【新聞の感想・5月16日】当たり前に払い続けているお金を、疑ってみる。BGMの話。
本日の熊本日日新聞に、BGMの著作権に関する記事が出ていました。
政府は5月15日、店舗で流れるBGMの使用料を歌手や演奏家、レコード会社にも分配する新たな権利「レコード演奏・伝達権」を創設する著作権法改正案を閣議決定しました。 というもの。
この記事を読んで、二つのことを考えました。
「なぜ今まで歌手に払われていなかったのか」という疑問と、「そもそも物産館にBGMは必要なのか」という問いです。順番に書きます。
そもそもの仕組みについて。
お店でBGMを流すとき、使用料が発生します。
これは多くの方がご存知だと思います。
でも「誰に払っているのか」を知っている人は少ないかもしれません。
音楽に関する権利は大きく二種類に分かれます。
一つは著作権。
これは曲を作った人、つまり作詞家や作曲家が持つ権利です。
もう一つは著作隣接権。
これはその曲を実際に歌った歌手や演奏家、そしてレコードを制作したレコード会社が持つ権利です。
現在の日本では、商業施設から徴収されるBGM使用料は作詞家・作曲家ら著作権者にのみ分配されており、歌手や演奏家といった実演家とレコード会社には使用料を請求する権利が認められていませんでした。 
好きなアーティストの曲が全国のカフェで毎日流れていても、そのアーティスト本人には1円も入らない。
作った人には払われるが、歌った人には払われない。
そういう構造がずっと続いていました。
世界では、とっくに当たり前のことでした。
この権利は1961年のローマ条約に盛り込まれており、世界142カ国で導入済みです。
OECD加盟38カ国において、導入していないのは日本とアメリカのみであり、アジア圏を見ても韓国、中国、シンガポールなどがすでに導入しています。 
J-POPやアニメソングが世界中で人気になっている今、海外のカフェやショップで日本の楽曲がBGMとして再生されても、日本の歌手やレコード会社には使用料が1円も入ってこないという課題が生じていました。 
世界中で稼げる環境が整ってきた今、この制度の遅れは損失です。
今回の法改正は「やっと追いついた」という話です。
商業施設への影響と、グレーゾーンの問題。
一方で、BGMを使う側の商業施設にとっては負担増になります。
現在の使用料は、店舗面積などに応じて徴収されており、500平方メートル以下の店では年間6,000円程度です。
今回の改正で歌手・レコード会社への分配が加われば、この金額は上乗せされる方向になります。
具体的な金額はこれから検討されますが、小規模事業者ほど負担感が大きくなる懸念があります。
さらに、記事にも指摘があった別の問題があります。
SpotifyやYouTubeといった個人向けの音楽ストリーミングサービスが、利用規約に違反して店舗のBGMとして使われている状況が蔓延しているとのことです。 
月額数百円の個人プランで契約し、それを店舗で流す。
本来は規約違反ですが、取り締まる仕組みが整っていないため広まっています。
「ちゃんと払っている店が損をする」という不公平も、今回の改正と合わせて解決が求められています。
「そもそも、BGMは必要か」という問い。
ここからは私の本音です。
SMO南小国が運営するきよらカァサでも、毎月BGM使用料を払っています。
長年、それが当たり前でした。でも今回の記事を読みながら、ふと考えました。
物産館に、BGMは本当に必要なのか。
BGMには確かに効果があると言われています。
店内の滞在時間が伸びる、購買意欲が上がる、空間の雰囲気をつくる。そういう研究もある。
でも一方で、きよらカァサに来るお客さんは何を求めているでしょうか。
南小国の食材、地域の産品、スタッフとの会話。「音楽を聴きに来ている」わけではありません。
むしろ静かな空間の方が、商品の説明が聞き取りやすく、地域の雰囲気が伝わりやすいかもしれない。
BGMを流すことは、「お店とはそういうもの」という思い込みの産物ではないか。
今回の法改正で使用料が上がる前に、その前提から見直してみたいと思っています。
「当たり前」を疑うことが、大切。
毎月払っているコスト、毎日やっている業務、長年続けてきた慣習。
それらの多くは「なぜやっているのか」を考えたことがないまま続いていることがあります。
BGMはその典型的な例です。
いつから始めたのか。誰が決めたのか。やめたらどうなるのか。考えたことがなかった。
今回の著作権法改正は、使用料が増えるというコスト増のニュースとして受け取ることもできます。
でも私にとっては、「当たり前を疑うきっかけ」として受け取りたいと思っています。
小さなことから見直す。
その積み重ねが、組織を強くすると信じています。
