楽曲の百人一首 第十首 蝉丸
蝉丸の考察
小倉百人一首の選者が厳選した第十番目の第十首に蝉丸が登場します。
現代において出自が不明とか謎が多い人物が十番までに登場するのは意味があると思います。
当時の貴族階級の人にとっては説明が不要なほど当たり前の人物たちだと思います。
さて、蝉丸は琵琶法師ですね。なので琵琶法師の蝉丸という群像を追ってみました。
今回は解説しません。歌を作りましたので歌詞からくみ取っていただければと思います。
気になる歌詞の言葉の関連を調べてみるのがおすすめです。
「歴史を読み解く」や「神道を自らに照らし考察する」の過去の考察を読んでいると見えてくる背景があると思います。
これは都より
東へ下るひとも、また都へと帰るひとも、
顔馴染みのひとも、見知らぬひとも、
出会い別れまた出会う
まさにこの名の如し、逢坂の関とはかようなものか。
これやこの ゆくも かえるも わかれては
しるも しらぬも 逢坂の関
これやこの ゆくも かえるも わかれては
しるも しらぬも 逢坂の関
第十首 蝉丸
筑前の橘の玄清法印、
比叡山にて琵琶を奏で、経を唱え、供養し、
その地に根本中堂が建つ。
藤原継彦の子、貞敏。
唐より琵琶の秘曲と琴を携えきたる。
仁明天皇の第四皇子、
源人康親王、目は見えねど耳は冴え、
琵琶の妙手と成りぬ。
彼こそ琵琶法師の祖、天夜尊なり。
琵琶にて奏でるは、
色艶やかな響き、
秘曲にして口伝の物語なり。
蝉とは、日暮 。
かな、かな、かな と、恋しさと悲しみを奏でる。
蝉とは、川蝉。
越の國の翡翠、
息長の鳰鳥、
キネレトの琵琶。
「丸」とは「麻呂」。
九つのゝ、九ゝ(口伝)の継承。
巨勢麻呂、藤原玄上のむすめと、文範。
小野宮の関町小町と、大江惟章。
琵琶を学び、しがらみを捨て、
鳰海の畔、逢坂の関の庵に住まう。
醍醐天皇の御子、源博雅、
逢坂の蝉丸のもとに、三年通い続けて、
ついに琵琶の秘曲、
流泉、啄木を得たり。
これやこの ゆくも かえるも わかれては
しるも しらぬも 逢坂の関
これやこの ゆくも かえるも わかれては
しるも しらぬも 逢坂の関
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