見出し画像

noteは「人類の知恵」を確実に底上げしている


↓ふと、思いついたので…
AIさんですが、投稿します。


●暗黙知の形式知化

●クオリアの保存



「暗黙知の形式知化」とは、個人の経験や勘、イメージといった言葉にされていない知識(暗黙知)を、言葉や図解、数式などの論理的な形(形式知)に変換して、他者と共有できるようにすることです。



ふと、手書きのメモを読み返していて改めて思ったことがあります。


「noteって、やっぱりすごい場所だな」と。


ビジネスの世界ではよく、職人の勘のような「暗黙知(言葉にしにくい知恵)」を、誰でも読める「形式知(マニュアル)」にするのが大事だと言われますよね。


でも、noteがやっていることは、もっと本質的で、もっと人間味があることだと思うんです。


これまでの時代なら、誰かの机の引き出しの日記帳や、頭の中だけにしまわれて消えていたはずの


「個人的な小さな気づき」や
「超ニッチなノウハウ」。


これがnoteという場所があるおかげで、世界中の人が検索・閲覧できる「知恵」に変換されています。


そして何より重要なのが、ここで起きているのは単なる「情報の保存」ではないということ。


それは、「クオリアの保存」と言えるかもしれません。



教科書的な正解やデータだけではなく、
その瞬間に書き手が感じていた「質感」。

文章の向こう側にある「熱量」。


その人だけが味わった人生の「手触り」。


そういった、本来なら言葉にしきれずに蒸発してしまうはずだった主観的な体験(クオリア)までもが、パッケージされてアーカイブされている。



人間が実際にどう悩み、どう生き、どう考えたかという

「膨大な実例の図書館」



間違いなくnoteは、そうやって一人ひとりのクオリアを積み重ねることで、

人類全体の知恵の総量を底上げしているのだと思います


そう考えると、私たちが日々綴る記事の一つひとつが、この巨大な図書館の大切な一冊なんだなと感じます。



私も、そう思ってた!と…
共感してくれる人がいたら嬉しいです🤭



↓これで分かりやすい?
「暗黙知」という言葉。
少しづつ浸透してきてます。


暗黙知(あんもくち)とは、経験や勘、直感などに基づく、「言葉や数式で説明するのが難しい知識」のことです。ハンガリー出身の哲学者マイケル・ポランニーが提唱しました。

対義語は形式知(けいしきち)で、こちらは文章や図、数式などで客観的に表現できる知識を指します。


AI(人工知能)にとって、暗黙知は「かつては不可能とされたが、今は一部攻略しつつある、しかし完全な再現はまだ難しい」という非常に興味深い領域です。

結論から言うと、「パターン化できる暗黙知」はAIが得意とするようになりましたが、「身体性や文脈に依存する暗黙知」はまだ苦手です。


↓気づきさんの家を、覗きにきてね


いいなと思ったら応援しよう!

この世界で死ぬまでに“私が”気づきたいこと 1000 よろしければ応援📣お願いします。いただいたチップはよりたくさんの方に『気づき』をお届けできるように書籍代や活動費に当てさせて頂きます。子供達が生きる未来が少しでも『希望のある世界』になるように、微力ながら活動を継続していきたいと思います。

この記事が参加している募集