あの日見た、ズラの行方を、僕たちはまだ知らない
夏が来ると思い出す。
大阪の中央市場で働いていた頃の、
あの、夏のことを。
台風が珍しく大阪を直撃した日。
いつものように僕は、市場内を走り回っていた。
外は大荒れ。
暴風警報が発表されていた。
いつもと何も変わらない喧騒。
市場には、台風など関係ない、日常があった。
いつものようにセリが終わる。
いつものようにお客さんがやってくる。
その中に、一人の男性がいた。
スーパーのバイヤーだった。
いつものように買い付けをし、
僕にトラックが止まっている場所を指示してきた。
「”ア”の筋に止めとるから。今日は早く帰るから積み遅れるなよ!」
僕は急いで注文の品を集め、ターレットに積み込んだ。
通路を行き交う人とターレット。
その間を縫うように、僕は急いでターレットを走らせた。
トラックへ向かっている途中だった。
バイヤーが、小走りでトラックへ向かっている姿が見えた。
(急がなきゃ積み遅れる!)
僕はターレットのアクセルレバーを、これ以上ないほど握りしめた。
その時だった。
突然吹き荒れた、
突風。
その瞬間。
僕が目にしたのは、
大阪の夜空を舞う、
ズラ。
いつも厳しそうな顔をしていたバイヤーが、
僕に向かってこう叫んだ。
『つかまえてぇ~~~~』
一気に緊張が走った。
僕は必死で追いかけた。
ズラを。
でも、
間に合わなかった。
まるで命が宿ったかのように。
まるで長い年月の束縛から解放されたかのように。
ズラは、
遥か彼方へ飛んでいった。
救えなかった・・・
あと10㎝。
あと10㎝、僕の手が届いていれば。
『すいません。救えませんでした・・・。』
バイヤーは、僕の肩にポンと手を置いて、何も語らなかった。
その表情には、
長年連れ添った相棒を送り出した男だけが持つ、
哀愁が漂っていた。
あの日伸ばした手を、
僕は一生忘れないだろう。
後日現れたバイヤーの頭には、
新しい相棒が乗っていた。
あの日の出来事は、
僕とバイヤーだけの秘密だ。
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