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暗闇で一歩踏み出すということ。

トライアスロンの練習で目をつぶって泳ぐということをしました。プールのコースロープを外し4人づつ横1列になり一斉に泳ぎます。はじめは見えないことが怖いし、まっすぐ泳げません。

何回もやっていると、開き直ってきちゃいました。

見えないから、しょうがないやと思ったら視覚でないものが動きだしました。自分の身体。頭の位置、手で水を捉える感覚。水の音。

不思議な心地よさ、おもしろさ。

もっと知りたい、見えないこと。
視覚以外のもの、使ってみたい。


完璧な、絶対なる暗闇を体験してきました。

わたしが参加したのは、「対話の森」というプログラムで、完璧な暗闇の世界をはじめて出会った8名の方と、視覚障害であるアテンドスタッフの誘導でアドベンチャーをしていきます。

暗闇の中では、無力だし性別も年齢も職業も外見も関係ありません。

白杖で床や人の気配を感じたり、匂い、音、手で触ったり。声を頼りにしたり。

はじめは見えないことが、怖いし不安でもありました。

だけどひとりではないのです。暗闇にひとりではない、誰かがいる。お互い名前を確認しあって、方向を定めることができるのです。

どこ? ここにいるよ? こっち。

人の声がなんて心地よく頼りになるのだろう。

ダイアログ、対話とはなんだろう。

暗闇の中の対話とは、なんだろう。

何も見えない中で、一歩踏み出すことではないでしょうか。

自分の一歩先になにがあるかわからない。はじめは怖いから、ほんのちょっとしか進めません。だけど次第に見えないこと、視覚以外のものが敏感になっていくのが面白くって。心地よくって。

おかれた状況を受け入れると、一歩踏み出すことができるのかもしれません。

目をつぶって泳ぐように。

大胆な大きな一歩になっていったのは、信じられたから。自分の視覚以外のものを信じ、人を信じたから。

一歩踏み出すことは信じることかもしれません。

わたしたちは、視覚以外にたくさんのものを持っているのに気がつきました。

メタファーとしての暗闇にいたことがある方って多いのではないでしょうか。

わたしのそれは喪失と恐怖でした。

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」には恐怖もあり、視覚の喪失でもあります。

恐怖と喪失を受け入れて、生きようと、前に進もうとできる心地よいエネルギーがそこにありました。

一緒に暗闇を進んでいったみなさん、ありがとうございました。