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#33 人生は実験である(第二十九話)

第二十九話 幼年部のお正月

お正月のことは、やはり特別な思い出として残っている。

子どもたちは着物を身にまとい、
羽子板で遊び、福笑いに笑い声をあげ、かるた取りに夢中になった。
竹馬やこま回しにも挑戦し、お正月ならではの遊びを一通り楽しんでいた。

中には、けん玉の達人のようなお兄さんたちもいて、その技に見入るうちに、こちらも少しずつ技が磨かれていったように思う。

書き初めにも取り組み、
普段とは少し違う、静かな時間もそこにはあった。

そして、五歳とはいえ、
一人ひとりが皆の前に立ち、その年の抱負を発表する時間もあった。
少し緊張しながらも、自分の言葉で伝えようとする姿は、幼いながらにどこか凛としていて、今も印象に残っている。

また、お正月の時期だけではないかもしれないが、茶道や生け花といった、日本の文化にも一通り触れさせてもらっていたように思う。

幼年部だけでなく、小学部や中等部、高等部、大学部の人たちまでが集まり、皆で「お餅の歌」を口ずさみながら、順番に杵を振り下ろしていく。
とりわけ大学部のお兄さんたちの力強い姿が印象的だった。

つきあがった餅を皆で丸め、
きな粉やあんこ、ごまをまぶして食べたそのお餅は、つきたてならではのやわらかさとあたたかさがあり、
とても美味しかったのをよく覚えている。

そして、そのお米もまた、自分たちの手で育てられたものだった。
一粒一粒に、ここでの暮らしがそのまま詰まっているようで、だからこそ、その味はひときわ深く感じられたのだと思う。

食の面でも、季節の節目を大切にしていた。
大晦日には年越し蕎麦をいただき、
お正月にはお節料理、お正月後は、鏡餅、そして七草粥も口にした。

今思い返してみると、
こうして皆で着物を着て、昔ながらの文化や季節の営みを丁寧に味わっていた時間は、とても豊かで、かけがえのないものだった。

私が、初めて、娘が暮らしてる幼年部のある場所で、お正月を体験したのも、この時期だった。

そこで用意されていたお正月のしつらえは、どれも心を打つものばかりで、母である私一人では、とても用意できないほどの濃い内容だった。

私は保護者という立場を離れ、
一人の人間として、その時間を存分に味わわせてもらった。
本当に、豊かなひとときだった。

そして、子ども時代をなぞるかのように、羽子板にも自然と手が伸びていた。
子どもを送り出しているつもりで、私自身もまた、その時間に育てられていたのかもしれない。

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