暮れかけ、雲も草も金色に染まっている。そんな中を、テンデは大股で歩いていった。後に続いた二人は、たびたびテントを振り返る。そのつど、カナイは両手で大きく、シュリは片手で小さく手を振った。
テントの前に立ったシスカは、姿が見えなくなるまで、カナイとシュリに手を振り返していた。
***
窓から入る光が、壁から数えて九枚目の床板に届こうとしている。もうすぐ、早朝に漁に出かけた船が戻ってくる時間だ。
カナイは肩までの黒い髪に適当にブラシを入れると、家を飛び出した。坂の下に、やせた背中が見える。
「シュリーッ」
シュリは立ち止まると、振り向いて笑顔になった。
「おはよう、カナイ。早いね」
「興奮して、寝れなかったんだよ」
坂を駆け下りたカナイは、シュリの前に立った。シュリは苦笑いを浮かべて、カナイの頭に手を伸ばす。
「髪が、ひどいことになってるよ」
傷んだ髪をすいてくれるシュリの手に、カナイは目を細めた。
「だって、私もシュリと行きたかったんだもん。シュリの髪は、いつも綺麗だね」
おかえしとばかりに、カナイはシュリの髪に手を伸ばした。波が弾く光の色をしたシュリの髪は、カナイのものより触り心地が良い。それでも玉になっている箇所があるのか、たまに短い悲鳴を上げることがあった。
「ちょっと待って、カナイ。早く迎えに行かないと、シスカが待ちくたびれるよ」
「あ、そうだった」
手を引っ込めたカナイとシュリは、並んで歩き出した。二人が歩く道を真っ直ぐに進んでいくと、広場に出る。広場からは、遺跡や村の入り口はもちろん、港にも畑にも行くことができた。
港は、二人が歩く道よりも低い場所にあるので、漁に出ていた船が帰ってくる様子がよく見える。船は、順調に港に近づいていて、既に着いた船も二隻あった。
「ちょっと、家を出るのが遅かったかもしれない」
シュリは頭を掻くと、足を速めた。それに、カナイも付いていく。シュリはカナイより頭一つ分背が高いし、足一つ分歩幅が広い。それでもカナイが置いていかれないのは、シュリが気を使って彼女の速度に合わせているからだ。これがテンデなら、既に離されているだろう。
シュリの優しさに笑顔を浮かべるカナイは、広場に近付いたところで足を止めた。少し遅れて、シュリも立ち止まる。広場に、意外な人物が立っていた。
「あれ? シスカ、なんでいるの?」
シスカは二人に駆け寄ると、口元に手を当てて笑った。
「なんだか眠れなくて、一人で来てしまったのよ。向こうに、テンデもいるわ」
金色の髪を揺らして、シスカは後ろを向いた。彼女の視線を追って、カナイとシュリも広場に目をやる。広場から港へ抜ける道の脇に、テンデが立っていた。彼は昨日のこともあって、シスカから離れて待っていたのだろう。
「ああなると、長いんだよね」
シュリが息を吐いて、テンデに手を振る。すると、テンデは重い足取りで、三人のところまで歩いてきた。
「おはよう、テンデ」
何食わぬ顔でシュリがあいさつしても、テンデは「おう」と短く返事をしただけだった。彼の様子を気にすることなく、シスカは手に提げていた袋をあさる。
「朝、みんなに会ったら渡そうって思っていた物があるの。手を出して」
カナイとシュリは素直に、テンデはしぶしぶといった感じで手を差し出す。袋から小さな包みを取り出したシスカは、三人の手に包みを置いていった。
「これは、何?」
カナイは目線まで包みを持ち上げて、じっくりと観察する。包みは手のひらに収まるほどの大きさで、外は布きれだ。しかし、指で触れてみると、硬い感触がある。
「これは、クッキーよ。騎士が遠征の時に持っていくものだから、家で食べるものより硬めに焼いてあるの。無事を願って自宅で焼かれるのが一般的だけれど、売っているお店もあるのよ」
「ありがとう、シスカ。大切に食べるよ」
目を輝かせるカナイの隣りから、硬いものを砕く音が聞こえてきた。見れば、既にテンデがクッキーを食べている。呆気に取られてテンデを見上げる三人をよそに、テンデはクッキーを飲み込んだ。
「なかなか、いけるぞ。かなり硬いけどな」
テンデは残りのクッキーを布きれに包むと、腰に下げた皮袋の中に入れた。シュリが、心底呆れた、というようにため息を吐く。
「早いよ、食べるのが。朝ごはん、食べてないの?」
「別腹、別腹。ちゃんと残したんだから、良いだろう? それより、早く行こうぜ」
自分の腹を二回叩いたテンデは、秘密基地へ歩き出した。シュリは、カナイとシスカの顔を見て、肩をすくめる。
「食べ物があると、立ち直りが早くて助かるよ」
「テンデって、ルルみたいね」
笑うシスカの肩の居心地が悪いのか、ルルはカナイの肩に飛び乗った。ルルの顔を正面から見て、シスカの笑い声が大きくなる。カナイとシュリは、シスカの腕を引っ張って、テンデの後を追った。曲がり角に立って三人を待つテンデは、いぶかるように眉を寄せている。
「何、笑ってるんだよ?」
「たいした事じゃないよ。ちょっと、ルルがね」
カナイがテンデに近付くと、肩に乗ったルルが背を丸めて毛を逆立てた。牙を向かれたテンデは、目を見開いて後ずさる。
「おいおい。また引っ掻かないだろうな?」
「大丈夫。今日は、ちゃんと紐で繋いでいるから」
今日のルルは、赤い首輪を付けている。赤い首輪には小花模様に織られた紐が結ばれていて、それを辿るとシスカの腰帯まで続いていた。
安心して息を吐いたテンデだったが、次いで聞こえてきた羽音に顔をしかめる。
「厄介な奴が来た」
