円暴落時代の究極の資産防衛(3)円預金が逃げ出す日――高齢者マネーが動いた時、日本国債と円に何が起きるのか
円預金が逃げ出す日
高齢者マネーが動いた時、日本国債と円に何が起きるのか
日本の財政危機を考える時、多くの人はまず国債市場を見る。
長期金利が何%になった。
日銀がどれだけ国債を買った。
財務省がどれだけ国債を発行した。
海外投資家が日本国債を売っている。
もちろん、それらは重要である。
しかし、私は本当の出発点は国債市場ではないと思っている。
本当に見るべきなのは、日本人の円預金である。
日本国債を支えてきた最大の土台は、実は国債そのものではない。
日本人、とくに高齢者が、長年にわたって円預金を持ち続けてきたことである。
銀行、ゆうちょ、保険会社、年金基金は、その円預金や保険料を原資に国債を買ってきた。
日銀も大量の国債を買ってきた。
その結果、日本政府は巨額の借金を抱えながらも、長い間、非常に低い金利で資金調達を続けることができた。
この仕組みは、しばしば「日本国債は国内で消化されているから大丈夫」と説明されてきた。
しかし、この説明には大きな前提がある。
それは、日本人が円を持ち続けるという前提である。
もっと正確に言えば、
日本人が円預金を安全資産だと信じ続ける
という前提である。
もしこの前提が崩れたらどうなるのか。
本稿では、それを考えてみたい。
日本国債を支えてきた本当の土台
日本の家計には、長年にわたり巨額の現金・預金が積み上がってきた。
その規模は1,100兆円を超える。
そして、その多くは高齢者層に偏っている。
高齢者は、株式や投資信託よりも預金を好む傾向が強い。
戦後の記憶、バブル崩壊の記憶、金融機関への信頼、そして何より「預金は減らない」という感覚があるからだ。
この高齢者の円預金が、日本の金融機関を通じて国債市場を支えてきた。
高齢者が銀行に預金する。
銀行はその資金で国債を買う。
保険会社は保険料で国債を買う。
年金基金も安全資産として国債を持つ。
日銀も金融政策として国債を買う。
この循環が、日本の財政を支えてきた。
つまり、日本国債の安定は、単に「国内で保有されている」から成り立っていたのではない。
その背後には、
高齢者を中心とする家計が、円預金を持ち続ける
という巨大な行動パターンがあった。
ここが崩れると、国債市場の前提も変わる。
円預金はなぜ安全資産だったのか
では、なぜ日本人はこれほどまでに円預金を持ち続けたのか。
理由は単純である。
過去30年の日本では、円預金がそれほど悪い資産ではなかったからだ。
よく「日本はずっとゼロ金利だった」と言われる。
たしかに名目金利は低かった。普通預金も定期預金も、ほとんど利息はつかなかった。
しかし、重要なのは名目金利ではない。
実質金利である。
実質金利とは、名目金利からインフレ率を差し引いたものである。
たとえば、預金金利が0.1%でも、物価が上がっていなければ、実質的にはそれほど損をしていない。
物価が下がるデフレ期であれば、現金や預金を持っているだけで、実質的な購買力はむしろ上がる。
これが、平成の日本だった。
名目金利は低い。
しかし物価も上がらない。
だから預金者は、ほとんど利息がつかなくても大きな不満を持たなかった。
むしろ、株で損をするより、預金の方が安心だと考えた。
円預金は、元本が減らない。
物価も上がらない。
銀行に置いておけば安心。
年金も円で入ってくる。
生活費も円で払う。
この環境では、円預金は非常に合理的な選択だった。
だからこそ、日本国債も安定して消化された。
家計が円預金を持ち続ける限り、銀行には円資金が集まる。
銀行はその資金を国債で運用できる。
政府は安い金利で借り続けられる。
しかし、この前提はインフレによって崩れる。
インフレが預金者の行動を変える
インフレとは、単に物価が上がることではない。
預金者にとっては、預金の実質価値が減ることである。
通帳の数字は変わらない。
100万円は100万円のままである。
しかし、その100万円で買えるものが減っていく。
食品が高くなる。
電気代が上がる。
ガソリン代が上がる。
医療費や介護費も上がる。
修繕費も上がる。
輸入品も上がる。
この時、預金金利がインフレ率に追いつかなければ、円預金は毎年少しずつ目減りしていく。
たとえば、インフレ率が3%で、預金金利が0.5%なら、実質的には年2.5%ずつ購買力が減っていることになる。
10年続けば、かなり大きな差になる。
ここで、預金者の心理が変わる。
「預金は安全だ」
から、
「預金だけでは危ない」
へ変わる。
これは非常に大きな転換である。
特に高齢者は、最初は動かない。
長年の習慣がある。
投資への不安もある。
銀行への信頼もある。
詐欺への警戒もある。
しかし、物価上昇が長引くと、少しずつ行動が変わる。
子どもや孫に勧められて投資信託を買う。
新NISAで全世界株や米国株を買う。
外貨預金を始める。
金を買う。
保険商品を見直す。
不動産やリフォームに資金を使う。
相続対策として生前贈与を進める。
一人ひとりの動きは小さい。
しかし、日本全体の円預金はあまりにも巨大である。
その一部が動くだけでも、金融システムには大きな影響が出る。
高齢者マネーが外貨・金・投信に動く時
では、高齢者マネーが円預金から動き出すと、何が起きるのか。
まず、銀行の預金基盤が弱くなる。
銀行は預金を集めて、それを貸出や国債で運用している。
円預金が安定して増えている時代には、銀行は長期国債を買いやすかった。
しかし、預金が外貨預金、投資信託、証券口座、金、不動産などに流れ始めると、銀行はこれまでのように余裕を持って国債を買えなくなる。
預金が減る、あるいは伸びなくなる。
預金者を引き止めるために預金金利を上げる必要が出てくる。
銀行の調達コストが上がる。
低利回りの国債を買う妙味が低下する。
しかも、すでに銀行が持っている長期国債には含み損が出ている可能性がある。
金利が上がれば、既発国債の価格は下がる。
銀行は、新しく高い金利の国債を買いたくても、過去に買った低利回り国債の損失を抱えている。
この状態で、さらに長期国債を買い増すのは難しい。
つまり、高齢者マネーの円預金離れは、単に「預金が投信に移る」という話では終わらない。
それは、銀行の国債吸収力を低下させる。
そして、国債市場の需給を悪化させる。
国債市場で何が起きるか
国債市場では、まず長期・超長期ゾーンが不安定になりやすい。
短期国債は日銀の政策金利に近い水準で動く。
しかし、10年、20年、30年、40年といった長期・超長期国債は、投資家の将来見通しや需給に大きく左右される。
これまで超長期国債は、生命保険会社や年金などの長期資金に支えられてきた。
しかし、インフレと金利上昇が続けば、こうした投資家も慎重になる。
長期国債を買うということは、長期間にわたって金利リスクを抱えるということである。
インフレが読めない。
日銀の政策も読めない。
財政赤字も拡大している。
円安も進んでいる。
この状態で、誰が長期国債を安心して買えるのか。
投資家がより高い利回りを要求すれば、長期金利は上がる。
長期金利が上がると、既発国債の価格はさらに下がる。
銀行や保険会社の含み損は増える。
含み損が増えれば、ますます国債を買いにくくなる。
これが自己強化的なループになる。
国債を買う人が減る。
長期金利が上がる。
国債価格が下がる。
金融機関の含み損が増える。
さらに買う人が減る。
また金利が上がる。
このループに入ると、日銀は非常に難しい立場に追い込まれる。
日銀のジレンマ
日銀には二つの役割がある。
一つは、物価と通貨の安定を守ること。
もう一つは、金融システムの安定を守ること。
平時であれば、この二つはそれほど矛盾しない。
しかし、円安とインフレと国債金利上昇が同時に進む局面では、この二つは衝突する。
円安とインフレを止めるには、本来は利上げが必要である。
短期金利を上げ、円を持つ魅力を高め、インフレ期待を抑える。
しかし、利上げをすれば国債価格は下がりやすくなる。
銀行や保険会社の含み損が増える。
政府の利払い費も増える。
日銀自身も、当座預金への付利負担が増える。
つまり、円を守るために利上げをすれば、国債市場と金融機関が傷む。
一方、国債市場を守るために日銀が国債を買い支えれば、どうなるか。
長期金利の上昇は抑えられるかもしれない。
金融機関の含み損拡大も抑えられるかもしれない。
政府の利払い費増加も遅らせられるかもしれない。
しかし、市場はこう見る。
「結局、日銀が財政を支えているのではないか」
「インフレでも利上げできないのではないか」
「円の実質価値を犠牲にして国債を守っているのではないか」
そう見られれば、円は売られる。
つまり、日銀は、
円を守れば国債が傷み、国債を守れば円が傷む
というジレンマに入る。
ここが、日本型危機の核心である。
円安・インフレ・預金離れの自己強化ループ
ここまで来ると、危機は単なる国債市場の問題ではなくなる。
円安が進む。
輸入物価が上がる。
インフレが高止まりする。
預金者は円預金を嫌う。
外貨、金、海外株へ資金が動く。
円がさらに売られる。
銀行の円預金基盤が弱る。
国債吸収力が落ちる。
長期金利が上がる。
日銀は国債市場を気にして十分に利上げできない。
市場はさらに円を売る。
これが、円安・インフレ・預金離れの自己強化ループである。
ここで重要なのは、危機が一気に来るとは限らないということだ。
むしろ、最初は静かに進む。
少し物価が上がる。
少し円安になる。
少し預金から投資信託へ資金が動く。
少し長期金利が上がる。
少し日銀が苦しくなる。
しかし、ある段階を超えると、人々の認識が変わる。
「円預金は安全だ」
から、
「円預金だけでは危ない」
へ。
さらに進むと、
「円を持っていること自体がリスクだ」
へ変わる。
この心理の変化が最も怖い。
なぜなら、通貨の価値は、最終的には人々の信認によって支えられているからだ。
「国内消化だから大丈夫」はいつまで通用するか
ここで改めて、「日本国債は国内で消化されているから大丈夫」という議論を考えてみる。
たしかに、日本国債の多くは国内で保有されてきた。
政府債務は円建てである。
日本は対外純資産国でもある。
したがって、外貨建て債務で苦しむ新興国とは違う。
これは正しい。
しかし、この議論には弱点がある。
国内で消化されているということは、国内の誰かが持っているということである。
では、その国内の誰かは、なぜ持っているのか。
銀行が国債を持つのは、預金があるからである。
保険会社が国債を持つのは、保険契約があるからである。
年金が国債を持つのは、将来給付のためである。
日銀が国債を持つのは、金融政策として買ってきたからである。
その根元には、家計の円資産がある。
つまり、国内消化モデルは、家計の円保有意欲に支えられている。
もし家計が円を持ちたがらなくなれば、国内消化の構造は弱くなる。
もし銀行が国債を持ちたがらなくなれば、日銀の負担が増える。
もし日銀の買い支えが財政ファイナンスと見なされれば、円が売られる。
国内消化だから大丈夫、ではない。
国内の誰が、どの条件なら、これからも国債を持ち続けるのか。
本当の論点はそこにある。
政治が機能しない場合、調整は通貨で起きる
本来なら、ここで政治が動く必要がある。
財政赤字を抑える。
社会保障を見直す。
増税を議論する。
歳出の優先順位を決める。
日銀にすべてを押し付けない。
国民に負担の現実を説明する。
しかし、日本政治がそれをできるかどうかは疑わしい。
高齢者に負担を求めれば選挙で不利になる。
地方への支出を削れば支持基盤が傷む。
医療・介護を削れば大反発が起きる。
消費税を上げれば政権が倒れる。
金融資産課税をすれば富裕層・高齢層・地方資産家が反発する。
その結果、政治は先送りする。
補助金を出す。
給付金を出す。
減税を叫ぶ。
しかし財源は曖昧にする。
国債発行でつなぐ。
日銀に市場安定を期待する。
この場合、調整はどこで起きるのか。
通貨で起きる。
つまり、円の価値が下がる。
インフレで実質的に国民負担が発生する。
預金者が実質的に損をする。
円建て固定収入の人が苦しくなる。
外貨資産を持つ人と持たない人の格差が広がる。
これは明示的な増税ではない。
しかし、実質的には非常に大きな負担である。
個人は何を見ておくべきか
では、個人は何を見ておくべきなのか。
私は、少なくとも次の五つは見ておくべきだと思う。
第一に、実質金利である。
名目金利だけを見ても意味がない。
預金金利や短期金利が上がっても、インフレ率がそれ以上なら、円を持つ実質リターンはマイナスである。
見るべきは、
金利がインフレに勝っているか
である。
第二に、長期国債の入札と超長期金利である。
10年債、20年債、30年債、40年債の利回りがどう動いているか。
入札が不調になっていないか。
生命保険会社や銀行が長期債を買っているか。
ここに、日本国債への信認が出る。
第三に、家計の資金移動である。
円預金がどれだけ増えているか。
投資信託への流入がどれだけ増えているか。
外貨預金や外貨MMFが増えているか。
金や海外株への関心が高まっているか。
家計の通貨選好が変わる時、危機の土台が動く。
第四に、日銀の行動である。
日銀は利上げできるのか。
国債買い入れを減らせるのか。
それとも長期金利上昇時に再び買い支えるのか。
円安と国債市場のどちらを優先するのか。
ここに、日銀のジレンマが現れる。
第五に、政治の言葉である。
政府が「国民生活を守る」と言いながら補助金を拡大していないか。
「公平な負担」と言い始めていないか。
「投機的な円売り」という言葉が増えていないか。
「金融システム安定」の名目で規制強化が進んでいないか。
危機時には、政策は言葉から始まる。
円預金は悪ではない。しかし円預金だけは危うい
ここで誤解してはいけないのは、円預金が悪いということではない。
円預金は必要である。
日本で生活する以上、円は必要だ。
家賃、食費、医療費、税金、教育費、日常支出は円で払う。
生活防衛資金としての円預金は不可欠である。
問題は、資産の大半を円預金だけで持つことである。
インフレが低く、円が安定していた時代なら、それでもよかった。
しかし、インフレが続き、円安が進み、長期金利が上がり、政治が機能しない時代には、円預金だけでは危うい。
必要なのは、円を捨てることではない。
円に依存しすぎないことである。
生活資金は円で持つ。
中長期資産は通貨分散する。
外貨建て資産を持つ。
金や実物資産も考える。
外貨収入を作る。
家族全体の資産配分を見直す。
これが現実的な防衛である。
危機は預金通帳の中で静かに始まる
多くの人は、危機というと劇的な場面を想像する。
国債暴落。
銀行破綻。
預金封鎖。
ハイパーインフレ。
株価暴落。
政治パニック。
もちろん、そうしたことが起きる可能性もゼロではない。
しかし、日本型危機は、もっと静かに始まる可能性が高い。
預金通帳の数字は減っていない。
銀行も営業している。
年金も振り込まれる。
国債も償還される。
政府も「万全の対応を取る」と言う。
日銀も「金融市場の安定に努める」と言う。
だが、その間に、円の購買力が落ちていく。
100万円で買えるものが減る。
海外旅行が遠くなる。
輸入品が高くなる。
子どもの留学費用が跳ね上がる。
医療や介護の自己負担が増える。
家計の余裕がなくなる。
危機は、通帳の数字が消えることではない。
通帳の数字の意味が変わることである。
最後に
日本国債を支えてきたのは、単に政府の信用ではない。
日銀の買い入れだけでもない。
国内金融機関の力だけでもない。
その根底には、日本人の円預金があった。
とくに高齢者を中心とする家計が、円を安全資産だと信じ、円預金を持ち続けてきた。
そのおかげで、銀行も保険会社も国債を買うことができた。
政府は巨額の債務を抱えながらも、低い金利で財政を回すことができた。
しかし、インフレが続けば、この構造は変わる。
円預金は安全資産ではなく、実質的に目減りする資産になる。
預金者は少しずつ動き始める。
外貨、金、海外株、投資信託、不動産へ資金が流れる。
銀行の国債吸収力は弱まる。
長期金利は上がりやすくなる。
日銀は円と国債の間で板挟みになる。
政治が動けなければ、調整は円安とインフレで起きる。
だから、これから本当に見るべきなのは、国債市場だけではない。
円預金が逃げ出すかどうかである。
日本人が円を安全資産だと信じ続ける限り、日本の財政金融システムは粘る。
しかし、その信仰が揺らぎ始めた時、日本国債と円の物語は次の段階に入る。
危機は、国債市場のスクリーンではなく、
高齢者の預金通帳から始まるのかもしれない。
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