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国鉄型電車を追いかけて

2020年4月。新型コロナウイルスの蔓延によって日本政府は「緊急事態宣言」を出した。これは異例中の異例だった。街からは人が消えた。仕事は可能であればリモートワークとなり、人々によっては緊急雇用安定助成金が支給され、外出は極力控えることになった。

僕もその一人で、喘息持ちにとって新型コロナウイルスは脅威だった。マスクをつけ極力他人との会話は控える。マスクもつけずにうろついて大声を出す輩は〝非国民〟扱いだった。ほとんどの人々は仕事が減少し、当然、収入も減少し、嘆いた。

ところが僕は多くの人のそれとは違っていた。〝既に生活がどん底〟だったのである。仕事も子供の頃に憧れた仕事でもなく、ただ生活のために仕方なくやっているだけ。緊急事態宣言の初期の頃は一ヶ月に2日か3日だけ出社して仕事すればいい。もちろん新型コロナ以前よりは収入は減っているが、「いいじゃないか」と生活に悲観はしていない。

〝むしろ、このままでもいいよ〟と不謹慎極まりない考えさえ起こしていた。外に出れないならそれでいい。パソコンは趣味の一つであった。新型コロナの情報も集めたが、僕は他の情報も集めた。こんなご時世に旅行の情報を集めた。

僕は航空会社の下請けで働いていたため、国内線の航空券が半額以下で購入できた。そしてホテルを調べた。「京都のドーミーインが朝食付きで7000円!」これは信じられない情報だった。あそこは京都だし、少なくとも12000円~13000円はしたはずだ。僕は会社には黙って京都に出かけることにした。

羽田から飛行機に乗ってどこかへ行くのは僕にとって現実逃避である。全然違う環境に行くのは異次元にでも行ったかのような気分になる。機内から外の景色を眺めるのもまたいい。

羽田空港から伊丹空港への飛行機も信じられない状況だった。少し前ならジャンボ機などといった大型機が当たり前のはずの8時発の東京・大阪線がボーイング737になっていた。

「そんなバカな・・・・」。

羽田空港も人なんかいない。店も売店も閉まっている。当たり前だがすべてが前代未聞であった。羽田空港には余った飛行機であふれていた。大阪行きのボーイング737であったが、搭乗客を数えてみた。なんと15人しか乗っていない。そしてスーパーシートは1人だけだった。

大阪空港から電車で移動するが、モノレールも阪急も人がいない。大阪駅でも人がいない。まるで映画の1シーンでも見ているかのようだ。こんなことは初めてだ。一生忘れない光景だろう。

そして、大阪駅から京都駅まで新快速に乗る。これもまったく人が乗っていない。新快速は京都に向かって爆走する。京都の手前の向日町付近にはJR西日本の車両基地がある。眺めていると、懐かしい車両が・・・・。113系電車に117系電車だ。

「まだ走っていたんだ・・・・」

僕はその目を疑った。子供の頃に見た東海道線や横須賀線の113系そのものではないが、車体の色が違うとはいえ、間違いなく113系電車だ。JR東日本ではずいぶんと前に引退している。そして新快速は京都駅のホームに滑り込む。

今度は奈良線のホームに103系電車がいた。

「どういうことだ・・・・今は2020年だぞ。」

103系電車とは山手線で走っていたあの緑の山手線である。山手線から103系が引退して30年以上。もちろん山手線以外の路線で活躍はしばらくは続いていたが、それでもJR東日本からは姿は消えていた。

103系電車に113系電車。そして117系電車に205系電車。大阪近辺では201系電車も走っていた。京都の人たちをバカにする訳ではないが、これはすごいことだぞ。

僕はとりあえず103系電車を見に行くことにした。2020年の時点で奈良線の103系は2本だけが在籍していた。NS407とNS409といわれた編成だ。僕はツイッターで情報を集めた。どうやら今日はまだ走っているようだ。マニアが作成した運用ガイドとツイッターで集めた情報をもとに割り出せば、京都駅にはあと30分くらいで現れるはずだ。

そして、その30分が経過した。予定通り103系電車が姿を現した。NS407だ。懐かしい緑の103系だ。103系の車内に乗り込めば、すべてが懐かしかった。子供の頃によく乗った103系だ。京浜東北線や仙石線の103系はよく乗った。もちろん、他の路線でもよく乗った。京浜東北線の103系には最後にさよならといってやりたかった。仙石線の103系もそうだった。仙石線の103系は突如復活したというラストチャンスもあったのに、仕事やら何やらで、それすら逃してしまう。

それがどうだろう、2020年の目の前に103系がいるではないか。新型コロナという驚異があるとはいえ、これはラストチャンスだぞ。しかも、例によって京都駅でも人なんかいやしない。とりあえず感染しないように注意はするけど、人がいない。日本人とは実にまじめな人種である。

僕は103系を一目見れればいいと思っていたが、乗ってみたくなった。そして隣のホームにも103系が滑り込む。こっちはNS409だ。なんと2本とも京都駅に来た。レンちゃんだレンちゃん。僕は京都駅で並んだ2本の103系をスマホのカメラに収めた。少し前なら当たり前の光景だったのだろうが、今は違う。2本しかいない。NS409は一旦、留置線に引き上げて、時間になれば宇治行きになるようだった。僕はNS407の方の103系に乗り込んで発車を待った。なんという奇跡と驚きが隠せなかった。そして103系は走り出す。僕は六地蔵まで乗った。六地蔵で走り出した103系を見送る。なんとも不思議な気分だった。

そして僕は度々、京都に来るようになった。東京・大阪線の飛行機は新型コロナ以前はほぼ1時間に1本はあったはずだが、一番ひどい時には朝、昼、晩しかなかった。正確には朝に2本、昼に2本、夜に2本といった具合でボーイング777はまったく見なかった。大きい飛行機でもボーイング787かボーイング767であった。それでも空席が目立った。

京都では予定通りドーミーインに泊まる。温泉とサウナがあり、朝食もなかなかうまい。こんな値段でドーミーインに泊まれるとは信じられない。間違いなく新型コロナの影響である。食堂でも温泉でもどこも静まりかえっていた。まさに非日常である。

そして京都駅近くの飲食店である。新型コロナ以前なら22時くらいまで営業していた飲食店が営業自粛で20時には閉まっていた。

新型コロナを舐める訳ではないが、僕には考えがあった。いくら新型コロナでも熱には弱いのではないか?と考えていた。仮に自覚症状なしの無自覚での感染だったとしても、熱で殺せるのではないか?と考えていた。その後、ワクチンも打ったが、幸いにも一度も新型コロナで発症はしていない。もちろん今でもマスクはほとんど着用しているし、ゲホゲホと咳を出す人の近くには行かないし、調子が悪そうな人からは距離を置く。

ドーミーインの温泉では長めに浸かっていて、その後はサウナにも手を出した。サウナの熱なら体内に新型コロナのウイルスがいても殺せるのではないかと考えた。サウナは苦手ではあったが、感染防止のためと考えていた。

京都では注意はしながらも非日常を見て回った。ただし、人が集まっているところには行かない。たとえば京都河原町には餃子の行列店があったが、その行列の長さを見て断念した。それでも大方、京都河原町に人がいないのが驚きだった。

ホテルに戻れば次の日の予定を計画する。ツイッターで情報を集めた。ドーミーインは朝の11時がチェックアウトだが、京都駅を9時20分に103系が出発するなら9時にはチェックアウトということも珍しくなかった。奈良線の103系では宇治駅まで用もないのに乗車した。時間に余裕がないなら手前の六地蔵までだ。たまたま行きも帰りも103系ということもあった。逆に昼間は留置線で夜まで走らない運用であれば、心底がっかりした。

103系だけではない。京都には113系電車も現役で運用を続けていた。湖西線などで運用されていた。こちらも用もないのに湖西線の113系に乗り込んだ。湖西線では用もないのに堅田あたりまで113系に乗り込んだ。湖西線の大津京から堅田あたりまでは琵琶湖沿いに電車が走る。「これが琵琶湖か・・・・まるで海だな」と琵琶湖の大きさに驚いた。そして景色がきれいだった。湖西線から見る琵琶湖の景色が楽しみの一つとなった。

奈良線の103系に比べれば、湖西線の113系電車は運用が多かった。こちらも懐かしかった。まさか2020年にもなって東海道線や横須賀線などで運用されていた113系に乗るとは、これは奇跡だった。

僕が京都の方に度々訪れるようになって2年近くが経過していた。春には桜が咲き誇る中、103系や113系が走り抜ける。夏には陽炎の中を電車が走る。秋でも冬でも電車は走る。しかし、こんなことはいつまでも続かない。

2022年3月11日、JR西日本のJR奈良線で運行されていた103系電車が定期運用を終了。ダイヤ改正の前日であった。僕が最後に103系に乗れたのは約1ヶ月前の2月であった。あれが最後になるとは・・・・。それでもこの幸運、奇跡に感謝しなければならないだろう。予備車として残るのでは?との情報も流れたが、これはあくまでも噂レベルの話。JR西日本は「引退した103系は予備車扱いになるということでもなく、再び運用に入る予定はない」と否定した。

2022年4月1日、奈良線の103系が突如復活!? こんな怪情報がツイッターに流れたが、これはエイプリルフールのネタだった。「帰ってきたドラえもん」でのジャイアンそのものである。

運用から外れた2編成は吹田総合車両所奈良支所(奈良電車区)に留置されていた。廃車解体されていないのであればもう一度乗りたいと思う気持ちも理解できなくはない。奈良線からの定期運用終了後、わざわざ吹田総合車両所奈良支所まで103系の様子を見に行くネット民も少なくなかった。

奈良線の103系電車、NS407とNS409の復活を望む声は少なくなかった。2022年8月21日に「吹田総合車両所見学ツアー」(第4弾)の実施が発表される。今回の特別展示は103系の見学撮影が予定されていた。8月21日の「吹田総合車両所見学ツアー」の実施・・・これはつまり廃車回送が行われるということ?これがJR奈良線の103系の最後の晴れ姿となるのか?

2022年7月27日、吹田総合車両所奈良支所で動きがあった。NS407編成、NS409編成が連結されている・・・。103系は連結されて8両編成になっていた。ついに現実となった奈良線で運用されていた103系の廃車回送。大和路線、大阪環状線の沿線でたくさんの人々が廃車回送の103系を見送った。途中103系は天王寺駅の18番線に停車する。運転士の交代である。乗務を終えた運転士が車体にトントンと触れて最後のお別れを惜しんでいる光景を見たときは泣いた者もいたとのこと。

2022年8月21日、「吹田総合車両所見学ツアー」が開催。これが奈良線103系の最後の晴れ舞台か・・・・。展示されたのは先頭車の4両だけ、既に中間車は解体されてしまったようだ。その後も、「吹田総合車両所見学ツアー」は行われて2024年1月までは奈良線の103系の姿を見ることができた。しかし、最後まで残ったのは先頭車の2両だけだった。その最後の2両も2024年1月21日の「吹田総合車両所見学ツアー」をもって姿を消した。「どこかに保存されてないのか?」そんな人々もいただろうが、既に京都鉄道博物館には103系のトップナンバー、クハ103-1が保存されている。わざわざ、さらに残すというのは現実的ではないだろう。どこかの企業が1両だけでも買い取らないか?そんな希望もほぼ奇跡レベルだ。千葉のぽっぽの丘で103系や113系があるからもしかして?と心のどこかで期待していたが、車両を移動するだけでもかなりの高額な費用がかかる。保存するにしても保守に金はかかる。

奈良線から103系が姿を消しても湖西線などで113系電車の活躍は続いていた。もちろん奈良線でも205系電車が走っていた。205系も国鉄時代の山手線で運用を開始した、国鉄車両である。2022年8月7日「自衛隊フェスタ50・70 in滋賀高島」の開催に伴い湖西線で臨時快速が運転される。充当されたのは引退が近いといわれる113系と117系であった。ここ最近はほぼ普通電車での運用だった113系、117系の快速運用での力走がしばらくぶりに見られた。しかし、いつまでもこんな状況は続かない。113系、117系についてはこちらも動きがあった。どう見ても阪和線で使われていた223系電車が向日町運転所に留置されているのだ。あれが113系、117系の後釜になるのか?

そして2023年4月1日、草津線、湖西線での113系、117系の運用が終了した。113系も117系も運用終了後はしばらくは向日町運転所に留置されていたが、2023年12月25日には最後の113系が向日町から吹田へ廃車回送された。113系の廃車回送でもたくさんの人々が沿線で見送った。京都から103系も113系もいなくなった。

103系も113系も新型コロナウイルスの騒動がなければ、もっと早く引退していたはずだった。新型コロナウイルスの騒動で国鉄型の電車に再会できたとは、なんとも皮肉な話である。これで僕の京都通いは終わるのかと思えば、そうでもなかった。前述の通り、飛行機に乗り、どこか違う環境のところに行くのは現実逃避である。またどこか心の中で103系や113系の影を追っていた。京都通いは続いていた。

実は京都駅前のドーミーインに宿泊している時に漫画コーナーにサウナの漫画が置いてあった。タナカカツキ氏の「サ道」である。タナカカツキ氏の「サ道」はテレビ東京の深夜枠でドラマ化されていた。僕が初めてドラマを見たのは2021年のシーズン2であった。俗にいう〝コロナ禍〟といわれていた時期である。「サ道」の前の番組が松重豊主演の「孤独のグルメ」であった。当時はコロナ禍で仕事もまともに行けず、雇用調整助成金で生活していたようなものだった。「孤独のグルメ」の後にたまたま原田泰造が主演の「サ道」を見た。当時は「サウナのドラマ?」と違和感があったが、てっきりテレビ東京のオリジナル脚本かと思っていた。まさか原作の漫画があったとは知らなかった。「これが原田泰造のやっていたドラマの原作か・・・・・」とサ道の1巻を手に取り読み始めるといきなり衝撃の展開が・・・・。「脳に快感物質的な」やら「副作用のないドラック」やら衝撃的な言葉が並ぶのである。確か、ドラマのサ道では原田泰造は「整った」との言葉を多用していたが、さすがに「脳に快感物質的な」やら「副作用のないドラック」という誤解を生むような言葉は使っていない。むしろよく深夜枠とはいえドラマ化できたなと・・・・・。その整うとは基本的にサウナに5分入り、水風呂に1分入り、最後に外気浴を5分行い、これを3回繰り返せば気分がよくなるというもの。スーパー戦隊でいう必殺技のような扱いである。

サウナに入る時間も水風呂と外気浴の時間も個人差がある。また個人的には血圧の上昇に伴い心臓などに負担がかかるだろうから、心臓に疾患があるとか頭痛持ちの人たちには向かないと思われる。新型コロナ対策でサウナが必要と考えていたから、僕はこの〝サウナで整う〟というのに興味を持った。京都駅前のドーミーインには漫画「サ道」が1巻から5巻まで置いてあった。

サウナはそこにある。「サ道」もここにある。サ道を見て確認しながらサウナで整うことにチャレンジすることにした。しかし、問題は水風呂である。心臓麻痺で死んでしまうのではという恐怖があった。サウナの後は生ぬるいシャワーを浴びることにして外気浴することにした。これで整えばよかったが整うことはない。次にとりあえず水風呂は足だけ入れてみた。これは冷たい。水風呂がネックになってなかなか整わない。水風呂に肩まで浸かるチャレンジするなら夏場だっただろうが、機を逃してしまう。気が付けば半年は経ち年を越していた。しかし、たまたまドーミーインの神戸元町に行ったところ、壁がなく広々としていたため、そして京都駅前よりも少し浅いような気がして、水風呂で肩まで浸かることにチャレンジしてみた。これが初めての水風呂に浸かった状態である。とりあえず、肩まで水風呂に浸かり1分だけ我慢する。今では2分程度なら水風呂に入ることができる。それまでは足だけ水風呂につけて1分だけ我慢していた。結論としては〝水風呂に入らないと整わない〟である。

サウナで整うということに人生を変える可能性を感じた僕はタナカカツキ氏のサ道の単行本を全巻買い集めることにした。そしてこの頃にはコロナ禍から抜け出している時期で京都駅前のドーミーイン宿泊代金も高額になっていて、まだ神戸の方が安かった。そんな訳で京都ではなく神戸にも行くようになった。

ドーミーインの神戸元町はコロナ禍の2021年に開業という悲運のホテルであった。しかし、さすがに京都駅前よりも断然に新しかった。こちらにもサ道の単行本があった。こちらは1巻が3冊、2巻が2冊、残りが1冊ずつと複数用意されていて気合が感じられた。そして湖西線の113系での車窓を思い出した。遠くに見える琵琶湖の景色がきれいだった。そこで景色がよければよく整うだろうと、スーパー銭湯のあがりゃんせに行き、すぐ横の「ことゆう」にも宿泊するようになった。

103系も113系もいなくなった。でも今度はサウナがメインで京都だけでなく神戸にも行き、そして琵琶湖のほとりにも行くようになった。新型コロナの騒動がなければ京都に来ることもなかった。新型コロナの騒動がなければサウナに興味を持つこともなかった。京都に来なければ、まだ103系や113系が走っていることも知らなかった。京都に来なければサ道という漫画を知ることもなかった。なんとも皮肉な話である。コロナ禍も過ぎ、以前のような日常に戻った。仕事もほぼ毎日通う。新型コロナの騒動の頃が夢のような話とは何とも皮肉である。サウナで整うことを知り、こちらの生活も悪くはない。たまに自宅の近辺のスーパー銭湯に行き、サウナで整う。新型コロナの騒動以前にはまったく考えられないことだった。京都や神戸だけでなく、琵琶湖のほとりにも行く。まるで琵琶湖の沿線を走っていた113系電車にでも導かれたかのような気分だ。サウナ、水風呂の後で外気浴をする。あれから時間が経ったけど、今でも103系や113系が走っていた頃を思い出す。

#はじめてのnote


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