見出し画像

【自己紹介】終活は死に支度じゃない?親と20年向き合って気づいたこと

終活、それは死に支度ではなく「今、生きてる人」のための準備、

終活って、死に支度だと思っていました。
でも、20年にわたって家族と向き合ってきた今、
やっとわかってきたんです。
終活って、「今、生きているうちに話しておくこと」だったんだ、と。

30歳のある日。
埼玉から金沢への転勤が決まった私は、いつものように母に電話をかけました。

「母ちゃん、俺、金沢に転勤になったよ」
「そうなんだ…遠くなっちゃうね。でも頑張って!」

そんな他愛もないやりとりの、ほんの数時間後。
父の沈んだ声が、突然電話の向こうから落ちてきたんです。

「実はお母さん、健康診断で…良くないことが分かったんだ」

母の乳がんが発覚したのは、その日でした・・・

北陸新幹線も通っていなかった時代。
はじめての土地、はじめての一人暮らし。
そんな不安のなか、私は遠く離れた金沢で新生活を始めることに。

治療は父と妹が中心となって支えてくれていましたが、
4年後に東京へ戻って結婚した私は、ようやく「今度は自分の番だ」と思ったんです。

でも、母の再発が知らされたのは――
結婚式から、たった1週間後のことでした。

祝福の花束がまだリビングに残っているなかで、
再び父の沈んだ声が響きました。

そこから20年。
私の役割は、両親の入退院や通院の付き添い、役所とのやりとり、
そして精神的な支え役へと広がっていきました。

母のがんと向き合う一方で、父が心労からうつを患い、
夫婦間の支え合いが逆転し、やがて老々介護が始まりました。


そして、1年後。
母は旅立ちました。

この20年を経て、私はようやく気づきました。

終活って、「親のため」だけじゃない。
むしろ「残される家族のため」、そして「未来の自分自身のため」にあるものなんだと。

終活の話って、つい構えてしまいがちですよね。
でも、本当に大事なのは「完璧なエンディングノート」を作る前に、終活の本質としては、

“たった一度でも、ちゃんと話すこと”。

たとえば…
・最近、何か気になることある?
・もし倒れたら、どうしてほしいって考えてる?

そんな日常の会話こそが、
終活の“はじまり”になるのかもしれません。

あとになってから、こう思いました。
「お金や手続きももちろん大事だけど、
いちばん残ったのは、“親の本音を聞いていた安心感”だったな」と。

私はいま、30年勤務した会社を退職し、心託コンシェルジュ(終活コンシェルジュ、サポーター)の資格を取得し、この20年の経験と、専門的な視点をかけ合わせて、終活について伝えていく活動を始めています。

そして最近、親の終活を支えてきたこの経験は、
きっと“これからの自分自身”にも活かせるんじゃないか」と感じるようになりました。

老後の暮らしやお金、心やモノの整理。
いざ自分のこととなると、
「まだ先のこと」と後回しにしてしまいがちですが――

実は“今”だからこそ準備できることが、たくさんあるんですよね。何事においても準備すれば今をちゃんと生きられる、今をよりよく楽しく生きられる。「人生をよりよく楽しむ道しるべ=終活はたのしみち」。

終活の状況は人の数ほどある。

ということで、今後は実際に自身が経験・体験したこと、終活コンシェルジュ、サポーターとして得た実例とその対応策を紹介し、皆さんの今後の終活の道しるべとして少しでもお役に立てるようになっていきたいと思います。

 


いいなと思ったら応援しよう!

ぱんでぃの終活コンシェルジュ よろしければ応援お願いします! いただいたチップは終活を広める活動費に使わせていただきます!

この記事が参加している募集