見出し画像

〜交通の正解は、地域の中から生まれる、かもしれない話〜Friday NightのMaimai交通コラム🥃 #3

金曜夜に、お酒片手にのんびり読める交通コラムを書いています。
(私ごとですが、これを書いている今39度の熱があり絶対に今やるべきことではないような気がしていますが、自分の目で見た宮崎について記憶が新しいうちに文字に起こしておきたくて書きました!宮崎大好きになった!愛!)

交通、モビリティ、まちづくり、街の使い方、働き方、そして人の自由について。
少し専門的なテーマも、できるだけ生活に近い言葉で。

「移動って、実は面白いかも」と思ってもらえたら嬉しいです。

今回は、先日訪れた宮崎で考えたことを書いてみたい。

宮崎県の高鍋町と宮崎市を訪れ、自治体、交通事業者、高校、地域企業など、さまざまな立場の方から地域の移動について話を聞いた。

地域交通の課題としてよく挙げられるのは、人口減少、利用者の減少、運転手不足、限られた行政予算といった話だ。

もちろん、どれも間違ってはいない。

ただ、現地で話を聞くと、「担い手不足」や「採算性」という言葉だけでは見えない、生活の輪郭がある。

交通が止まると、学校に来られない生徒がいる。
病院や買い物に行くための交通を、限られた車両、人員、予算で何とか維持している自治体がある。
移動を守りたい人はたくさんいるのに、すべての要望には応えられない。

交通の課題は、統計資料の中にだけあるのではない。

朝、家を出られるか。
学校に間に合うか。
病院の予約時間に着けるか。
買い物をして帰れるか。
誰かに会いに行けるか。

そういう、ごく普通の日常の中にある。


鉄道が止まると、学校に来られない

高鍋町は、宮崎県のほぼ中央に位置する人口約1万8,000人の町だ。

大都市のように、鉄道、地下鉄、路線バス、タクシー、シェアサイクルと、複数の移動手段をその場で選べる環境ではない。町の中心を離れれば、田畑や住宅地が広がり、日々の移動は自家用車に大きく支えられている。

車を運転できる大人にとっては、それほど不便を感じない場面もあるかもしれない。
しかし、高校生や高齢者、車を持たない人にとって、鉄道やバスは数少ない「自分で移動できる手段」になる。

高鍋町にある高校を訪れた日は、悪天候の影響で鉄道が止まり、多くの生徒が学校に来られない状況になっていた。

都市部で電車が止まれば、別の路線やバス、タクシーを探すことができる。もちろん大混乱にはなるけれど、代わりの選択肢が見つかることも多い。

しかし地域によっては、その「代わり」が存在しない。

鉄道が止まったら、学校に行けない。
家族が送れなければ、そこで移動は終わる。

交通の選択肢が少ないということは、一つの手段が止まったとき、生活そのものが止まりやすいということでもある。

高校生にとって、交通は単なる通学手段ではない。

学校に行く。
部活動に参加する。
友人と過ごす。
地域の外にある進学や仕事の選択肢に触れる。

その入口に、移動がある。

以前、「移動できることは、街の自由度を決めている」と書いた。

若者にとっては、それが「選べる未来の広さ」にもつながっている。


住民の要望は正しい。でも、全部には応えられない

高鍋町では、住民の移動を支えるためにデマンドタクシーが運行されている。

地域内に多くの停留所を置き、手頃な料金で利用できるようにしながら、自治体と交通事業者が地域の足を守っている。

住民からは、ルートを増やしてほしい、運行時間を延ばしてほしい、ライドシェアのような選択肢も取り入れてほしい、といった声が上がるという。

利用者の立場からすれば、どれも自然な要望だ。

夕方以降も使いたい。
もっと近くまで来てほしい。
行きたい施設まで直接行きたい。

でも自治体側には、そのすべてに応えられるだけの資金や人員がない。

車両にも運転手にも限りがある。
便利にするほど運営費は増え、現場の負担も大きくなる。

地域交通の難しさは、住民の要望が間違っているわけでも、自治体や事業者が努力していないわけでもないことだ。

住民は必要な移動を求める。
自治体は限られた予算の中で公平性と持続性を考える。
交通事業者は安全を守りながら、運行を続けなければならない。

みんながそれぞれ正しい。

だから、「バスを増やせばいい」「デマンド交通を導入すればいい」「アプリを入れればいい」と、外から一つの正解を持ち込むだけでは解決しない。


必要なのは、地域が解決を続けられるエコシステム

今回、自治体、交通事業者、高校、地域企業、地域の共創拠点など、さまざまな立場の人と話をした。

そこで改めて感じたのは、交通の課題は、交通事業者と行政だけでは解けないということだ。

学校は、生徒がどんな移動に困っているかを知っている。
病院や福祉施設は、通院や外出が難しい人の実態を知っている。
企業や商業施設は、移動が雇用や消費にどう影響するかを知っている。
交通事業者は、車両、運転手、運行、安全を支える現場を知っている。

それぞれの人が、課題の一部分を持っている。

多様な人の視点を集めることは、もちろん大切だ。

ただ、単発の意見交換会を開き、アイデアを出して終わるだけでは、地域は変わらない。

必要なのは、地域の人たちが自ら課題を見つけ、解決策を考え、小さく試し、結果を振り返り、次の実装につなげられる仕組みだと思う。

行政、交通事業者、学校、企業、住民が日常的につながっていること。
課題やデータを共有できること。
新しいアイデアを試せる場所があること。
失敗したとしても、学びを次の取り組みに残せること。
必要に応じて、外部の技術や知見を取り込めること。

つまり必要なのは、個別のサービスではなく、地域が交通課題を解決し続けられるエコシステムだ。

新しいシステムを一つ導入して終わりではない。
有名な企業を一社連れてきて終わりでもない。
イベントで盛り上がり、集合写真を撮って終わりでもない。

地域の中に、課題と向き合い続ける力を残すこと。

私は、そこをつくりたいと思っている。


外から関わる人の役割

地域の課題を一番よく知っているのは、そこで暮らし、働いている人たちだ。

外から来た人が地図やデータだけを見て、「この地域にはこのサービスが必要です」と決めるのは危険だと思う。

地図上では近くても、実際には坂がきついかもしれない。
距離は短くても、夜は暗くて歩けないかもしれない。
利用者が少なく見えても、移動手段がないから外出を諦めているだけかもしれない。

一方で、地域の中だけでは、新しい技術や他地域の事例に触れにくいこともある。

AIやデータで何ができるのか。
他の地域では何を試し、何に失敗したのか。
既存のバスやタクシーに、新しい仕組みをどう組み合わせられるのか。

だから、外部から関わる人の役割は、地域の代わりに答えを出すことではない。

地域の人が、自分たちで答えを考えられるように、選択肢と出会いを増やすことだ。

現場の知恵と、外部の技術をつなぐ。
行政と企業をつなぐ。
高校生や若者の視点を、意思決定の場につなぐ。
アイデアを、実証や事業につなぐ。

そして最終的には、外部の人がいなくても、地域の中で取り組みが回っていく状態をつくる。

それが、本当の意味での地域実装なのだと思う。


宮崎で見た交通課題は、決して宮崎だけのものではない。

一つの交通手段が止まれば、学校に来られない。
住民の要望に応えたいけれど、資金と人員が足りない。
必要性は誰もが感じているのに、持続可能な形が見つからない。

同じ課題は、日本中の街にある。

完成した正解を外から運んでくることはできない。

でも、地域の人が持つ知恵と、外から届く技術や視点がつながれば、新しい選択肢はつくれる。

学校に行けること。
病院に行けること。
買い物に行けること。
誰かに会いに行けること。

そんな当たり前の日常を守るために、地域自身が考え、試し、実装を続けられる環境をつくる。

私は、そんな地域のエコシステム形成に、これからもっと取り組んでいきたい。

それでは今週も、よい移動とよい週末を。

いいなと思ったら応援しよう!