世界一美しい図書館!プラハのストラホフ修道院がおすすめすぎる!
【チェコ・プラハ旅行記】本好き必見!ストラホフ修道院の美しき図書室を訪ねて
前回の記事「百塔の街プラハへ~美しすぎる街並みとその歴史について」では美しきプラハの街についてざっくり紹介した。
ここからはプラハの名所をひとつひとつ中まで入ってじっくりと見ていくことにしよう。
まず最初に訪れたのはプラハ城よりもさらに西に行ったストラホフ修道院。


ここはプレモントレ会という、学問を重んじる修道会のための施設になっている。
なんと、ガイドさんによれば私の住む函館近郊のトラピスト修道院とは兄弟関係の修道院らしい。

思わぬところでつながりがあって、親近感が湧いてくる。
さて、この修道院で最も有名なのは「哲学の間」と「神学の間」と呼ばれる2つの図書室だ。
まるで映画のように神秘的な世界がそこには広がっているとのこと。
というより、実際に007やハリーポッター、数多くのCMでこの図書室は使われているそうだ。

こちらが入り口。
入場料約600円と、写真撮影する場合には別途250円が必要になる。(2019年当時)
支払いを終えると入り口脇の階段から2階へと上がり、図書室と展示室へと進んでいく。
まず目にするのは哲学の間。しかし、混雑していたので通路奥に進んで先に「神学の間」を見ることにした。

びっしりと置かれた時代物の書物。
ここには4万冊の神学関連の書物が収められているという。
そして天井の装飾と、中央に置かれた地球儀や天体儀が知的な雰囲気を醸し出す。
息を呑む美しさだ。
そして頃合いを見計らって「哲学の間」へ。

おぉ・・・なんと贅沢な図書室なのだろう・・・
天井の絵もさることながら、いたるところに施されている金の装飾がまた美しい。
窓から差し込む光もこの図書室の雰囲気に魅力を加えている。
壁一面を使った背の高い本棚はなぜこんなにも私を惹き付けるのだろうか。
自分の大切にしている本達をこのように陳列できるとしたら、なんという贅沢なのだろう・・・
左手前にあるはしごもよい味を出している。
これを使って手の届かないところにあるお目当ての本を書架から取り出す。
あれでもないこれでもないと、収められている本達に視線を配りながら指を口に押し当てて本を探す。
そしてふと、一冊の本が目に留まる。
「・・・あった。」
にこりと微笑みながらその本を優しく取り出し、胸に抱え込む。
それからゆっくりとはしごを下り、この本が与えてくれる物語に胸を高鳴らせながら、この美しき図書室を後にするのだ。
・・・やってみたい。
ぜひともやってみたい!
こんなの・・・憧れてしまうではないか!
図書館好きには本当にたまらない場所だと思う。
最高におすすめしたいスポットである。
さて、ここまでお話ししてきて、気づいた方もおられるかもしれない。
そう。この図書室、どちらも人が写っていないのだ。
つまりどういうことかと言うと、一般の人は中に入ることができないのだ。
まあ、よくよく考えてみれば納得なのだが、ここに所蔵されているのは文化財クラスの書物ばかり。
さらに、この図書室そのものが貴重な歴史遺産。大勢の人が入ってしまうとそれらが傷んでしまう。
と、いうわけで中には入れない。入り口から中を眺めることしかできないのである。
ただ、この中に入れないことに不満を持つ人が多いというのも事実なようだ。
というのもグーグルマップでこの修道院を調べていた時、私はこの修道院の口コミ評価に目が留まった。ずいぶんと低評価のレビューが多かったのである。
なぜこんなに美しい図書室が低評価なのか疑問に思ったのだが、レビューコメントを見て納得した。
低評価の多くが、
「図書室に入れないのにこの料金はおかしい。それで写真を撮るのにさらにお金がかかるとはどういうことだ」
というレビューだったのである。
なので、グーグルマップの口コミは全くあてにしないほうがいいと思う。
図書室に入ることを楽しみにしていた人の、嘆きの低評価だ。
最初から入れないのを承知で行けばまったく問題ない。
少なくとも、私は大満足だった。
こんな美しい図書館を外から眺められただけでも十分楽しむ事ができた。
さすが世界一美しい図書館として知られているだけある。
ただ、「世界一美しい図書館」はここストラホフ修道院だけでなく世界にはいくつも存在しているのであくまでここはそのひとつであることも付け加えておこう。こういうことはあまり厳密に考えすぎるのもナンセンスなのである。

帰ろうとしたときにちょうど修道士さんが図書室に入っていった。
この図書室を歩く白い衣の修道士さん。
修道士さんにとっては当たり前の日常なのかもしれないが、こちらからすれば目の前の光景は神秘的なものさえ感じさせるものだった。
ストラホフ修道院の役割と学問~知性の力と修道士、そして日本の僧侶について
ストラホフ修道院には2つの図書室につながる廊下があり、そこが現在展示室として使用されている。
これもグーグルマップのクチコミの低評価につながるのだが、たしかにその展示を見るだけではそこに何の意味があるのかがわかりにくい。
説明はあるのだけれども正直ピンとこない。
ただ廊下に沿って古いものが置いてあるだけではないかと嘆きたくなる人の気持ちもなんとなくわからなくもない。
ただ、今回、私はガイドさんとここに来ている。なのでばっちり解説を受けることができた。
そうすると、ここの展示が実はものすごくおもしろいものであることがわかった。

まずは『聖書』。これは羊皮紙に手書きで書かれたものだ。
正確な年代は失念してしまったが、何百年も前に書かれたものがこんなにきれいに残っている。
羊皮紙は読んで字のごとく、ヒツジの皮でできた紙だ。大量生産はできないが非常に丈夫。
それでこのような大きくて重要な書物に使われるようになっていった。
では、なぜここに手書きの『聖書』が展示されているのだろうか。
それはこの修道院がどのような目的を持って組織されているのかということを示す鍵になるものだからだ。
修道院とは何かということについては、「教会と修道院の違いを考える-ベツレヘム・断崖絶壁のマルサバ修道院 イスラエル編⑲」の記事でも紹介したが、基本的には神への祈りのために俗世を離れて修行する場所とお話しした。
それから時代を経て、ものを生産しながら祈る修道院や、学問を中心とした修道院など様々な形をとった修道院が現れた。
そしてこのストラホフ修道院はその中でも学問を中心にした修道院なのだ。
この修道院がどのように学問の中心として有名になっていったのか。
それを辿るためには、この手書きの『聖書』が一番重要な鍵になっていくのである。
かつては本は大変高価なものであった。
キリスト教を学びたいと志しても、本が手に入らないからそもそも学びようがない。
そこで多くの人と本を共有し、さらにその本を書き写すことで貴重な『聖書』の数を増やしていこうとした。
これがお祈りに並ぶ、修道院の重要な役割だ。
そしてこのストラホフ修道院のように、学問を重視した修道院だとヨーロッパ中から有能な学生が集まってくるようになる。
するとその分だけ『聖書』の需要は増し、さらにはその注釈書などの様々な本が持ち込まれ書写が続けられていく。
そしていつの間にかこの修道院は膨大な書物と優秀な知性が集う大学のような場所になっていったのであった。
それから1492年のコロンブスによるアメリカ大陸発見の後、世界は大航海時代の幕開けとなる。
教会もはるか遠方の地へ宣教の旅へと漕ぎ出していくことになる。
その一人が日本でもお馴染みのザビエルだ。
そうなってくると必要なのは何だろうか。

天文学の知識である。
星が読めなければ大いなる海のど真ん中でただ死を待つしかない。
そしてさらには、

航海日誌である。
こうなってくるとありとあらゆるジャンルの学問がこの修道院に集められ、優秀な頭脳によって研究が進められていく。
そしてまた新たな発見が生まれ、その発見はまたさらなる研究の材料となる。
こうした循環が修道院の中で生まれ、世界の知識はここで加速度的に増えていくことになったのだ。
その知識は国王や貴族、そして当時力をつけてきた商人も見過ごすことはできないほど。
修道院で学ぶ優秀な人間をいかに自分たちの側に引き入れるのか・・・
強力なライバルが世界規模で覇権を争う時代に、修道院で磨かれた知性はいつしか彼らの世界戦略にはなくてはならないものとなっていく。
修道院はそれほど知的な力を擁するようになっていったのだ。
さて、修道院での学問が国家戦略に欠かせぬほどの力を持つようになったという事実。
それは聖職者の知性がどれほど他の人々に比べて抜きん出ていたかを示す。
そしてこのことは日本にも当てはまることなのだ。
そう。僧侶も同じように国家戦略に欠かせぬ頭脳を提供し続けてきた歴史がある。
それもそのはず、全人口のほとんどが読み書きが全くできない世界で、読み書きどころか現代人も驚くほどの思考や知識を持った人間がいたとすれば、それはとてつもないアドバンテージになる。
僧侶はお経を読み、そしてそれを研究する。
そう、文字が読めなければ話にならないのだ。
文字を読めるということがどれだけの武器になるかは、読み書きができて当たり前、そしていつでもスマホを通して情報にアクセスできる私達にはなかなかイメージしにくい。
だが、かつて、情報元は本しかなかった。
そして書物の言葉はすべて漢字で書かれていた。
日本人は中国の書物を通して最新の研究や世界情勢などを得ていた歴史がある。
そしてそれにアクセスできるのが漢字を読むことができる僧侶だったのである。
さらに当時最も繁栄していた比叡山延暦寺はそれこそ学問の聖地。
日本中から優れた知性を持つ僧侶が集い、研鑽を積んでいた。
当時の平均的な日本人の知的水準を考えると、読み書きもでき、書物によって膨大な知識を持っていた僧侶というのは圧倒的な知的エリートだったのだ。
もちろん、貴族社会やその他の役人達も文字を読むことはできる。
しかし、政治的、事務的な作業に時間を費やさざるをえない彼らと、思想や哲学、世界事情の研究や思索に専念する僧侶ではその差は明らかだろう。
だからこそ、日本の歴史に僧侶の名前が度々出てきたり、政治的な出来事の背景に彼らの影が見え隠れするのだ。
文字を読めるということ、そしてそれにより世界や物事に通じることができること。
これは果てしもないほどのアドバンテージなのだ。
修道士や僧侶が歴史の舞台で活躍するのは、その知的水準の高さによるものが非常に大きい。
宗教的な能力ももちろん重要だ。
しかし、歴史を動かすという現世的な戦いの場では、やはり世界をより知っている者が優位に立つ。
日本の歴史を考えてみるときも、当時の僧侶がどのような役割を果たしてきたのかという視点で見てみると、また違った見方ができて歴史の勉強が楽しくなる。
きっと、テレビを見ている時や本を読んでいる時も、思わぬ発見ができると思う。
ぜひ、僧侶が果たしてきたそのような側面にも興味を持っていただけると嬉しく思う。
続く
※追記 オーストリア国立図書館が美しすぎる!あの『美女と野獣』のモデルにも!?

プラハの次に訪れたウィーンのオーストリア国立図書館も「世界で最も美しい図書館」のひとつとして有名です。
私もその図書館を訪れてみました。
ぜひこのストラホフ修道院と合わせてお楽しみください。
※参考資料はこちら
新教出版社 フスト・ゴンサレス『キリスト教史』
当noteの記事「仏の教えをわかりやすく学べるおすすめ解説書25冊を厳選!時代背景や文化・思想から見た仏教」
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