グラミー賞か、みうらじゅん賞か
以前、人気のPodcast番組を聴いていた際、パーソナリティーのおふたりが、制約なくどんな賞でも貰えるとしたら何の賞が欲しいかという話をしていた。
確か、おひとりはグラミー賞と答えたと思う。
もうおひとりは、みうらじゅん賞だと答えた。
グラミー賞と答えた方は、みうらじゅん賞が欲しいと言った方に向かって「なんでだよ!」と突っ込みを入れていた。
私はみうらじゅんさんが好きなので、私もグラミー賞よりもみうらじゅん賞が欲しいけどなと思った。
(みうらじゅん賞についてはこちら↓)
もちろん自分が何をしているかによっても貰いたい賞は違うと思うから、音楽に興味が深ければグラミー賞が欲しいのだろう。
ただ、このPodcastでは制約なしで貰えるのならば単純に欲しい賞という話だったので、自分が何をやっているからではなく、他者からどういう評価が欲しいかという話なのだろうと思った。
その欲しい評価の違いについて考えてみた。
まず、グラミー賞は誰もが知っている世界的に栄誉ある音楽の賞。
だから、グラミー賞が欲しい人は、大勢の人が認める程の揺るぎない評価が欲しいという事かなと思った。
一方のみうらじゅん賞は、みうらじゅんさん独自の目線で面白いとか、変わっていると思った人(や動物や物)に勝手にあげる賞である。
そんな賞が欲しい人は、自分が好きな人からの唯一無二の評価が欲しい人なのかなと考えた。
その意味でいっても、私はやはりみうらじゅん賞が欲しい派だと認識する。
大勢の人が、あなたの作った物(グラミー賞ならば音楽)は素晴らしいと言ってくれたとしても、みうらじゅんさんに「僕にはちょっと響きませんね」と言われたら、嬉しさが激減してしまいそうだ。
小さい事でもいいから、好きな人からあなたのここがいいよねと言ってもらえると、とてもとても嬉しく感じる。
だから私は、みうらじゅん賞が欲しいのだろう。
なんて言っていても、みうらじゅん賞を頂ける確率は極めて低い。
それならば、
『いろんな事があってもご機嫌を目指していてえらいね』
と自分にnicori賞をあげたいと思う。
