世界忌(BFC2一回戦堂々落選)

 世界忌    苦草堅一

 きみたち世界を彩る花になりなさい。
 この世において少年たちは、初めから少年として生まれてくる。霧の出た朝に深い森の奥からやってくることもあるし、波音が噂話のように聞こえた晩には決まって浜辺に佇んでいる。
 どこから来るかにせよ、集うところは王の住まう未然宮(みぜんきゅう)。それが予めの定めで、産湯がわりに浴びるのが冒頭の訓示である。まだ心の真新しい少年たちは、王の言葉に息を呑み、この世における彼らの使命を知る。
 絵になればそれで宜しい。
 技術者として仕える私は、この王の世についてかように理解しているし、概ねどの世もそうなっているだろうと予想もしている。選択された素材によって世は織りなされている。故意の有無は問題ではない。
 さて本題はここからで、これは一つの世を掻き乱した一つの出来事の回想であり予言でもあり、そのとき私は与えられた温室で硝子の蜂を育てていた。からだが透き通っていて、吸蜜すると小さな羽の先まで黄金に満ちていく硝子蜂。日に透かしたときの煌めきは命の輝きにも譬うと、王もたいそう喜んだ。
 少年がひとり、温室を覗きこんで、蜂の行き交いを目で追っていた。日中でも白い息がこぼれるほど寒い日で、そのとき温室には冬柑[冬柑 ルビ とうかん]という手伝いの娘もいたのだが、これが「寒そうだから茶でも」と私の裾を引く。
 しかして導き入れられた少年は、冬柑が淹れた迷迭香[迷迭香 ルビ まんねんろう]の茶には口もつけず、私に縋りついて次のように訊ねた。
「その蜂が蜜を吸っていた花の名が、どうしても納得ならないのです。陽だまりに咲いた小さく青い花の」
 それは徒然庭[徒然庭 ルビ とぜんてい]の隅で密かに咲く花で名前をヒソミグサ。わたしも好ましく思っていた花だ。ところが名を教えても、少年はゆるゆると首を横に振る。
「本当の名前ではありません」
 少年にしても、本当に少年ではない。少年と呼ばれてはいるが、考えながら観察すれば正体は不明だ。目鼻立ちも全身の輪郭も人間のそれだが、総体としては決まった像を結ばない。王が少年と名付け、私たちも少年と呼ぶがために彼らは少年だが、捉えようによりけりで例えば猛々しい円でもある。彼らはありとあらゆるものだと私や冬柑は了解しており、その事実が冬柑を凶行に走らせた。
 冬柑は少年の耳元に赤い唇を寄せた。
「美しいままでおればよいものを。私が冬柑であるこの治世で、誰が秋海棠[秋海棠 ルビ しゅうかいどう]をベゴニアと呼んで喜ぶかしら。名と世との蜜月を、お前の存在を以って知るがよいわ」
 冬柑は少年に名を与えた。いかなる名とされたかは不明だが、結果として、少年は同日の夜半に消えた。伝え聞くには旋風[旋風 ルビ つむじかぜ]になったとか。
 数日して、冬柑が未然宮の広場に徹宵で陣を引いたというので騒ぎになった。それは世のための素材を呼ぶ召還の陣で、たかが手伝いが小賢しくも何の真似かと嘲る群衆を押しのけて、私は黒山の最前線へ出た。
 冬柑は晴れがましい顔つきをしていた。
 陣が光り、天から、恐ろしく太い一本の棒が垂直に降って、石畳を割って突き刺さった。棒の反対の突端は青空に吸い込まれて見えず、ずっとずっと宇宙へも続くものと思われた。棒には白地に赤と青の縞が交互に走っており、それを見たとき頭の奥で栓が抜けたような音がして、思考回路がおかしな場所に繋がったのが終わりの始まり。
「おっ、床屋の回転灯っぽいな」
 ピンと来るなり地が割けた。
 床屋の回転灯という語彙は未然宮には存在してはならなかった。一度やってしまうともうダメ総崩れ、超獣バキシムの登場みたいに(分からない方は検索を)天までひび割れて、世の端から闇が押し寄せてくる。
 まだ間に合うんじゃないかと思ったのか官吏が進み出て棒に問いかけた。
「貴殿は何か! 狐狸妖怪か!」
 すると上から人を馬鹿にしたような裏声で、
「僕は、棒高跳びマンだよ~」
 こんな奴が来たんじゃ回復はできない。白けた空気が世界に走る。王がマントを翻す。退陣だ。次なる世をまた書き出すだろう。今度こそ愛すべき庭を作るのだ。理科室とか鉱石ラジオとかいいよな。汝ら此の世の花となりたまえ。
 さて、仕舞いになった真暗闇に、たった一本まだ立っていた棒が、やがて斜めに持ち上がる。その尻に冬柑が飛びついた。
「私の本当の名前はブゲバロ! ついぞこの名でこの世に立つことはできなかった!」
 少年と私が好んだ路傍の花の名を、オオイヌノフグリという。今ならば易々と口にできた。犬の玉袋です。
 硝子の蜂が飛ぶ世に拒まれたもののあることを、あの夜、少年は理解して消えたのだろうか。冬柑の苛立ちの意味を。
 なんか、いいがかりだよな、と私は思った。
 無理に決まってるじゃん棒高跳びマンとか。どこに持ってっても扱いきれないよ。
 一方で、あらゆるものを受入れそうなのに、実は並び立てない存在がある幾つもの世へのむずがゆさがどうしても消えない。こんなに痒いのは私だけに違いないと分かっているが俺は分かちあいたい気持ちで一杯だった。皆とっくに乗り越えてたら恥ずかしい。
 棒高跳びマン、寂しいか。そうでもないか。なさそうだな。かくて世は次々と生まれる。納まるものを納めながら世は生まれる。そういうものだと心から思っている。
……嘘! 一行も書けなくなれ! (了)

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