【短編】悪魔の契約条件
目の前にいる悪魔は、煙草をくゆらせながらもっともらしく言う。
「世界の幸福の総量ってのは決まってる。もちろん個人の総量もな。俺たちは個人の持ってる分の前借りで願いを叶えるっちゅーわけよ。神なんて他の人間からちょっとずつ集めて願いを叶えるんだぜ。せこいよな。他の人には迷惑かけたくないだろ?」
「でも最後に魂持ってくんだろ?」
俺はパイプ椅子に踏ん反り返り、冷静に核心を突く。悪魔は「おっと」という顔で肩をすくめた。
「ああ、それは昔からの決まりごとだ。まあ、なんだ……慣習ってやつさ。でも死んだ後なんだから、お前は痛くも痒くもないだろ?」
「そもそも魂の状態って意識あんの?」
「いいとこに目ぇ付けるね。魂ってのは生まれ変わりの卵みたいなもんさ。自我も意識もない。取られたってお前にはなんの損もないはずさ」
「それ取られたら生まれ変わりできないってことだろ? 損してるじゃん」
悪魔は身を乗り出し、まるで投資信託の勧誘員のような熱量で畳みかけた。
「お前さ、前世のこと覚えてるの? 生まれ変われたぜーって思って生まれてきた? 来世があるかどうかなんて今のお前に関係ないって。実質無料みたいなもんじゃん」
「言われてみたらそうだな。主観では、無から生まれて無に戻るみたいな感じだしな。意識ないなら死後の魂の扱いなんて俺には関係ないか」
「だろ? もう契約しちゃおうぜ。何でも願い叶えてやるからよ!」
悪魔はここぞとばかりに、空中に火花で描かれた契約書を出現させた。男は少し考え、あっさりと口を開く。
「よし! じゃあ俺を世界で一番幸せな男にしてくれ」
「……お前さぁ。話聞いてた?」
悪魔の顔から営業スマイルが消えた。指先で計算機を叩くような仕草を見せる。
「悪魔は個人の幸福の総量の中でしか調整できないの! お前の幸福なんて、フィンランド人の半分もねーのよ。世界一にはなれないわ」
「そうか……それは仕方ないな。幸福度世界ランク一位の国だもんな。なら、来世をフィンランド人に生まれるようにしてくれ!」
「だからさぁ……お前の魂は俺が貰うんだから、来世はないわけよ! ちゃんと話聞けよ」
「あ、そっか……忘れてたわ。現世も来世もダメなのか。どうしよう……どれくらいならいけんの?」
悪魔は虚空を見つめ、ひどく同情的な目で男の「残高」を読み取った。 「お前の幸福残量からいくとな。えーっと、宝くじはちょっと厳しいけど、コンビニの一番くじくらいなら当てられるぞ!」
「え? そんだけなの! 俺の魂渡して一番くじだけ?」
「ああ、すまんがそれくらいしか残ってないわ」
「ならやめとくわ……。そもそも一番くじ買わないし、他に幸せなことが起こるかもしれないし」
男が椅子を引いて立ち上がろうとすると、悪魔は血相を変えてテーブルにしがみついた。
「ちょっと! ここまで引っ張っといて契約しないのかよ。頼むよ、今月成績厳しいんだ。お願い!」
俺はしばらく考えて悪魔に質問をぶつけた。
「ん? お前は魂と引き換えにお願い叶えてくれるんだよな」
「ああ……そうだ、単純な話だろ」
「ならさ、お前のお願い聞いて契約するから、俺は魂ひとつ貰えるわけだな。数字的には残機二だろ。お願い二個できるってこと?」
「もうそれでいいよ! 早く契約してくれよ」
「じゃあ一個目のお願いで神さまここに呼んで。二個目の願いは相見積もりでいくわ」
悪魔は、今日一番の嫌な顔をして即答した。
「やだ」
(了)
あけましておめでとうございます😊
新年ということで、今までと少し風味の違う掌編をお届けさせてもらいました。
丙午(ひのえうま)の2026年。
今年も皆様にとって幸多き年になりますようにお祈りさせて頂きます🙏
