エンタメを盾にしていいのか?
はじめに
今回初めて記事を書きます。
ここでは最近行われているMリーグ界隈について、物凄く疑問に感じている表題の件についてどうしても意見表明をしたくなったので、今回はそれについて記載します。
Mリーグの基本理念とは?
Mリーグでは『Mリーグの使命』というページがあります。
その中でこのような文言があります。
Mリーグは、トッププロがしのぎを削り覇を競う、史上初のチーム対抗戦のナショナルリーグを通じて、この麻雀の楽しさを、素晴らしさを世の中に伝えてまいります。
という高邁な信条を述べて従来の麻雀界に無い新しい競技麻雀としての良さを拡げようという趣旨の元、Mリーグは立ち上がっています。
個人的に引っかかったこと。
明らかに見間違わないような牌を見間違ったり、条件戦の振る舞い方に明らかなおかしさがあった件
Mトーナメントのとあるブロックの2試合で、プロとしてはかなり致命的なミス(牌の切り間違え。本人は牌の見間違えとインタビューで語っていたが2mと3mならともかくそこの間違いは聞いたことがないし、それこそある程度の基礎があれば間違う余地がない)をしたり、オーラスほぼ目無しになってしまった状態での立ち回りに関して、かなり違和感のあることをしてしまった。
この件に個人的に感じる事。
この件でよく聞いたのは『Mリーグはエンタメ(興行)だから』という言葉なのですが、エンタメってそんな都合の良い言葉なのでしょうか?
Mリーグの基本理念では上記にある通り、『トッププロが競い合う場』であるはずで、そういう場では引っ掛かった件で言えば、こんなことはそもそも起こってはいけないのです。
例えば、昨シーズンでは多井選手がチョンボをしましたが、それに関する評価は『多井選手でもやってしまうのか…』でした。これは多井選手の技術的担保がしっかりあって、その上でやってしまったのなら、『何かと何かを見間違ってしまったのかな?』という推定が働きます(実際、そのようなことを話されていたと思いますし、確か次の出場の際に眼鏡をかけていたと記憶しています)。
Mリーグでもちろん努力して技術を吸収して上手くなる人もたくさんいます。しかし、Mリーグに参加するには最低ラインというのは無くてはならないし、そのラインを越えてからの伸びしろを口にするなら理解が出来ますが、やってしまった選手は、そのラインを越える越えない以前の話なのではないでしょうか?
トッププロとは技術的にトップであって、各種SNSの数字やスポンサーを持ってこれるトッププロであって欲しくないです。エンタメとはその技術的信頼性の上に成立するものではないか?というのが個人的な考えです。
※ただし今回やってしまった方も、その後に技術をメキメキつけて上手くなるのなら、個人的には大歓迎だしそれは本人だけでなくMリーグにとっても物凄い財産になると考えます。ただしその技術を習得するための努力と成果を見せなければ、来季の当該選手はかなり厳しい目で見られることになるであろうとも思います。それを乗り越えられるかという点は注目すべきかもしれません。
最後に~エンタメとは最低限の上に成立するもの~
今回、個人的に最近のMリーグ関係でモヤっとした件について意見を述べました。
総合して言えることは、
『エンターテイメントはあくまで最低限のクリアすべきラインがあり、それを越えたところから魅せるものである』
そして
『エンターテイメントは決して何かの不足を擁護するものではないし、言い訳の盾にして良いものではない』
という点を強く感じています。
何十年やってるプロ競技団体のリーグでも毎年毎年試行錯誤して、時代のニーズをも入れ込みながら前に進んで行っています。Mリーグもこの先何十年も続けるコンテンツでありたいのならば、『エンターテイメントとは果たして何か?』というのを自問しながら進んでほしいと願わずにはいられません。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
