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しがみついた先に何があったか──新卒から20年以上、辞めなかった会社員の話

こんにちは、HASエンジニアです。
GWも今日で終わりますが、いかがお過ごしでしたでしょうか。

明日から出社という方も多いと思いますが、こんなニュースが目に止まりました。

職場環境のミスマッチや将来への不安から、
「辞めたい」と思い悩む人が少なくないようです。

ここ最近は退職代行業者によるサービスも活発で、会社を辞めることに対するハードルは下がったのかもしれませんが、
辞めるという選択は、ものすごいエネルギーが必要です。
人生を左右する大きな決断だからこそ、踏み出せない。

今回は、そんな決断をできず、
新卒で入った会社に20年以上しがみついてきた話を、正直に書こうと思います。

もし今、

  • 仕事が辛くて辞めたい

  • 頑張っても報われない

  • これからのキャリアに迷っている

──そんな気持ちを抱えている方がいれば、少しでも参考になればと思って書きました。

私のプロフィールはこちらになります。ご一読頂ければ幸いです。



1. 入社早々、上司に詰められ続けた日々

私が今の会社に入社したのは、就職氷河期のまっただ中。
選り好みなんてできない中、なんとか手に入れた内定でした。

配属先は次世代の技術を扱う部署で、右も左もわからない状態。
成果が出ない日々のなか、スケジュールが遅れるたびに上司からの叱責。
周囲も上司に右ならえで、気がつけば四面楚歌。

相談できる人もおらず、精神的に追い詰められていきました。

実績もスキルもない自分に、どこが声をかけてくれるのか。
転職する自信がないまま、気づけば6年が経っていました。


2. 成果が出る部署へ異動。少しだけ報われる

「このままではダメだ」と思い始めた頃、開発部署への異動打診がありました。どこへ行っても通用しないと思っていた自分でしたが、思い切って異動を決断。

以下の書籍を心の支えにして”自分で自分を変えていかなければ”という思いで決断しました。

異動先はかなりの激務部署。深夜帰宅に早朝出社。
けれど、同じ悩みを共有できる仲間がいて、成果がきちんと評価される環境でした。

「頑張れば、認めてもらえる」
その安心感が、どれだけ自分を救ってくれたか分かりません。

この時期に今の妻と出会い、結婚。
家庭という心の支えを得て、なんとか踏ん張ることができました。


3. 昇格せず、限界を感じ始める

この部署に7年ほど在籍、4製品ほどを担当し、自分なりに成果も出したつもりでした。

けれど、評価されず、周囲の同僚が次々と昇格していく中で、
自分だけが取り残されていく感覚がありました。

「ここにいても意味がないかもしれない」

そう思い、TOEIC(このときに670点を取得)や応用情報技術者試験の資格を取得。
最悪辞める覚悟も持ちながら、異動を強く希望しました。


4. 人生の転機、ビジネス留学へ

異動希望を出した直後、予想もしなかった辞令が。
ビジネス留学。海外へ行き、マネジメント・リーダシップを海外の仲間と一緒に学びます。
期間は4か月。
このときに取得したTOEICが参加条件にマッチしたようでした。

当時30代半ば。TOEICの点数は少し上がっても英会話はほぼ未経験。
でも、必死に食らいついて勉強し、留学先で素晴らしい仲間にも恵まれました。

彼らのサポートと信頼を得ながら、なんとかプログラムを修了。
これが、自分にとって人生の転機のひとつとなりました。


5. プロジェクト開発支援再び

帰国後、期待していた異動ではなく、またもプロジェクトの支援へ。
半年以上このようなことを繰り返され、
「話が違う」と上司に詰め寄ることもありました。

1ヶ月後、ようやく異動が決まりました。
新製品企画や販促を担う、マーケティング部署への配属です。


6. 自分の企画を立ち上げるが、また評価されない

新製品企画では、社内調整の壁が立ちはだかりました。

「今は既存製品が優先」
「新製品って本当に売れるの?」
そんな声ばかり。

それでも頭を下げて各部署をまわり、反対意見にも向き合いながら、
何とか社長承認を取りつけ、開発GOとなりました。

その年度末、来期の目標発表として、新製品をどう販促するかを来期の施策として発表会を行いました。

──そうしたら2時間後、開発部署への異動が言い渡され、自分の企画した製品を開発することになりました。来期の目標は何だったのか…

これまでの成果について面談もしましたが、期待された評価にならず。
これだけ周囲の反発と向き合い新製品の企画を成し遂げたのに、納得がいきませんでした。


7. 自分の企画した製品を、自分の手で形に

けれど、自分の企画した製品は、自分の手で世に出したい。
その思いが勝ち、この開発期間中は現職に残る決断をしました。

5人のチームのリーダとして開発を進め、なんとか量産までこぎつけました。このときの上司は、自分の努力を正当に評価してくれました。

そして、ようやく昇格の辞令が届いたのです。


8. 単身赴任でドイツへ、そして現在の自分

その後、ドイツ赴任の打診があり、家族を日本に残して単身渡航。
開発文化も言語も違う、まったく未知の環境。

苦労もありましたが、ドイツ人同僚たちと交流を深め、
週末はサイクリングやBBQ、旅行など、現地ならではの体験を楽しみました。
ドイツの同僚たちは赴任した私を気遣って頂き、いろいろイベントを用意、招待してくれました。彼らには今でもいい関係を続けていますし、本当に感謝しています。

帰任した今、私は**2つの大規模プロジェクトのPM(プロジェクトマネージャー)**として働いています。


9. 最後に──「しがみついた20年」を振り返って

この20年以上、決して順風満帆ではありませんでした。
精神的に不安定な時期も、昇格を逃し続けた日々もありました。
何度も「辞めたい」と思ったし、実際に退職も検討しました。

でも、あの時しがみついていたからこそ、得られた経験もあります。

  • ビジネス英語留学

  • エンジニアとして技術力向上

  • 海外赴任(ドイツ)

  • プロジェクトマネージャーとしての現在


信頼している先輩に、こんな言葉をもらったことがあります。

「本当に良い転職は、“自分が今の仕事をやり切った”と心から思えたときに考えるべきだ」

自分の場合に限るかもしれませんが、その“やり切った”と思えるまでに、20年以上もの時間がかかってしまいました。

正直なところ、もっと早く転職していれば、さらに良い未来が見えたかもしれませんし、その逆もあるかもしれません。

ただ一つ言えるのは──
自分は、悩みながらもこの会社に残る決断をし、いろいろな経験をして、今の自分があるということです。
過去の選択は変えられませんが、これからの人生は自分で変えていける。
だから今も、これからの生き方を模索し続けています。

「辞める」も「踏みとどまる」も簡単な選択ではありません。
どちらにせよ、“自分なりにやりきった”と思える道を選べることが、一番後悔の少ない選択なんじゃないかと、今の私は思います。


追記:

ここまでお読み頂き誠にありがとうございました。
正直、すべてを語りきれたわけではありません。

もう少し深掘りした内容は、別記事にすることも検討中です。この記事の反応を見て決めたいと思います。その際は、やや踏み込んだ内容になるため、有料記事にするかもしれません。

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