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情報に飲まれて、気づけば「私に合わせてよ」になっていた話

前回の投稿から、気づけば12日も空いていました。

意図的に「休もう」と決めたわけではないけれど、
なんとなく軽いデジタルデトックスをして、
noteも含めてSNSは最小限の閲覧にしていました。

理由はシンプルで、
「あれ、最近ちょっと自分が攻撃的な思考になってない?」
そんな違和感を感じたから。

きっかけは、解散総選挙。

本来、意見が分かれるのは自然なことだし、
それぞれの立場、それぞれの正義があるはずなのに。

流れてくる情報を見ては
「いや、そうなの?」
「それ、違うんじゃない?」

そんな反応を頭の中で繰り返しているうちに、
いつの間にか私は
“考える”よりも
“ジャッジする側”に

立っていました。

何が正義で、何が悪なのか。
それを自分の目線・自分のタイミングだけで決めようとしていた。

情報を入れすぎると、
知らず知らずのうちに「私目線」が強くなる。

そして気づきずらい、
「私に合わせてよ」
という思考が、態度や言葉に滲み出てしまう。

自分はそんなこと思ってない!
と実は深く根ざしてる、誰か中に潜む小さな威張りん坊。

小さな威張りん坊は、「私に合わせてよ」をチラつかせる。

これは仕事場でも、家庭の中でも、
とても起こりやすいことだと思います。

正論で裁く。
正しさで捌く。
行き過ぎると、それは“対話”ではなくなってしまう。

一方で、無関心がいいわけでもない。

「どうでもいい」
「考えるのが面倒だから」
そうやって自分の意見を引っ込めてしまうのも、
どこか違う気がする。

思い出したのは、
昔、どうしても合わない上司のもとで働いていた頃。

「上司が言うことだから仕方ない」
「波風立てるくらいなら、黙っていよう」

あの頃の私は、そうやって
“考えない”という選択をしていました。

でも今振り返ると、
それもまた一つの「私に合わせてよ」だったんだと思います。

相手の視点を見ようとせず、
自分の中で勝手に線を引いていた。

環境が変わり、立場が変わり、
いろんな経験と学びを重ねた今だからこそ、
ようやく見えてきた視点です。

デジタルデトックスは、完全じゃなくていい。

ただ、
「あ、いま引き込まれそうになってるな」
「ちょっと世界が狭くなってきてないかな」

そう感じた瞬間に、
ほんの少しだけセーブする。

情報から一歩引いて、
自分のフェーズと、相手の視点を切り分けてみる。

正しさを振りかざす前に、
「これは本当に今の私の課題?」
そんな問いを挟んでみる。

在り方って、
大きく変えようとしなくてもいい。

こういう小さな“間”を持てるかどうかで、
思考も、関係性も、ずいぶん変わる気がしてます。


在り方は、
「何を選ぶか」よりも、
「どの視点で見ているか」に表れます。

フェーズが変われば、
正しさの形も、受け取り方も変わる。

月曜日は、
自分の立ち位置と、無意識の思い込みを
そっと見直す日。

今週も、あなたの「在り方」はどこにありますか?


今日も最後まで読んで頂きありがとうございます!
ちょっと投稿お休みしてもスキやフォロー頂いて
本当に感謝です!!!


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