見出し画像

🎹【小5予選編第7話】勘違いのち、絶望。「暗譜の神様」が去った日


​1回目の予選でまさかの「優秀賞」をいただき、本選への切符を手にした私たち。

正直に言いましょう。親子で完全に浮かれていました。
​娘はるんるん気分で「2回目も絶対合格しちゃうもんね!」と鼻息も荒く、私は私で(……ピティナ、意外とちょろいのかも?)なんて、日本最高峰のコンクールを相手に、恐れ多い勘違いをしていたのです。

「『次も絶対合格するもん!』 ——この自信が、のちの悲劇を呼ぶ。」


​しかし、そんなわけはありませんでした。
​迎えた2回目の予選。会場に一歩足を踏み入れた瞬間、私たちはピンと張りつめた空気に凍りつきました。


ロビーには、イヤホンをして精神を研ぎ澄ます子、真っ黒に書き込まれた楽譜を念入りに確認する子……。そこにいるのは「ピアノが好きな子供たち」ではなく、もはや「プロ予備軍の格闘家」たちでした。

​「お母さん、なんか怖くなってきた……」
さっきまでの余裕はどこへやら、娘の顔がみるみるうちに青ざめていきます。

​審査が始まると、さらに絶望が追い打ちをかけます。
「ここは全国大会ですか?」と聞き返したくなるほど、猛者たちの完璧な演奏が続くのです。
「みんな上手すぎる、怖い!」と半べそをかく娘に、「大丈夫、あんなに練習したでしょ!」と励ます私。しかし、私の心臓もドラムのように鳴り響いていました。

​そして、いよいよ娘の番。
震える足で舞台袖へ向かう後ろ姿に、「頑張れ!」と祈ることしかできません。

​ステージに現れた娘は、明らかに動揺していました。

椅子に座り、鍵盤に手を置いたものの、指が震えているのが客席からもわかります。
演奏が始まりましたが、音はガチガチに硬い。先週までの、あのグランドピアノで培った伸びやかな響きはどこへやら。

​(お願い、なんとか最後まで止まらずに……!)
​祈るような気持ちで拳を握りしめた、その時でした。

ピアノの音が、消えたのです。

​沈黙。

バッハの整然とした旋律が、プツリと断ち切られました。
緊張のあまり、頭の中が真っ白になり、あんなに体に染み込ませたはずの暗譜がどこかへ飛んでいってしまったのです。

「この沈黙は、たった2秒。 でも、永遠みたいに長かった。」


​時間にして、わずか2秒ほど。
けれど、私にとっては心臓が止まるほど長く、重苦しい2秒間でした。
​ようやく演奏を再開し、2曲目のドビュッシーもなんとか最後まで弾ききりましたが、そこには娘が追求した「色彩」も「ピエロの物語」も、何ひとつ存在していませんでした。
ただ、真っ白な顔をした少女が、必死に音を並べている
そんな切ないステージが終わりました。

演奏が終わり、放心状態でホールを出た私と夫。
​舞台袖から出てくる娘を待っていると、遠くから鼻をすする音が聞こえてきました。
……案の定、娘は顔をぐちゃぐちゃにして、泣きじゃくりながらこちらへ向かってきます。
​私たちの姿を認めた瞬間、ダムが決壊したように娘は号泣しました。

「音は終わった。 でも、涙は終わらなかった。」


「……あ、暗譜が、飛んじゃった……っ! うわあああん!」
​その泣き声を聞きながら、私の脳裏にはこれまでの日々が走馬灯のように駆け巡りました。
あの地獄のバッハ特訓、脳がバグりそうになりながら歌った旋律、楽譜が塗り絵になるまで追求したドビュッシーの色彩。そして、諭吉たちが一列になってスタジオ代へと消えていったあの週末……。
​あんなに頑張ったのに。あんなに必死だったのに。
目の前で「全否定された」かのように泣き崩れる娘に、かける言葉が見つかりませんでした。ただ、震える背中をさすってあげることしかできない、無力な両親がそこにいました。

​帰りの車中。
あんなに激しく泣いたせいか、娘は疲れ果てて眠ってしまいました。
私は静まり返った車内でスマホを開き、ネットで結果を確認。……やはり、娘の名前はありませんでした。
​「……落選。やっぱりそうだよね」
小さくため息をつき、膝の上のスマホを閉じました。
​しばらくして、ふっと娘が目を覚ましました。
寝ぼけ眼で外の景色を眺めていた娘が、静かに、でもハッキリと言ったのです。
​「お母さん。……明日からまた、本選の練習、頑張るよ」

​……え?
今、なんて言いました?
​2秒間の沈黙で絶望し、あんなに泣き腫らして「もうピアノなんて嫌!」って言うのかと思いきや、まさかの「明日から頑張る」宣言。
子供の回復力というか、鋼のメンタルというか……。さっきまで一緒に地獄の底まで落ち込んでいた母の立場がありません。
​「……そうだね。頑張ろう。」
​私は娘の頭を撫でながら、心からそう答えました。
まだ1回目の予選で掴んだ「本選」への切符は、死んでいません。
​「でもね。今日は本当によく頑張ったよ。あんなに怖かったのに、途中で投げ出さずに最後まで弾ききったもん。お母さんは、そんなあんたが一番えらかったと思うよ」
​娘は少しだけ照れくさそうに笑いました。

「大丈夫。 あなたは、ちゃんと頑張った。」

これが、コンクールの本当の姿。

「ちょろい」なんて思っていた自分を殴ってやりたいほどの、苦すぎる現実でした。

​一寸先は闇、でもその先にはまた光がある。
こうして、私たちの「泥臭い夏」は、さらなる熱を帯びて本選へと続いていくのでした。

「泣いた日ほど、よく食べて、よく笑う。この子が笑ってくれれば、それでいい。」

🎹親子で迷いながら進む

ピティナC級への道。

次回も、どうぞ見守ってください🎹 
#ピアノコンクール #ピティナ #暗譜 #本番の怖さ
#落選の日 #悔し涙 #それでも前へ
#ピアノママ #親子の挑戦 #子供の成長
#クラシック音楽 #バッハ #ドビュッシー
#エッセイ #note






いいなと思ったら応援しよう!