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楽曲レビュー 素的 理芽×幸祜

始めに(注意点)

 当方、V.W.Pは大好きですが理芽のほぼ単押しなのでメインがどっちであろうとセンターが誰であろうと理芽パート主体の感想になりがちなのでもし読むときはご注意ください。  
 あと基本的には感想ですので、言い切る形で言っていても解釈の一つにしかすぎず、基本的に語尾に(と、筆者は思う)的なものをつぎ足しながらご覧ください(予防線)
 あと歌手たちは敬称略で書かせていただいています。申し訳ないです。


素的について

 思い付きで楽曲レビュー(というより感想)第二弾は同じく”V.W.Pメンバー2名でデュエット歌唱した派生曲の1st Album”「繁殖」より「素的/理芽×幸祜」です。
 この曲は2022年4月16日V.W.P 1st ONE-MAN LIVE 「現象」で初披露となった派生曲で、シングルのリリースは2024年2月21日と初披露からリリースまで2年近くかかった、待望の1曲でした。

余談①(スキップ可)
 しかもその約2年、リリースを匂わせる情報が全くないまま、直前の告知すらなくリリースされ、ファンたちを驚かせた(あまりの突然のためお漏らし※=本来予定されていたリリース日よりなぜか前にリリースされてしまうこと=を疑われてしまうという始末)、という逸話のある曲。
 ちなみに公式はしれっとその日の午後6時すぎ(リリースは午前0時)にデジタルはいたしまし"た"。と何事もなかったかのように完了形でツイート。🌱infoしかり、何かと直前に告知しがちな神椿だが、まさか事後報告とは…

 ※ちなみにGuianoの舞 feat. 理芽はガチでお漏らししてしまった。(リリース日は2022.03.09だが約2週間前にチョロっとだけリリースされてしまった)

楽曲レビュー 素的 理芽×幸祜

 素的は作詞・作編曲がおなじみの笹川真生氏、ジャケットイラストはしょくむらさんの曲で、ボーカルは理芽と幸祜が務めています。レビュー第一弾の甘粒は幸祜側の曲で、素的は理芽側の曲になります。いやこっちの方が披露ははるかに先ですが。
 ちなみにこの曲に限らず、理芽側の派生曲は全て笹川真生氏が手掛けており、4曲とも全て〇的という曲名(ちょっと伏字的にあれですが)で、的はすべて掛詞になっています。ファンの間では勝手に的シリーズとか呼んだり呼ばなかったり…
 この曲は言うまでもなく素的⇒素敵ですね。でも一説によると素敵は素適でも素的でもいいらしい。素敵が一般的ですけど。

曲のテーマ…?(スキップ可)

 そしてこれは僕が勝手に思っているだけなんですが、この的シリーズ、それぞれ別の二人の関係性をテーマとして歌っているんじゃないかな、って思っています。例えば魔的なら恋人、不的なら愛人(ちょっと短絡的すぎるかな?)など。
 ではこの曲は何の関係性をテーマにしているんでしょう?最初は「幼馴染」かな?って思ったんですけど、繰り返し聴いているとつじつまが合わないところが出てくるし、付き合ったばかりの、ご祝儀的に深く短く依存している恋人のようにも見える。間を取って幼馴染の関係が恋人に変化した二人、ということにしよう(何それ)
 皆さんの感想も聴きたいです。

全体の歌い方の印象

 この歌は、同じ二人の歌でもお洒落で甘くてかわいらしい歌い方だった甘粒とは違って、色気と儚さに少しのあどけなさを混ぜた歌い方で、全体的にうっすらと未来への不安がよぎるような歌になっています(いやこの曲もめっちゃお洒落なんですけど。)。でも不思議とうっとりしててしまう曲で、気づいたら繰り返し聴いてしまう曲になっています。

A①

 歌いだし(A)は幸祜の「舞踏会なんて待っていられない」です。いきなり「舞踏会」だなんてお洒落すぎるというか、いきなりメルヘンすぎて、字面通りに受け取れない何かがあります。

余談②(スキップ可) 
 舞踏会って多分当時の都会的な言葉だったと思うんですが、今でもよくあるように、都会の人が使う都会を示す言葉ではなくて、なんとなく田舎の人が都会をイメージして使う言葉だったんじゃないかなって思います。そう思うとこの舞踏会って言葉、逆に牧歌的に感じますよね(※無理に英字タイトルIdyllicとかけてます、ごめんなさい)。

 そういえば的シリーズは理芽側の曲であるにもかかわらず、歌いだしは全て相手方のような…(※不的の「ねぇねぇ」は二人)。他の曲は残火を除いて全てメイン側が歌いだしだったような気が…飛翔も歌いだしセンターじゃないし、あえて逆を突いているのかな、笹川真生は。(余談ばかりでちっとも進まない)

 しかしこの歌いだしの幸祜ちゃんがめちゃくちゃ好きで、特に初披露の現象での歌い方は衝撃的でしたね。「桃色の桃色の吐息で」のところなんてなんて色っぽく歌えるんだろう、って思いましたね。ほんと「と・い・きで(吐息)」みたいな感じで、すんごくいい味出してる。音源Ver.はちょっと控えめでしたが、それはそれでバランスがとても取れているので素晴らしい。
 甘粒でもそうでしたが、幸祜、ストレートな声だけじゃなくて息系歌手(※自分は花譜、理芽、Soodaなどの音程にならない息を多く使って歌う歌手のことを勝手に息系歌手と言っています)のような歌い方もできるんですね。いや、ほんと素的です。

A’①-B①

 続いて理芽パート(A')、ここからドラムが本格参入してきて(こういうのなんて言うんですかね?よくある構成ではありますが…)一気にリズミカルになり雰囲気が加速します(理芽が入ってドラムが強くなるの、宣戦もそうですね)。

こういうA(幸祜)⇒A’(理芽)の切り替わりがはっきりわかるような歌声の変化、リズムの変化はデュエットならではでとてもいいですよね。この切り替わりが個性が出てわかりやすくすること、その中で一連の流れ、バランスを損なわないこと、これを両立することは案外難しいんですが、理芽は誰相手でもそれができるのが本当に好きです。

 友人の嘘だって気づく~はドラムに合わせてリズミカルに歌ってはいるものの、淡々とタンッタンッタンッというリズムを感じさせます。「友人の嘘」とか「陰口してるあの子」とかねっとりしちゃいそうなのに感情を排した歌い方にしているおかげで淡々とタンッタンッタンッと進んで行くのはさすがだと思うし、曲を通しての全体のバランスをきちんと整えています、このパートで。そしてうっすらと入る幸祜の上ハモ、耳を澄ませないと聴こえないくらいでとてもバランスがいい。めっちゃ好きです。

 そして続いて「そのドアを開けるのだ」から幸祜の「わたしたちはまだ~」(B)につながることで軽くリズミカルなパートからなだらかで色気と憂いのあるパートにつながり、サビへ連続していくわけです。

サビ①

「あぁ、もう! 全部いっそ夢ならいいのに…」 

 素的は的シリーズで唯一サビらしい盛り上がり方をするサビがある曲だと勝手に思っています。現象IIでここから始まったのは、アレンジや理芽の歌声も相まってホント印象的で震えましたね。
 そして音源の歌い方と現象や現象IIなどのライブでの歌い方、大きく違うことに驚いた人は少なくないんじゃないでしょうか、ここ。
 理芽全般に言えることからもしれませんが、ライブ版は素直でノビのある柔らかな歌い方をしていますが、音源は「あぁ、もう!」でちょっと巻き舌になるというか、しゃくれるというか、昔の少し硬い理芽(筆者はClassic理芽と勝手に読んでます)の歌い方に近いような歌い方で歌っています。
 ここが最高に理芽っぽくてうなってしまう。ライブ版の方が耳にはなじみやすいかもしれませんが、この歌い方がアクセントになって、サビがたまらなくクセになるんです。
 ていうかここでも幸祜の高音のコーラス、ハモリがきれいでおしゃれで素敵な空気を足してくれてとてもいいわけです。この二人の組み合わせ、素敵すぎる。サビの掛け合いも本当に透明感のあるストレートな幸祜と柔らかな人間味のある理芽の歌声が対比的に合わさってオリジナリティあるメロディラインになっているような気がします。
 1サビ最後の夜になったら 担ったらのところなんて文字で見なきゃわからない、というかそのままでも意味が通るのに「担ったら」にしているの、あまりに笹川真生過すぎます。同音であえて単語の区切りとか漢字を変えたりするの、良くやりますよね。

A”②

 1サビが終わり、メロウなインストでお洒落な雰囲気…と思いきや二人パートで「こわがり」「いたがり」「つながり、だなんて」とリズムリズムリズム、なAメロ②にうつり、ここが最高にお洒落なんですよね(結局お洒落)。コードやメロディは歌いだしと同じ(です…よね?)なのに全然リズムが違うし、デュエットパートにしているし、めちゃくちゃ変化させてきています。(最初気づかずにCメロって書くところだった…)
 次のB'につなぐ「言葉がなんだか分からない どうしたら良い?」のところも思いっきり変化させて素的。僕こういう一番と二番を大きく変化(しかもまるっきり変えるんじゃなくてあくまで変化の範囲内で)させる曲が大好きなんです。

 B’②(落ちサビ)

 そしてなんと圧巻のB'の「永遠に少女ではいられないと気が付いて」「さみしい」いやもしかしてここって落ちサビって言っていい???
 ここがホント一番の聴かせどころ、歌詞もすごく切ないというかメランコリックで、メロディもそうで、理芽ちゃんの歌い方も儚く切なくていいんですよね、月並みな言葉ですが。
 なんかここは変な意味じゃないんですけど、男性が語ってはいけないような、そんな危うい感じがする歌詞・メロディ・歌い方なんですよね。作詞作曲、ボーカルが本当にはまっている、そんな部分です。(正直空耳する言葉で歌わせたかったんじゃないかな、ここは。そんな勘繰りをしたくなるくらいすごいです、ここ
 理芽って少女性のあるあどけない声と大人っぽい色気とカッコよさのある声の両方の声の特質を持ち合わせているんですよね。特にClassic理芽時代に多く論じられていたことではありますが、最近の理芽もご多分に漏れずこの少女性と大人っぽさの両方を兼ね備えていて、それが危うく遷ろうのが大きな魅力なんじゃないかと思いますし、そんな歌声がここにピッタリと合っていて本当に魅力的です。

 ちょっと余談ですが、ライブ版だとさみしい↑で幸祜のハモリパートの上がる最後の音が目立つので音程があがってラスサビにつながるような印象を受けて、音源版だと理芽パートが目立つので下がってラスサビにつながるような印象で、結構音源版を聴いたとき、印象が違うな、って思って人は多かったんじゃないでしょうか。

 そして理芽のらーらーらー(ここ柔らかくて本当に好き。理芽のラララ…はどの曲も柔らかくてあどけなくて本当に良いですよね)から幸祜との掛け合い(サビ後半と同パート)→ラスサビへとつながります

ラスサビ

 「あぁ、もう!」は説明不要、このラスサビの一番の良さはインストのアレンジです。「全部いっそ夢ならいいのに」で音をごそっと削ってスネア(スネアであってる?)だけにしているの、めちゃくちゃ最高じゃないですか?、そのあとドドンっとバスドラム(合ってる?)を効かせて盛り上げてラスサビを盛り立ててアウトロへつなげていく、たまに見る構成かもしれませんが、非常に効果的。この音を削るアレンジが非常にいい変化を出してます。
 普段の理芽曲はサビの言葉のリズムを変えたり、音程を変えたりが目立ちますが(多くの曲でやるように)、ここで音を引いてラスサビとしてアレンジを加えるの、すごく印象的で最後まで気を抜かせない構成でとても自分にはハマります最高。

おわりに(まとめ)

 なんだかんだ前回より長引いてしまいましたが、構成や楽器のこともちょっとだけ言及してみました。間違いや勘違いがよりバレるようになってるので、ぜひ有識者がいたら教えてください。
 この素的という曲、初披露からリリースまでかなり時間がかかりましたが、現象で聴いて、聴き惚れてしまってリリースまでの長い間肝を嘗めた人は少なくなかったんじゃないでしょうか。自分は的シリーズ最高傑作はこの曲だと思います。いえ、全部傑作なんですが、的シリーズの中では特に万人受けしすい曲(作曲者は誉め言葉として取らなそうですが笑)なんじゃないかと思います。
 幸祜は基本ストレートできれいでカッコイイ歌声なんですが、実はかなりあどけなさの残る少女っぽい歌声も時折漏れ出るんですよね。だからこそこの幼馴染の関係から大人の関係性になっていくちょうど移り変わりを表現したこの曲(まだ言ってる)を歌い上げるのにこの二人はピッタリだと思うし、だからこそ笹川真生はこの二人にこの曲をおろしたのかなぁなんて、そんな風に勝手に想いを馳せちゃいますね。
 こういう風にじっくり文章を書くつもりで聴くと新しい発見があってよりその曲を好きになりますね。時間かかるけど。

 皆さんもこんな長文は読まなくていいですが、これを機会にぜひ聴きなおしてみてください。そうしてくれると嬉しいです。文は読まなくていいので


 


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