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【読書感想文】花澤薫『すべて失われる者たち』

この感想文に核心的なネタバレはありません。
ですが、内容について一部触れております。
どうぞ、ご理解ください。

 この本は、一気読みできない。
 面白くないからではない。
 七ページ読むたびに、本を閉じてしまうからだ。

 実際、読み終えるまでずいぶん時間がかかった。本書を購入して四ヶ月。ご縁あって花澤薫様よりサイン本を頂戴してからでも、すでに一ヶ月が過ぎている。

 三十二篇の短編。そのひとつひとつが、上書きされることを拒んだ。七ページめくり終えるたびに、本を閉じた。目を閉じ、七ページの物語の前後に想像を走らせた。

 ”その後”を考えさせられる小説は多い。むしろ作者の思惑に嵌らせて頂くことが読者としても心地よい。しかし、本書に収められた物語の多くは、僕にそこに至るまでの世界を想像させた。僕の勝手ではあるがーー。

 一つ目の物語からそうだ。
『木は立ったまま眠っている』
 夢とは、記憶の断片を継ぎ合わせ、脳がそこに強引な整合性を与えた物語だ。「僕」は後ろめたさを抱きながら、ステンドグラスのような夢をみる。俯瞰では繋がっているのだが、色味はどこか継ぎ接ぎの夢だ。進むことを促されても夢の続きはない。
 その夢が暗示するものは、「彼女」の言葉の意味するところは、「僕」のこれまでの人生の何の記憶なのだろう。翌朝、通勤の運転中に音楽もかけず考え続けてしまった。

 同じように深く「そこに至るまでの世界」を考えさせられてしまった作品が他にも多くある。

『ここではないどこかに』
 トラウマとも言うべき古い記憶で、母に苦手意識を持つ医大生。自由を、選択する人生を持たない彼女は、どうすべきだったのか。自分だったらどの岐路で、どのように主張していただろう。そのとき、彼女の”今”はどう変わるだろうか。トラウマたる記憶は別の観測者目線での出来事にすり替わっていたのではないか。
 文字に紡がれた物語は何度読んでも変わらない。日を変えて開いたとしても。だが、その前後において僕は自由だった。

 物語には、年齢、性別、職業が違う主人公たちが登場する。その者たちはタイトルにあるように、それぞれが喪失を抱えている。秘密を抱えたり、手のひらから何かをこぼしたりしながら、それでも呼吸をする者たちだ。そしてーー違う世界線の、僕だ。
 物語に出てくる音楽が、匂いが、光が、僕の記憶をなぜていく。はたしてあったかもわからない記憶を呼び戻す。そこにあるのはリアリティ。ノスタルジーとはちょっと違う。何と表現したらよいかわからない。ある種の「存在し得た可能性」が、僕の皮を剥いていくのだ。

 七ページに没入する僕。

 次の七ページに進めずにライトノベルに寄り道をした気持ちがわかってもらえただろうか。

 僕は長編小説が好きだ。何時間も、下手をすると何日も物語の中に居させてくれるから。だが、この短編集は驚くべき密度で、三十二回分の人生を追体験させてくれた。

 ページをめくる指が止まったのは、それが単なる「喪失の物語」ではなかったからだ。ここにあるのは、三十二人の人生が、もっとも鮮烈に光を放つ瞬間を切り取ったスケッチブック。描かれる“その”シーンは決まっている。あとは読者である僕が、そこまで彼らを歩かせ、そこから共に前に進むだけなのだ。


 花澤薫様、この度は貴重なご縁をありがとうございました。
 頂いたサインの向こう側に、僕自身の「存在し得たかもしれない世界線」を、確かにいくつも見つけました。

 一読者の感想としてお読みいただければ幸いです。


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