サッカーの記憶~キングカズ~
〜1991年 キリンカップサッカー 〜
日本代表 vs CRヴァスコ・ダ・ガマ
サッカー部のコーチと顧問、部員で西京極競技場へ日本代表の試合を観に行った。当時は、国内リーグも完全プロ化されておらず、日本のトップリーグは”日本サッカーリーグ”と呼ばれていた時代だ。
そんな日本サッカー夜明け前に”キングカズ”こと三浦知良とラモス瑠偉が、日本代表の戦列に加わった。
まさに、サッカー日本代表 がゆっくりと世界に向けて走り始めた時代の試合を観戦できたのは幸運だった。
まだサムライブルーと呼ばれる前で”赤色のユニフォーム”だった。
カズが左サイドをドリブルで切り込む。
得意のシザースを間近でみて衝撃を受けた。
「なんだ...あのドリブル」
ラモスは飄々とプレーし、予想だにしない所へキラーパス。スルーパスっていう言葉が一般的に認知され始めたのも、この人の影響大きいね。
北澤が縦横無尽に走りまわり、井原と柱谷が後ろを固めていた。
ヴァスコには、後にヴェルディ―やアントラーズで活躍するビスマルクやブラジル代表ストライカーとして活躍するベベットがメンバーにいた。
その最強メンバーを揃えるクラブチームをカズ、北澤の2ゴールで勝利。競技場は、われんばかりの大歓声で揺れていた。
この時のカズのドリブルが強烈に目に焼き付き、それ以後の日本代表の試合は欠かさず観るようになった。
やがて訪れた
ドーハの悲劇…
そして
ジョホールバルの歓喜✨
しかし、その後に待っていたのは
カズの代表落選
なぜだろう...その時、ぽっかりと自分の心にも穴が開いたような気になった。
どう考えても、”そこまで日本代表を引っ張り上げたのはカズだ!”と皆が思っていたはずだ。
調子を落としていたとはいえ、
スパッと切って捨てメンバ―外にするなんて…
私はプロサッカー選手でも監督でもないけど、あり得ない気がしてね。今の日本代表ならわかるんだけど、カズとラモスが加入する前は、代表の試合でも空席が目立つような時代だった。
そんな日本サッカーの未来を実力と実績で切り開いたのは誰なんだ?と、誰に問い詰めるわけでもなく怒りがこみ上げた。
先発落ちじゃなく、ベンチから味方を鼓舞する声を上げる事すら認められないなんて。
それでもカメラの前で愚痴をこぼすこともなく、自らの実力不足だと後に語っていた。
そして、今でもプロ選手として全力でトレーニングを続けている。
まさにキングだ!
若い世代の人は、「90分プレー出来ない選手と、契約するのか」っていう人も多いのかな?
でも、いいんだよ。
キングなんだもん。
キングって、そういうもんだろ?
リンク貼った2冊は、何度も読み返した✨
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