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観光と農業は、本当は一番相性が良いと思った。というお話。

南小国に来たお客様が「また来たい」と思う瞬間はどこか。
温泉に入ったとき。夕食の料理が運ばれてきたとき。スタッフの方と話したとき。いろいろあると思います。

でも私が感じているのはやっぱり「人と農」の気配だったりします。

にもかかわらず、観光業と農業はいまだに「別の産業」として扱われることが多い。私はこれが、南小国にとって最ももったいないことの一つだと思っています。


観光と農業は、実は同じ問いを抱えている。

少し引いた視点で考えてみます。

観光業が抱える問題を整理すると、繁閑の波が激しい、単価が上がらない、人手が足りない、リピーターが定着しない、という構造です。

農業が抱える問題を整理すると、後継者がいない、収益が安定しない、作ったものの価値が正当に評価されない、地域に若い人が来ない、という構造です。

全然違う問題に見えますが、根っこを辿ると同じ場所に行き着きます。
「この地域の価値が、正しく伝わっていないし、正しく換金されていない」という問題です。

南小国の食材は、本来ものすごい価値を持っています。阿蘇の大地で育った野菜、清流で育った魚、黒川の旅館で出される料理——これらが「どこから来たのか」「誰が育てたのか」「どんな土地で、どんな思いで作られたのか」を旅行者が知ったとき、その食材の価値は何倍にも跳ね上がります。

観光は農業に「物語の舞台」を提供できます。農業は観光に「本物の体験」を提供できます。この掛け算が機能したとき、どちらも単独では生み出せない価値が生まれます。

「食べる」は最強の観光コンテンツである。

世界の観光トレンドを見ると、「ガストロノミーツーリズム」という言葉が急速に広まっています。食を目的として旅をする、あるいは旅の中心に食体験を置くスタイルです。

2026年3月に閣議決定された観光立国推進基本計画でも、ガストロノミーツーリズムは主要施策の一つとして明記されました。世界的にも、食を軸にした地方の観光地が注目されています。

スペインのサン・セバスティアン、フランスのブルゴーニュ、イタリアのピエモンテ——これらはいずれも「その土地の食を食べるためだけに行く価値がある場所」として世界中から旅行者を集めています。

なぜ食が観光のコンテンツとして強いのか?

食は「その土地でしか体験できない」からです。

金閣寺の写真はネットで見られます。黒川温泉の景色も動画で見られます。

でも、南小国の農家さんが今朝収穫した野菜を、その日の夕食に食べる体験は、南小国でしかできません。

新鮮さも、農家さんの話も、阿蘇の空気も全部込みで「食べる」という行為に凝縮されます。
食は、その土地の気候・土壌・文化・人、すべてを一口で飲み込む体験です。
これ以上コンパクトで強力な観光コンテンツは、ほとんどありません。

そして食は「また食べたい」という強烈なリピート動機を生みます。
温泉は入る時間によって感じ方は違えど、基本的には何度入っても同じです。

でも料理は季節によって変わります。
春の山菜、夏の野菜、秋のキノコ、冬の根菜。
「次の季節に何が食べられるか」を目的に、同じ旅館に何度も来るお客様がいます。
農業の「季節性」は、観光のリピート率を上げる最強の武器になります。


南小国にある、まだ使われていない資源。

南小国の農業の現実は厳しい状況が続いています。
高齢化率42%の地域で、農家の平均年齢は高い。若い後継者は少ない。中山間地域なので大規模農業には向いていない。

作ったものを都市部に出荷しても、価格競争で利益は薄い。
農業だけで食べていける人は限られています。

一方で、南小国には黒川温泉という全国屈指の観光地があります。
年間100万人以上が訪れます。

その旅行者たちは、「本物の南小国」を求めて来ています。
地元の食材、地元の人、地元の文化。
それが「ここでしか体験できないもの」として価値を持ちます。

この二つが隣り合っているのに、まだ十分に繋がっていない。

旅館の料理に使われる食材の産地が明示されていない。
農家さんと旅行者が直接交流できる場が少ない。
農業体験のコンテンツが整備されていない。
「南小国産」であることが、価格に正当に反映されていない。
ここに、大きな可能性があると思っています。


「農家レストラン」より「農家の話を聞ける旅館」。

観光×農業というと、よく「農家レストラン」や「農業体験」が語られます。
もちろんそれも重要ですが、私が南小国で最も可能性を感じているのは、もっとシンプルなことです。

旅館の夕食で、「この野菜は南小国の〇〇さんが育てた阿蘇のあか牛です。〇〇さんは今年で農業歴35年で」という一言が添えられること。

宿のフロントに、「明日の朝、〇〇農家さんの畑を案内してもらえます」という紙が貼ってあること。

物産館に行くと生産者本人が野菜を売っていて、「これはどうやって食べるの?」という会話が自然に生まれること。

これらは「農業体験コンテンツ」と大げさに名付ける必要さえありません。
ただ「農家さんと旅行者が繋がれる場所」があるだけでいい。

旅行者にとって、農家さんとの会話は非日常です。
都市で暮らす人は、自分が食べる野菜を育てた人と話す機会がほとんどない。
「この人が作ったものを食べている」という体験は、料理の味そのものを変えます。

農家さんにとっても、自分の作ったものを食べた人が「美味しかった」「また来ます」と言ってくれる体験は、農業を続ける動機を強くします。

報酬が金銭だけでなく、「感謝と繋がり」として返ってくる。
これは農業継続の強い動機になるのではないかと思います。


価格についても考えてみる。

南小国の農業が観光と連携するとき、最も大事なことの一つが「価格」です。

「地元産」「農家直送」「物語のある食材」これらは価格を上げる正当な理由になります。
東京の高級レストランで使われる野菜は、産地・農家名・栽培方法を明示することで、同じ野菜でも何倍もの価格がつきます。

南小国の食材も、「誰が・どこで・どう作ったか」を丁寧に伝えることで、正当な価格で売れる可能性があります。

旅館が地元食材の使用率を上げ、その物語を伝えることは、料理の付加価値を上げることに直結します。

「南小国の旅館の夕食は、全て地元産です」というメッセージは、旅行者の選択理由になります。

宿泊単価を上げる根拠にもなります。

農家さんの収益が上がれば、農業を続ける理由が生まれます。
農業が続けば、南小国の景観が守られます。
草原も里山の風景も農業があるから維持されている景観です。
それが観光の魅力の根幹でもありますあ。

農家さんが豊かになることは、観光地としての南小国が豊かになることと、同じことです。


2040年に向けて、農業は最強の武器になる。

2040年にはアジアの経済発展の影響もありのインバウンドが国内旅行者を抜くかもしれません。その頃、ウェルネスツーリズムへの需要は間違いなく高まってきており、意味消費の拡大、長期滞在化が旅先としての大きな価値となってきます。

これらのトレンドは全て、農業との相性が抜群です。

「この土地の食材を食べて、作った人と話して、その土地の時間の流れを感じる」という体験は、ウェルネスの文脈で語ったとき、世界水準で訴求力のあるコンテンツになります。

農業体験は「意味消費」の典型です。
旅行者が「この旅が地域に貢献している」と感じられる体験として、農作業への参加、農産物の購入、農家さんへの直接の報酬につながる。

これらは2040年の旅行者が求めるものと完全に一致します。

欧米豪の高単価旅行者が南小国を選ぶ理由として、「食と農の体験」は最も説得力のある軸になりえます。

温泉は日本各地にあります。
でも「阿蘇の農家と過ごす一日」は、南小国にしかない。


今日からできること。

大きな話ばかりしましたが、最後に具体的に書きます。

旅館の方ができることは、今使っている食材の産地と生産者を把握することから始まります。
把握したら、料理の説明に一言添える。
それだけで、農業と観光の連携は始まります。

農家さんができることは、旅行者と話す機会を一度だけ作ってみることです。
物産館に出品して、自分の商品を買ってくれた方に話しかけてみる。
旅行者の反応は、農家さんが思っている以上に温かいはずです。
「あなたが育てたんですか」という目で見られる体験は、農業の価値を改めて実感させてくれます。

SMO南小国としては、農家さんと旅館と旅行者が自然に繋がれる仕組みを、もっと丁寧に作っていきたいと思っています。

しごとコンビニで農業の担い手を地域外から呼ぶことも、その一つです。

旅行者が農作業を手伝いながら南小国に滞在する。
そういう形が当たり前になる日が来るといいな。と思っています。

観光と農業は別の産業ではありません。
南小国という一つの地域を、異なる角度から支えている、同じ根を持つ営みです。

どちらかが欠けたとき、南小国は南小国でなくなります。
だから私は、この二つが本気で手を組む未来を作りたい。

それが、南小国の観光を本物にすることだと思っています。

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