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【短編】『コンピュータが見る悪夢』(転編「計画」⑥)

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コンピュータが見る悪夢
(転編「計画」⑥)


 警察本部の建物は空高く聳え、まるで金融ビジネスで成功したかのような佇まいを見せていた。入り口の自動ドアを抜けると、目の前に大きなフロントデスクが現れる。デスクは弧を描き、その上に男警官二人が腰を掛け、話に花を咲かせている。サムはそっと背後に近づき、一言発した。

「あの――」

 二人組はサムの声に気づくことなく永遠と話し続ける。

「すみません!」

 左に座る男が軽くこちらに首を傾けると、話が止まった。サムの身につけたスーツの上にあるバッジを一瞥すると、表情がやや硬くなったのが見えた。しばらく無表情のままこちらを睨み続け、すると突然鼻で笑った。

「FBIさんがお出ましとは珍しい。空でもFlyしてきたのかな?」

 嫌な警官に出会ってしまった。言葉だけでなく体臭もきつい。

「いえ、空なんて」

 話を軽く流そうとしたが、余計に男はこちらを揶揄したがった。

「あるいはそのバッジが空をFlyしてきたのかな?」

 どうやら上官が言っていたことは的外れだったようだ。FBIが警察を見下しているのではない。警察自身が自分たちを卑下しているのだ。まるで故郷を一度も離れたことのない農夫が、久しぶりに帰郷した都会人をバカにするかのように。きっと組織の中で代々そういうふうに教育を受けているのだろう――一度平等社会に慣れてしまうと話のネタが尽きてしまいかねないと。

 サムは愚痴を胸に留めながら、冷静を装って男に言葉を返した。

「お邪魔にならない程度でお願いがありまして――」

「お願い? ボーナスでもほしいのか?」

 サムは苦笑いを見せながら答えた。

「今回のグレン・モリスの事件で確認したいことがあり――」

 二人はゆっくり顔を見合わせると、気だるい様子のまま再びこちらを振り向いた。右に座る男が壁に貼られた構内図を指さした。

「十五階の尋問室にいる」

「ありがとうございます」

 サムは二人に嘘のように礼儀正しく挨拶をしてから、誰もいないエレベーターへと急いで逃げ込んだ。あの空間にいると嫌な臭いがついてしまう。ドーナツとコーヒーしか摂取しないというのは本当なのかもしれない。しかし妙だった。グレン・モリスの名前を出した途端に、空気が一変したように感じた。何か不幸なことでも起こったのだろうか。

 十五階でエレベーターの扉が開くと、目の前に再びフロントデスクが現れた。今度は身だしなみの良い女性警官が凛とした姿勢で座っている。

「グレン・モリスの事件で――」

「ご予約は?」

「してません」

「身分証のご提示と、お顔のご登録、そして訪問理由のご記入をお願いします」

 案外、中には簡単に入れそうだった。公共安全分析課のカードを見せ、顔認証登録を済ませた後、素早く名前と要件、日にちを画面に入力した。訪問記録を見る限り、グレン・モリスの事件で訪問しているのは自分が初めてのようだった。

「あの、この事件、何かあったんですか?」

「どういう意味ですか? 何かあったから事件なのではないですか?」

 この女も皮肉的だった。だが、それはある意味で真っ当な回答でもあった。事情は中に入って確かめてみるしかない。通路の奥には扉がいくつも設置され、中は白い壁に遮られて見えないようになっている。すべて尋問室なのだろうか。だとすると、ボンクラ官僚が効率という言葉を知らないか、あるいは警察が昼夜問わず犯人と思しき人物を招いては罵声を浴びせていることになる。どちらにせよ警察本部が、異質な場所であることには変わりはなかった。

「何番の部屋ですか?」

「少々お待ちください」

 女はしばらくフロントデスクの大きなモニターと睨めっこをしながら、マウスを前後左右に動かしていた。グレン・モリスと打てばすぐに出てくる仕様ではなさそうだった。閲覧室にあるホモシミュレーターを使えば一秒と待たずに結果が出るだろう。気がつくと、クリック音はしなくなっていた。

「一五〇九号室です」

「ありがとうございます」

 透明な扉が自動でスライドすると、中から何人もの人が歩いている光景が映った。スライドしたのは、透明な扉などではなかった。むしろ、人を透明にする扉だった。警察本部も、ある程度の資金力はあるようだ。人を認識して画面から消すという技術。これがなんのために使われているのかはわからなかった。防犯なのだろうが、それがいかなる効果をもたらすのか。サムの頭には再びボンクラ官僚の顔が浮かんでいた。

 行き交う警官を避けながら一五〇九という数字を探していく。通路のちょうど中央あたりにその部屋はあった。入り口の小さなモニターに顔を近づけると、扉が素早く開く。中に入ると、三人の警官がガラス越しに犯人を観察していた。この部屋は職員専用の部屋のようだ。彼らの正面に、あのフィル・ウォーカーがいる。サムが知りたい情報はすぐ目の前だった。三人の警官が同時にこちらを振り向いた。その中の位の高そうな男がすぐさま口を開いた。

「誰だ」

「FBI公共安全分析課のサム・スコットです。犯人についていくつか確認したいことが」

「FBIか。よかろう」

「ありがとうございます」

「一応こちらの管轄だ。限度を超えた質問は差し控えてもらうぞ?」

「もちろんです」

 まだ話の通じる警官がいることに安堵した。警官の前に佇む台の上には細い筒状のものが突き出していた。尋問官との連絡をとるためのマイクのようだ。窓の向こうに視線を移すと、そこに犯人の姿があった。パイプ椅子とテーブルに手錠を繋がれている。しかし、どこか不自然だった。閲覧室のスクリーンで見たような若さはまるでないのだ。肌は褐色で顎には黒い髭を生やしている。サムは咄嗟に質問を投げた。

「犯人の名前は?」

「聞いてないのか? ダグラス・ガルシアという男だ」

「ダグラス・ガルシア? フィル・ウォーカーじゃ?」

 サムは頭の中であらゆる思考を巡らせたが、その結果は良いものではなかった。なぜフィル・ウォーカーがここにいないのか。本当にこの男が犯人なのか。何が本当で何が間違っているのか、判断がつかなかった。ダグラス・ガルシア、初めて聞く名だった。自前のホモシミュレーターのない警察たちがどのようにしてこの男が犯人であると推測できたのか。また実際に逮捕まで至ったのか。サムには全く理解できなかった。

「どうやって犯人を?」

「ははあ、気になるか?」

 男は試すような目で――まるでFBIより警察の方が優れていることをこれから披露するかのように――こちらを見た。

「身元を突き止めるのは簡単だったよ」

「でもホモシミュレーターとの接続が――」

「彼は英語を話せないんだ」

「英語を? アメリカ人ではないと?」

「ああ」

 男がなぜそう言ったのか、サムは疑問に思った。アメリカ人でないから身元を突き止められた。そう言っているようにも聞こえた。外国から入国する者は皆、プラズモグラフィア(電子寄生虫)を摂取することを義務付けられている。国民、外国人関係なく、アメリカ政府は犯罪撲滅のために国内にいる人間全てを管理しようとしているのだ。確かにホモシミュレーターの出す犯罪予測に、外国人が浮上するケースは多い。しかし、この犯人のプラズモグラフィアは見検出となっていた。ふと、サムの頭に微かな光が芽生えた。

 いや、だから見検出だったのか。

 どうやらこのダグラス・ガルシアという男は、「移民」のようだった。それもただの移民ではない、「不法移民」だ。入国時にプラズモグラフィアを摂取していなければホモシミュレーターも感知することはできない。ようやく散らばった情報はサムの頭の中で綺麗に陳列された。

「不法入国者ですか?」

「そうだ」

「でも尚更見つけるのが難しいんじゃ?」

「簡単だったよ。彼は自首したんだ」

「自首・・・・・・」

 この事件は何の不可解さもない、ただのありふれた殺人事件のようだった。唯一不可解なところがあるとすれば、なぜ犯人が自首したかだ。さもなければ完全に警察からもFBIからも逃げ切れたはず。では、フロントデスクに座っていた警官二人の顔が曇ったように見えたのは一体・・・・・・。隣にいる警官が何かを隠しているようにも見えない。人の行動や表情、仕草一つ一つに意味があると銀行員の頃から考えその企みを暴いてきた。しかし今回ばかりは勘違いのようだ。この事件は、単に意志と目的を持って実行された殺人なのだ。

 つまり、殺人衝動とは関係ない、ということになる。しかし、どうもサムの頭の中で、あることが引っかかって仕方がなかった。それは閲覧室で発見したフィル・ウォーカーという若い警官のことだった。結局グレン・モリス殺しの犯人はこの若者ではなかった。しかしホモシミュレーターには確実に通信エラーと表示されていた。仮に、彼がまだ解決されていない殺人衝動の事件の犯人だとするならば、一体誰を殺したというのか・・・・・・。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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