【メモ】どこまでホント!? ことわざ辞典
『人生バンジー、ライオンが馬』
垂直落下するような人生では、たとえライオンでも才を活かせず馬のような顔になってしまう。そのように、もったいない生き方をする人を表す、誰もが知っていることわざである。
最近では「人生は何が起こるかわからない」という誤用も増えてきたが、もはやそれすら時代とともに、正しい使い方として認知されてしまうのだろう。美しい日本語を愛する者としては、悲しい限りである。
だが、言葉とは時代とともに移り変わり、そこで生きる人たちによって変化させられるものである。そういった意味で、言葉は人と共に時代を生きているといっていいのではないだろうか。
ことわざの中にある「バンジー」という言葉すら、本来の意味を知っている者は少ないのではないか。今でこそ「バンジージャンプ」として遊園地や観光地で行われるアトラクションとなっているが、本来はもっと恐ろしいものなのだ。
時は室町から安土桃山に移ろうとしていた頃である。甲斐の国中のほど、現在の山梨県笛吹市のあたりに一宮という村があった。一宮浅間神社があり、門前町として栄えた場所である。その村に吾平という老人がいた。吾平は普段は小さな畑を耕す大人しい老人であったが、年に一度、村をあげての猪狩りを何より楽しみにしていた。
寒さで手もかじかむ猪狩りの日、未だ夜も明けぬ暁七つ。吾平は皆が集まる前に、大きなブナの木にのぼり、時を待つ。若い衆のように走り回ることはできない。吾平は古来より獣相手に有効とされる待ち伏せを使うのだ。
猪が使う獣道の上で息を潜める。陽が差した森に、遠くから若い衆が追い立てる声が聞こえ、やがてその声は吾平の方へとやってくる。
獣道の向こうから黒い塊が駆けてくる。
――いまだ!
吾平は両の足にしっかりと結んだ蔓を頼りに、幹の上より頭から飛び降りる。その手を大きく広げ、黒い塊を掴もうとしている。
ガンッ!
鈍い音が森に響く。吾平の腕は空を切り、猪はその場を走り去る。タイミングが合わなかったようだ、失敗である。天地を逆さにした吾平の体はブナの幹から垂れ下がり、前に後ろに大きく揺れている。
「吾平どん!」「大丈夫か?」若い衆から声がかかるが吾平の返事はない。見れば額から血を流し、吾平はすでに息絶えていた。蔓の長さを見誤り、地面の岩に頭を打ち付けたようだ。
首から上を紅に染め、逆さに揺れる吾平。それを見た村の者たちは、荒々しく愚かな様から「蛮爺」と蔑んだ。近代には、その狩りの手法だけが伝わり、両足に綱をつけ飛び降りる様子をバンジーと呼ぶようになったそうだ。
蛇足だが、勇敢に力強く飛ぶ様子から、長い冬を我慢強く耐える「パンジー」の花の由来にもなったのは言うまでもない。
で……、いま何の話してましたっけ?
他の話もぜひ読んでいただけると嬉しいです😁
