「死因:尊い」──名探偵はその愛を殺意と呼ぶ
「その死因は、“尊さ”だった。」
……そう言われて、あなたは信じられるだろうか?
◆ いまだ未登場の“死因”
探偵物というジャンルがある。
いろんなスタイルがあるが、よくあるのは──
殺人事件をはじめ、なにか事件が起こる。
そこに、たまたま事件現場に居合わせた探偵が、
事件のヒントを手繰り、謎を解きながら事件を解決するという奴だ。
さて、これまで長く続いているジャンル。
となれば、登場した“死因”もさぞ多種多様だろう。
毒、落下、絞殺、爆発、感電──手段は尽きることがない。
しかし、まだ登場していない“死に方”があるのではないか。
それが──キュン死である。
◆ その“事件”は、尊さで始まった
あるコンサート会場で、最前列にいたひとりのファンが突然倒れ、心停止。
死因は、不整脈による心臓発作。持病の悪化──そう診断された。
事故か?偶然か?
だが、
現場に居合わせた名探偵は、こうつぶやく。
「待てよ……あの人の言動には、おかしな点がある。」
「……これは、“殺意に近い愛”だな。」
◆ アイドルは、ウインクで仕留めたのか?
捜査が進むにつれ、いくつかの“奇妙な一致”が見つかる。
・死の直前、アイドルは完璧なタイミングでウインクを放っていた
・ファンは過去にSNSでこう投稿していた
「尊すぎてキュン死しそう。心臓に持病あるのに」
・その死の瞬間の映像はSNSに投稿され、キャプションには
「この一瞬を、あなたの心に届けたかった」
──偶然にしては、できすぎていないか?
探偵の目が光る。
「この投稿タイミング、死亡推定時刻とピッタリ一致している。」
「これは、狙っていたのか…?」
◆ 尊さは、なぜ“殺意”になったのか?
そもそも「キュン死」とは何なのか?
「尊い」「しんどい」「心臓がもたない」
──そんな感情表現が日常に溶け込んだ今。
推し活においては、“尊いのピーク”で感情が爆発することすら“文化”と化している。
しかし、それが本当に身体の限界を超えたら?
そのアイドルは、あるストーカー的ファンに悩んでいた。
距離を取っても伝わらず、むしろ執着を深めてくる。
ある日、そんなファンの投稿が目に入る。
「尊すぎて死にそう。心臓弱いのに」
そのとき、アイドルはこうつぶやく。
「なら、“キュン死”させてやろうじゃない──」
以降、SNSで“尊い投稿”が加速する。
完璧な自撮り、心を刺す言葉、深夜の素顔。
ファンは燃え上がる。
ますます感情が高まり、喜びは狂気すれすれの熱を帯びていく。
アイドルの中で、ある覚悟が芽生える。
「もう逃げられないなら──こちらから、終わらせるしかない」
「これは、ファンサじゃない。決別の儀式だ」
そして、特別なDMが送られた。
『特別に、あなたをコンサートにご招待します。最前列で。』
ついに、その日がやってきた。
ステージ上で繰り広げられる圧倒的なパフォーマンス。照明、演出、演技、そのすべてが“尊さ”のピークを更新していく。
ラスト、推しがウインクを投げたその瞬間──
『ぎゅんっ♡』という謎のSE音を残して、彼の心臓は止まった。
ファンは胸を押さえ、泡を吹き、崩れ落ちた。
──そのまま帰らぬ人となった。
遺体のポケットから、推しのブロマイドと最後のチケ発券レシートが…
◆ この死に、“誰かの悪意”はあったのか?
事件は一応、解決した。
しかし、法廷でこう問われる可能性はある。
検察「あなたは“尊さ”で彼を殺しましたね?」
弁護「異議あり! 尊さは無罪です!」
裁判長「それは……“人を殺せるほどの尊さ”だったのか?」ー
推しの愛が、命を奪う。
“尊さ”が極まりすぎた結果、誰かの心臓を止めることがあるなら──
それは事故なのか? それとも、未必の故意なのか?
探偵は事件の記録を閉じながら、こう呟く。
「……死因は“尊み”だな。事件かどうかは、心臓が知っている。」
◆ これは、空想です。
これは実在の事件ではありません。
ただのフィクション。妄想。物語作家による“ひとつの可能性”の話です。
……でも、「そんなこと、あるわけない」と言い切れるだろうか?
感情で人は死ぬのか。
誰にも止められなかった魅力と、一方的な愛情の、
その間に生まれた“なにか”の名前を、
私たちはまだ知らない。
……それでも、私たちは。
誰かを「尊い」と思うことを、やめられないのだろうか。
──で、これ。なんのはなしですか?
日々好日の書斎より
──とっぴんぱらりのぷぅ
