【短編】恋はリクエストのあとで (3つのお題に空想のひらめきを)
『第49回 3つのお題に空想のひらめきを』
昭和ノスタルジー
お題① カセットテープの恋
お題② 夕暮れの赤電話
お題③ ネオンの向こうの純喫茶
「紘子、宿題やったの?」
階下から、煮物の香りと一緒に届く母の声。うるさいなあ、いまやるとこだって。大人は全然わかってくれない。子供は意外と忙しいんだってば。
開いたノートに、まだ文字はない。だって、タカアキから借りたカセットに夢中だから。
放課後、下駄箱の前で渡されたカセットテープ。洋楽好きなタカアキが、私のために作ってくれたものだ。エルトン・ジョンもホール&オーツも良かったけど、ビリー・ジョエルの『素顔のままで』の歌詞にハマった。
「僕は君といたいんだ/ありのままの君と」
もうさ、これって告白みたいなものじゃない? きっとそうだ。だって私のためって言ってくれたし。あれだね、これはカセットテープの恋? 詩人にでもなったかのようにはしゃぐ私。家族に見られたら恥ずかしくて死ねる。
ニヤニヤしながら聴いていたら、部屋のふすまが急に動いた。大きな西城秀樹のポスターがスライドし、そこには鬼が……いや、母の顔が現れた。
「ほら、全然やってないじゃない! もう、音楽なんて消してちゃんと宿題やりなさい」
母が乱暴にラジカセのボタンを押す。
「あ!」
「え、何?」
「ごめん、紘子。お母さん、間違って録音ボタン押しちゃった」
「うそ……本当に?」
尻尾を踏まれた猫のように飛び上がる私。たしかに、ラジカセには「REC」の赤いボタンが点灯している。慌てて停止を押すが、たっぷり十五秒は録音状態だった。
せっかくタカアキが作ってくれたのに。ちょうど聴いていたビリーの歌が消えてしまったと思うと、涙があふれてきた。
ああ、もう、台無しだ。
私はカセットテープを手に、家を飛び出していた。
行くあてもなく歩く川沿いの道。川の向こうには繁華街の灯りが見える。ポケットには小銭しかない。かといって、今は母の顔も見たくなかった。行くことも戻ることも出来ずに、ただ歩く。迷子と違うのは道を知ってるというだけ。
シャッターの半分閉まったタバコ屋。溢れかえった店先の灰皿。夕暮れの赤電話。私は受話器を取りポケットの小銭を探った。ただ、タカアキに謝らなくては、そう思った。
六回目のコールのあと、聞こえた声は運よくタカアキだった。家族が出たら切ろうと思っていた。
『もしもし、藤田ですけど――』
声を聞いただけで、また泣きそうになる。あの笑顔を思い出す。照れ臭そうにカセットテープを差し出した手の温度さえ。
「あの……」
喉が震えて言葉が出ない。冷たい受話器を落としそうになる。不意に吹いた風が、土埃の香りと、灰皿の煙草の匂いを運んでくる。駄目だ、話せない……もう切ろう。
『紘子ちゃん?』
肩をぐっと掴まれた気がした。目の前にタカアキを感じる。
「……うん」
質問に答えただけだったが、それだけで抱きしめられているような安堵感があった。
『どうしたの? 具合悪そうだけど』
「あの、ごめん。借りたカセットテープ……お母さんが、間違って、その……消しちゃって」
『え、じゃあ、最後まで聞いてない?』
「うん、ごめん」
『そうか……』
タカアキは残念そうに息を吐く。
と、続けて大きな声で喋りだした。
『あのさ、実はさ、最後にメッセージ入れてたんだよね。いま伝えてもいいかな?』
「え? なに、急に」
『俺、紘子ちゃんが好きだ!』
違う涙があふれてきた。
さっきまでモノクロに見えた川向こうのネオンが、急に色を帯びてくる。
煙草の匂いに包まれた告白。「ごめんなさい」の次に「うれしい」がやってくるとは思わなかった。
「わたしも……」
それが、精一杯だった。
電話を切ったあと、もう震えは収まっていた。左手のカセットテープ、きっと最後までは消えてない。明日、学校で会うまでに、私は何度聞き返すだろう。想像すると、さっき使っていた電話みたいに顔が赤らんでいく。
夜道を照らし始めた街灯たち。川向こうから届く街の喧騒。ネオンの向こうの純喫茶には、まだ灯りが灯っていた。
恋の再生ボタンは、静かに押された。
(了)
本作は、片桐みかん様の企画『3つのお題に空想のひらめきを』に参加させていただいております。
