【テンタッキーとマルタン星人】
分刻みで朝の支度をするなか、4歳の息子はのんびりと朝食を食べている。その瞬間を丸ごと味わっている様にも見えるし、ただポヤーっとしている様にも見える。息子が座るダイニングテーブルの一角だけ、時の流れが違うかのようだ。
ようやく「全部食べた〜!」と、ドヤ顔の笑顔で食器を重ねてキッチンへと運ぶ。
自分で食器を運ぶのはエライ。
だが、「全部食べた」とはウソである。
サラダであったお豆とコーンと噛み跡のあるにんじんさんが、半分以上お皿に散りばめられている。
そこからなんとか歯磨きを済ませると、今度はこども園の制服への着替えを渋り、音に反応するオモチャの様にクネクネと体をよじらせてしている。なんの意味もない動きのはずだが、本人はニコニコしていて、とても楽しそうだ。
きっと人生も、彼の様に一見なんの意味もないようなことを楽しめるくらいが、丁度いいのかもしれない。
「いってきます」と声をかけると、
「今日はパパが着替えさせてぇ」と甘えてきた。
数分ならばいいかと思い、膝をつく。私の肩に小さな手がちょこんと乗ると、私の身体は息子の為の支えと化した。君の為ならば、人間ツエでも人間イスでもなんでもやろう。
そのままガーゼのような柔らかいパジャマのズボンを脱がせる。すると、コトンと私の膝にお座りをして視線が合うと、
「パパと一緒に会社に行きたい」と言った。
私「この仕事どうしたらいいですかって聞かれたらどうする?」
息子「んーそしたらねぇ、サッカーボールを持って来てー」
私「サッカーボール?」
息子「それでお祭りに行って〜」
私「お祭り?」
仕事はどこに行ったのであろうか。
別な日もまた会社に行きたいと言うので、
「会社に行ったらどんなお仕事したい?」と尋ねると、
「ガチャガチャする!」と力強く答えた。
仕事とは。
会社をなんだと思っているのであろうか。
会社に行ってサッカーボールを蹴飛ばして、祭りに行ってガチャガチャを回す。
なんと楽しそうなお仕事だろうか。
親バカな目でうっすら見てやると、縁日か何かの市場調査のお仕事だろうか。それならば、私も息子と一緒にお客に紛れてお仕事をしたい。もちろん、市場調査である。どんな客層が来ているのか、どんな飲み物が人気なのか、どんなオツマミが人気なのか、どんな味なのか、是非とも会社の経費で調査させていただきたい。1箇所では地域に偏りが出てしまうから、5箇所くらいは行かねばなるまい。
午後半休で、こども園に息子を迎えに行った日の帰り道。
チャイルドシートに乗る息子が、
「あ〜! テンタッキーだ〜!」と言った。
カーネルおじさんがいつでもにこやかにお迎えしてくれる、あのフライドチキンの店を通り過ぎる時だった。
滅多に行かないけれど、腹ペコ妻がお迎えの帰りに一緒に寄り道し、おやつを買ってくれたと教えてくれた。案外行った事がある店などを覚えているものだ。まだ秘密が守れないので、こっそりカフェやドーナツ屋さんなどに引き連れて行こうものならば、すぐさま家族に通報されて、なにかと高くついてしまう。
言い間違いは正しく言い直した方が良いという話も聞くが、致命的な言い間違いでなければ、直さないことも多い。妻はすぐに直してしまうが、私は敢えて直さないで話を合わせる。
なぜかって?
ただただ可愛いからである。
それは息子がまだ幼い証のようで、直してしまうのが名残惜しいのだ。
放っておいても、自ら学び、いつの間にか成長している。
ここ最近は特におしゃべりになった。
夕食後に仮面ライダーの人形や小さなぬいぐるみで遊ぶ時も、みんなでヒソヒソとおしゃべりをしながら戦ったり何かしている。聞き耳を立ててみると、水族館のガチャガチャでゲットした、お星様みたいに黄色く可愛いヒトデのぬいぐるみを、ライダー達が「ジュージュージュー」と焼いて料理し、「アムアムアム、あー、おいしい」と食べていた。ヒトデは案外美味しいようだ。
こども園で仲良しのコウくんはウルトラマンが好きらしく、園で一緒に絵本も見ていて、「ウルトマランの人形を買って」と言う。
「マルタン星人もいるんだよ」と教えてくれて、「ホォ ホォ ホォ ホォ ホォー」と、膝をちょこんと曲げてチョキチョキポーズをキメてくれた。
「マルタン星人強そうだよね〜」と私が言うと「え? 強くないよぅ」と不思議そう。どうやらウルトラマンにやられてしまうから強くはないけれど、気になるやつのようだった。母星が科学者の実験によって滅び、宇宙難民として地球へ流れ着いたバルタン星人に目をつけるとは、なかなか目の付け所がよいぞ密かに思う。
去年までは、3歳年上のお姉ちゃんの影響で、プリキュアも好きだったし、好きな色は今でもピンクと紫だ。だけど今年の七夕の短冊には、「ヒーローになりたいって書いて」とせがんできた。仮面ライダーやウルトラマン、最近は宇宙刑事ギャバンも好きだ。ヒーローになりたいだなんて、男の子らしく成長したものだ。ヒーローごっこをする時のキックやパンチも地味に痛くなって来た。強くあって欲しいと願うが、私の体はもつのだろうか。
成長も感じるが、幼児の一面もまだ色濃く、夜はまだ私か妻が寝かしつけをしている。私が寝かしつけの支度をして、子供達に「ママにおやすみして〜」と言うと息子は、
「今日は4人で寝よう」とママに言いながら、両手の指を合わせてハートを作っている。スペシウム光線も真っ青のハート攻撃にママも撃沈し、寝かしつけに加わることになった。
薄暗くなった寝室で、息子がママに向かってつぶやく。
「アイラブユー、大好き」
たまらず息子の隣に移動し添い寝をして、
「パパは?」と聞く。
「パパは、ちょっとだけアイラブユー」
ぐぬぬ。
「ママは?」
「アイラブユー、大好きギュー」とママにしがみつく。
「え?パパはなんでちょっとなの?なにがだめなの?」
「かお」
「ママは顔が好き」ニコニコ。
この面食い男児め。
しかしそれなら仕方がない、もう立派な男子である。
アイラブユーの栄光は、素直に妻に譲ることにした。
私が息子に教えたことで、ひとつ、いいことを教えたなと思う事がある。
ある日息子が私の背中によじ登り、頭の臭いをスンスンと嗅いで、
「く〜っしゃ!」と言った。
臭くないよと言いたかったが、確かに何かしらの動物っぽい臭いはするよなと自覚がある。臭くないと言えば嘘になる。そこで、そういう時は、
「グッド スメルと言うんだよ」と教えを説いた。
「グッド スメル」
それから、息子は妙な臭いのときには「グッド スメル」を使うようになった。言われた方の脳内では「良いにおい」に変換されて、誰も傷付くことはないだろう。きっと私は、世界を一歩平和にしたのだ。
もし妙な臭いがするなと思った時に、隣から「グッド スメル」と聞こえたら、それは私の愛する息子の声かもしれない。
