ZINEを作って怖くなった気持ちを深掘りしました。
できあがった初ZINEをみて、怖くて怖くて仕方ない気持ちを深堀りする。
私が作ったZINEの試作品が届いた。
ZINEフェスに出た人、ZINEを作って売っている人たち。
自分の思いを形にし、自分がやりたいことを実現させている。
キラキラして、楽しそうな姿に憧れた。
思ったことをあれこれと、noteに書き続けたら、
書くことが楽しくて、好きだということにも気づいた。
考えたこと、思ったこと、経験したことを形に残したいと思った。
その書く延長線上に、ZINE作りがあった。
私が作ったZINEの試作品が届いた。
指示通りできているか、おかしな箇所はないか。
ワクワクして包みを開けた。
自分が書いたものが本になった。
できあがったZINEを読んだ。
頭に浮かんだのは、「世の中に出していいか」という問いだった。
そして、本というものに対する責任。
紙の本として、お金を頂いて、読んでくれる人の手に渡す。
それを私がしていいのか、この本でいいのか、手にしてくれた人をがっかりさせるんじゃないかと次々と不安が襲ってくる。
フェスに出ると言ったけど、やっぱりやめようか。
もっと、推敲した方がいいか。
もっと、書くことに自信がついてからの方が良かったのか。
もっと、もっと、もっと。
じゃあ、どうなればZINEを出していい許可がでるんだろう。
完璧な本は商業出版がやる。
ZINEは、未完成の自分を出す文化。
ZINEは、「いまの私」を出す場所。
ZINEの魅力は、決まりなどなく、自分だけの本が作れるところだ。
怖いという気持ちは、このZINEで「何かが決まってしまう」「私自身がジャッジされる」と思ってしまうから。
不安で怖くて、踏み出すと決めたのに、後ろに下がろうとしていた。
ZINEは決定ではなく、通過点にすぎない。
これが全てじゃないし、生活の一部。
自由に書くことを楽しんでいたのに、本の形になった途端に評価されることを意識した。
同時に、こんなことも思う。
noteも含めてSNSには、やはり思ったことを書き連ねる手軽さがある。
そして、noteの世界は優しい。
私の「紙の本」に対する気持ちが強すぎる。
こんな気持ちの揺れを感じながら、なんども初ZINEを読みなおす。
ひと晩経ってから読むと、昨日と違って、焦りや怖さが少しだけ和らいだ。
今まで、頭に浮かんだことをポンポンと書いてきた部分があった。
これからは、書くということ、言葉を紡ぐことを丁寧に大切にしたいと思っている。

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