【短編】あの夏の続きを走る
本作は、片桐みかん様の企画『3つのお題に空想のひらめきを』に参加させていただいております。
第61回 3つのお題(昭和ノスタルジー)
お題①:「海まで走った夏休み」
お題②:「花火が消えたあと」
お題③:「深夜放送から届いた手紙」
電車のドアが開くと、うだるような熱気が流れ込んでくる。リュックひとつで降り立ったホームは、相変わらずの静けさだけがそこにいた。
高校までを過ごした田舎町。小さい頃は何でもあると思っていたが、大人になってわかった。ここには、いまも昔も何もない。きっと外から来る人は、何かを落としに来るだけなのだろう。
実家までの長い坂道。額に、背中に、汗を流しながら登ってゆく。そんなの全然不快じゃなかった小学校時代。何度も往復した海までの道。
駅の向こうには砂浜があって、僕らの一番の遊び場だった。映画館もゲームセンターもない町で、僕らの集合場所はいつもそこだった。
◇
海まで走った夏休み。どこか灰色がかった砂浜で君と出会った。流木に腰かけ、まるで一緒に打ち上げられた海藻のように、君はただ波打ち際を見ていた。大きなつばの麦わら帽子を被っていなければ、見逃していたかもしれない。
「誰? 市内から来たの?」
見かけない子どもと言えば、だいたい休日に市内から来た奴だった。なんの観光地もないこの町に、空いているからという理由で海に来る人たちはいた。僕はきっとまたそうだと思って声をかけた。
「ううん。遠くから引っ越してきたの」
嘘だ。こんな町に引っ越してくる奴なんかいない。きっとイジメられたくなくて嘘をついているんだ。そう思ったのは、僕らはよく海にきたよそ者に石を投げて遊んでいたからだ。でも、はかなげな表情の君を見て、どうもからかう気にはならなかった。
「ねえ、友達になって」
「え?」
息を呑んだのは、透き通るような肌と、大きくて茶色い瞳に目を奪われたからじゃない。友達になるって言葉で言われたことはなかったから。そういうのは自然となるものだと思っていた。わざわざお願いされたのはこれが初めてだった。
虚を突かれた僕は、「……うん」と答えるしかなく、それを言い訳に、残った夏休みを彼女のために使うことにした。
二学期のはじめ、君は本当に僕の学級に編入してきた。初めこそ田舎特有の濁った池のような雰囲気に入れなかったが、そのうち話し相手もでき、中学に入るころには何人かのグループで行動するようになっていた。
それでも、たまに申し合わせて海に行った。
初めて会ったあの日のように、手を繋いで砂浜を歩いた。陽が落ちた海岸で線香花火をした。どちらが長く火種を落とさないか、最後の一本まで勝負した。花火が消えたあと、月明かりが落とした二人の影の唇が重なった。握った手のひらに、どちらともなく力が入った。
「一緒の高校に行こうね」
その約束を守れなかったのは僕。単純に勉強が足りなかった。別々の高校へ進み、それでもしばらく手紙だけは続いた。君がまた引っ越してしまったのは想定外だったけど、先に手紙を返さなくなったのは僕だった。
◇
「あんた、寝てばっかりでどこも行かんとね?」
母にほうきで足を叩かれたのは二日目の夜。深夜ラジオを聴きながら古い漫画に興じているときだった。
「ええやん。久々の実家を満喫しとるっちゃけん。どうせ今から出てもスナックくらいしか開いとらんやろ」
「そういえば、詩織ちゃん遊びに来とるってよ。中学ぶりっちゃないね。森本さんとこの民宿におるらしいから、明日会ってきたら?」
「え?」
胸が跳ねた。ときめきとかじゃなくて、たぶん、後ろめたさで。
「よかよ。どうせ俺とか覚えとらんって」
そう言ってコミックを手にしたまま寝返りを打つ。でも、その先は何を読んでも頭に入ってこなかった。あの詩織と、いま、同じ町にいる。
でも、僕の心は会いに行けない理由ばかり作り出し、少しも足を動かそうとはしなかった。思春期の格好つけじゃないけど、いまさら潔くないとか、仁義モノの映画みたいなことを考えていた。
『――次のリクエストは、R.N.麦わら帽子の詩織ちゃんからです』
ラジオの声に、ベッドから飛び上がる。
まさか……? 偶然の一致だろうか。いや、地方のAM局だ。そのまさかってこともあり得る。僕はドキドキしながらその続きに耳を傾ける。
『初めての友達に伝えたいことがあります。線香花火の続きをあの砂浜で――』
『いやー、意味深ですねえ。これ、友達くんは気付いてくれますかね。頑張れ詩織ちゃん! えーリクエスト曲は――』
最後まで聞かずに飛び出した。
深夜放送から届いた手紙。
間違っていてもいい。
あの坂道を走り出す。
(了)
