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システィーナの聖母は意外と大きい!?ドストエフスキーも愛した名画を堪能

ベルリンを出発したドストエフスキー夫妻の目的地はドイツの古都ドレスデン。

ドレスデンはドストエフスキーのお気に入りの街でもあったし、何より若いアンナ夫人が退屈しないよう彼が配慮した場所でもあった。ここは都会でもあったし世界的にも有名な美術館や博物館があって旅行にはもってこいの場所だったのである。

そして『回想』によればこの街でよくドストエフスキーがアンナ夫人の買い物に付き合っていたというのもなんとも微笑ましい。あの大文豪が若い妻の服をうんうん悩んで一緒に選んでいる姿を想像してみよう。なんとも微笑ましい光景ではないか。

2人のドレスデン生活は平和で知的好奇心も満たされた穏やかな日々だったようだ。

では、これより実際にドレスデンの街を歩いていくことにしよう。

「エルベ川のフィレンツェ」と称えられた文化都市。しかしこの街は第二次世界大戦時、連合国による空襲でほぼ焼失してしまった。その壮絶な爆撃は東京大空襲と比されるほどで、その惨劇は当ブログでも紹介したシンクレア・マッケイ著『ドレスデン爆撃1945 空襲の惨劇から都市の再生まで』で詳しく知ることができる。現在の姿は戦後大きな力をかけて復興させたものである。

空襲によって消滅したとは思えないほど古くからの街並みが再現されている。

有名な「君主の行進」も上の広場のすぐそばにある。

そしてドストエフスキー夫妻が通った絵画館がこちらだ。ここにドストエフスキーが絶賛したラファエロの『システィーナの聖母』やクロード・ロランの『アキスとガラテア』が展示されている。早速中に入っていこう。

ドストエフスキーゆかりの作品を探しながら館内を歩いていてまず発見したのはフェルメールだった。ドストエフスキーはフェルメールに全く言及していない(当時フェルメールは知られていなかった)が、やはりこの絵は素晴らしい。

この絵は2022年に『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』で日本に来ている。私も札幌までこの絵に会いに行った。その『窓辺で手紙を読む女』と本拠地ドレスデンで再会できたのは実に嬉しいものだった。

思っていたより混雑していなかったのでこの係員さんと二人っきりでじっくりと鑑賞させてもらった。

別の部屋にはこれまたフェルメールの初期の代表作『取り持ち女』が。

この水差しやグラスの質感、そして男の手に挟まれたコインの輝きに注目してほしい。これが絵だと信じられるだろうか。しかも単にリアルなだけでなく、光の加減を視覚効果に絶妙に訴えるよう表現しているというのだ。恐るべし、光の巨匠フェルメールである。やはり好きだ、フェルメール。

さあ、絵画館の中を進んでいこう。どこかで見たことのあるような名画だらけの館内。そしてこの部屋の真っすぐ先にあの『システィーナの聖母』がどーんと飾られている。ちょうど部屋の入り口が遠くから見れば額縁のように見える。まさにこの絵のために造られたかのような館内の設計ではないか。

では、ドストエフスキーが絶賛したこの絵を見ていくことにしよう。

私はこの部屋に入って驚いた。『システィーナの聖母』が想像以上に大きかったのだ!絵の隣にいる係員と比べてみればその大きさもはっきりするのではないだろうか。額縁を含めれば優に3メートル、いや4メートルは越えようかという巨大さだ。

ドストエフスキーはこの絵を愛した。彼はラファエロの絵を好んでいたがこの絵に対してはその中でも格別の愛着を持っていた。晩年になっても彼はこの絵の複製を欲しがり、なんとか手に入らないかと何度もアンナ夫人に漏らしていたほどだった。

そして1879年には友人のソロヴィヨフとトルスターヤ夫人(文豪のレフ・トルストイとは別人の、詩人アレクセイ・トルストイの妻)の粋な計らいで誕生日プレゼントとしてこの絵が贈られた。その絵は彼の書斎に飾られ、その時の彼の喜びはそれはそれは大変なものだったそうである。それほど彼はこの絵を愛していたのだ。

そしてさらにもうひとつ、この絵に関する面白いエピソードがある。

見ての通り、『システィーナの聖母』は巨大で、近くで見ても絵の上部まで詳しく観ることは難しい。そんな折、ドストエフスキーはこんなことを思いつく。

「そうだ、よく見えないなら椅子に乗って見ればよいではないか!」

なんと、ドストエフスキーは監視員の目を盗んで椅子の上に乗ってこの絵を観ようとし始めたのである。案の定監視員に見つかって注意されるも再び監視員の目を盗んでじっくりとこの絵を観たのだそう。アンナ夫人によればこの日はてんかんの発作があった後だったのでこのような大胆なことをしてしまったとのこと。

なるほど、いつもとは違った精神状態だったとはいえ、ドストエフスキーのこの絵への愛が感じられるエピソードではないだろうか。

実際、近くから見ると光の反射などもあり絵の上側はかなり見えにくい。そうなると肝心の聖母マリアの顔がよく見えないのだ。しかもマリアは真っすぐ正面を見ているのでこちらと目が合うこともない。そう考えるとドストエフスキーが少しでも高い位置からこの絵を観たいと思ったのもよくわかる。私も乗れるなら乗って聖母マリアと目を合わせたいと思ってしまった。

それにしても「世界一有名な天使」と言っても過言ではないこの小さな天使2人はやはりかわいい。本当にそこにいるのかのようなリアルな感覚があった。

そして「ドストエフスキーとドレスデン」といえばクロード・ロランは外せない。上のアンナ夫人の言葉にあったように、ドストエフスキーはこの『アキスとガラテア』に強い印象を受けている。

パリのルーブル美術館でもそうだったのだが、クロード・ロランはあまり人気がないのかここで立ち止まる人はほとんどいない。しかし17世紀に一世を風靡し、イギリスの画家ターナーにも巨大な影響を与えたのがこのクロード・ロランなのである。

『アキスとガラテア』はギリシャ神話をモチーフにした作品で、この神話については「オウィディウス『変身物語』あらすじと感想~ヨーロッパ芸術に巨大な影響を与えた古代ギリシア・ローマ神話の短編集!」の記事でお話ししたので興味のある方はぜひこちらをご参照頂きたい。

そして肝心のドストエフスキーはというと、この絵の神話性よりも、クロード・ロラン得意の斜光、薄明りに強烈な印象を受けたようだ。それも絵そのものというより、ドストエフスキーの内面にあった観念的なものとの合致がそれを引き起こしたのである。

この旅行記では思想的なものにはあえて踏み込まないと決めたのでここではこれ以上私からはお話ししないが、この絵がドストエフスキーの小説に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。

以下はアンナ夫人の『回想』に出てきたドストエフスキーお気に入りの絵画たちだ。

カラッチ『キリスト』
レンブラント『レンブラントとその妻』
コレッジョ『聖夜』
ティツィアーノ『みつぎの金』
ムリリョ『子どもをつれたマリヤ』
リオタール『チョコレート売りの娘』

残念ながら見つけられなかった絵もあったが、『システィーナの聖母』や『アキスとガラテア』という、ドストフスキー定番の絵以外のものも観れたので大満足であった。ドストエフスキーの絵の好みを知る上でも、様々な絵画を比べながら観ることができたドレスデン絵画館での体験はとてもありがたいものであった。

ドレスデンの旧市街は非常にコンパクトにまとまっていて、歩き回るにも便利な街だった。この街をドストエフスキー夫妻は歩き回っていたのである。

そしてこの街における彼のエピソードとしてもうひとつぜひお話ししたいことがある。

それがドストエフスキーの音楽の好みだ。

夫妻はよくこの街でコンサートを聴いていたようなのだがその中でもドストエフスキーが特に好んでいたのがメンデルスゾーンの曲だったそうだ。

しかもその中でも一番メルヘンチックと言える「結婚行進曲」をドストエフスキーが好んでいたというのは面白い。

ドストエフスキーはロマンチストでもある。だが、それにしてもこの曲はどうだろう。なんだかドストエフスキーがかわいく思えてきた。どんな顔をしてこの曲を聴いていたのだろうか。きっと奥様と幸せな時間を過ごしていたのだろう。私もメンデルスゾーンが大好きなのだが、まさかこの曲をドストエフスキーが好んでいたというのは実にほっこりするエピソードであった。

だがこの後、この平穏で幸福な日々を過ごしていた2人であったが、ついに悪魔の囁きがドストエフスキーをつつき始める。

これから2人を苦しめ続けた、あのギャンブル中毒という恐ろしい悪魔がついに顔を出し始めたのだ。


今回の記事は以前当ブログで公開した以下の記事を再構成したものになります。

この元記事ではより詳しくドストエフスキー夫妻のドレスデン滞在についてお話ししています。興味のある方はぜひ元記事もご参照ください。

以上、「ドレスデン絵画館でドストエフスキーも愛した名画を堪能!ラファエロのあの天使はやはり可愛かった」でした。

主な参考図書はこちら

また、こちらの記事ではドストエフスキー小説をもっと楽しむためのおすすめの解説書をまとめています。ぜひこちらもご参照ください。

ドストエフスキーのおすすめ書籍一覧はこちら
「おすすめドストエフスキー伝記一覧」
「おすすめドストエフスキー解説書一覧」
「ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ解説書一覧」

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