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【短編】金のない男

 カイワン・ドナズコには金がない。
 金だけではない。
 あらゆるモノを持っていなかった。

 カイワンは貧しい地区で、大工の父と内職をする母との間に生まれた。
 子供の頃、夜中に高熱を出したが長屋には医者は来なかった。
 金が払えるかを疑われたようだった。

 両親は、命だけは救ってくれと神に祈った。

 願いを聞き入れた神は“命だけ“を救い、それ以外のものを持つこと、貯めることを禁じた。
 それ以来、カイワンはものを持つことができなくなった。

 くすんだ銅貨は彼が持つとすぐに透けていき、魔法のように消えてなくなってしまうのだった。

 彼はずっと、捨てられたものか、自然にあるものだけで生活を凌いでいた。


 カイワンがいつものようにゴミを漁っていると、一匹の猫が近づいてきた。
 おこぼれにあずかろうとしたようだ。
「腹が減っているのかい?今日は肉が多くあったから分けてあげるよ」
 そう言って、カイワンは冷め切った肉を差し出した。

――にゃあん
 猫は嬉しそうに一鳴きし、それをたいらげた。

 カイワンは嬉しかった。
 持たざる彼にとって、人に何かを分け与えたことは初めてだった。

 橋の下のねぐらへと戻るカイワンに猫はついてきた。
 餌をくれた彼のことが気に入ったようだ。
「お前も来るか?雨はしのげるし、水場もある。寝るだけなら十分な場所だぞ」

――にゃあん
 猫はまた嬉しそうに一鳴きした。

「そうだ、お前に名前を付けてやろう。ニクでいいか」
 彼はその猫に先ほど与えた食べ物の名前を付けた。

――にゃあ……
 その瞬間、猫の姿は周囲の景色と溶け込み、霞のように消えていった。

「あ……」
 カイワンは顔を青くした。

 名を与えるということは、所有物とすることだったのだ。

 さっきまでの気持ちが吹き飛び、彼はその場に立ち尽くした。


 カイワン・ドナズコには金がない。
 いや、何も持っていない。
 希望すら持たない彼は、今日もこの街のどこかで生きている。



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