種の自家採取
種は買うものだと、ずっと思い込んでいた。 F1品種が当たり前になった現代では、「種は毎年買うもの」という感覚が自然と身についていたのだと思う。
でも、よく考えれば不思議だ。 毎年、同じ場所に同じ雑草が生えてくる。誰も種なんてまいていないのに、季節が来れば当たり前のように芽を出す。 野菜だって本来は同じはずだ。種を取っておいて、翌年まけばまた育つ。 それなのに、どこかで「自家採種しても同じように美味しいものはできない」と思い込んでいた。
そんな考えが揺らいだのは、ある年のこと。 いつもの種苗屋さんで種を買おうとしたとき、店の人にこう聞かれた。
「昨年の落花生の種、ありませんか?」
その瞬間、頭の中で「えっ?」と音がした。 落花生の種って、使いまわせるの? その年は落花生が不作で、仕入れが少なかったらしい。
思い返せば、赤しそやゴーヤは“使いまわして”いた。 といっても、前年に種を落としてしまい、こぼれ種から勝手に生えてきた苗を畑に定植していただけだ。 結果的には自家採種をしていたことになる。
それ以来、少しずつ自家採種に挑戦するようになった。 たとえば──
落花生
鷹の爪
シソ(わざと種を落として翌年の苗にする)
ソラマメ
ショウガ
サツマイモ
ポップコーン
ゴーヤ
種を取るときは、形が良くて大きいものを選ぶ。 そうして選んだ種を手にすると、翌年が待ち遠しくなる。 「今年はどんなふうに育つだろう」と、無性にまきたくなるのだ。
昔、近所のおばさんが、親から受け継いださやえんどうをずっと作り続けているという話を聞いたことがある。 そのおばさんは「自分の代でこの種は終わりだ」と少し寂しそうに言っていた。 あのとき、僕も種を分けてもらえばよかったのに、さやえんどうに魅力を感じず、聞き流してしまった。 今にして思えば、ほんの少しだけ後悔している。
種というのは、ただの植物ではなく、 誰かがつないできた“時間そのもの”なのだと、ようやく気づいた。
