ウサギの校舎 4話
(カウンセリングルーム?こんなところを頼みにするほど、俊郎は悩んでいるの?)
私には、不安になる必要なんて無いと言っていたのに。静は、自分が学校側の排除を検討される立場であるという疑いを捨てたわけではない。けれど、この二日間の調査で、「確定事項」では無いからこそ、こんなふうにややこしい事態になっているのでは無いか、と考えていて、曖昧な仮説のなかでも確からしいことのように思われた。
確定事項を覆すことは難しくても、「評価の最中」なら、いくらでも振る舞い方がある。教師が「排除対象リスト」から外すような行動を、心がければ良い。
胸中は複雑だった。俊郎の心の憂さは自分でなんとかするべきだという気持ちと、もしかすると、あの明るい俊郎の、メランコリーの引き金を引いたのは自分かもしれないという罪悪感。
彼が昨日、何に引っ掛かり、何を悩んでいるのか、聞けないだろうか。静は入学して初めてのカウンセリングルームに入った。ドアから向かって両側に各五・合計十のブースがあった。不透明のガラスで区切られている。ドアの横に、使用中のブースを示すダイオードが赤く点灯している。
意外だった。
そこを無意識に避けて、対角線に位置するブースを開いた。
席に着くと、眼前のモニターが明るくなり、「問診表を記載してください」と表示された。
名前やクラス等を入力すると、
「何を悩んでいますか?」
ずらりと項目が表示された。
授業の事、寮の事、食事の事、体調の事、人間関係の事。
大項目を選ぶと、中項目、中項目を選ぶと小項目が表示される。
一見してどれほど細分化されているか分からず、しばらく項目を行きつ戻りつした。
そしてギクッとした。
「学校生徒の死について」
こんな項目があるのか・・・。しかし、ミステリー研究部はこの件を煽ったために、先生から罰則まがいの課題をふっかけられている現状とあって、先生サイドが自ら相談に乗ろうという姿勢を示しているとは思わなかった。
静はその項目を押した。
のどかな民謡が数秒流れた後、スピーカーから声が聞こえた。
「初めまして、コード番号〇〇。私が貴女の担当です。」
静は初めて、この学校に入学して以来、初めて、IDコードで生徒を区別する教師に、違和感とほんの少しの屈辱を覚えた。
「あの、初めまして」
「コード〇〇は、人間関係の、部活等での人間関係の、(カテゴリー略)生徒の死について、悩んでいるんですね?」
「はい・・・と言うか、その」
「なんです?」
「ええと、まず、コード〇〇(花)が殺されかかった状況を詳しく教えてほしいんです。それとも花自身も関わって、殺人未遂状況は作り出されたんですか?問題を出したからには、ご存知ですよね?」
「まあ。コード〇〇。それはいけません。回答期限前に正答を聞こうとするなんて。堂々としたカンニングだこと。ふふ」
「そうは言っても、ヒントが少なすぎます。いくらなんでも」
「ふふふ」
ここがカウンセリングルームであることと関係しているんだろうか。
スピーカーの声は、間延びしていて、話し方にも芝居がかったものを感じる。
静はイライラした。
「じゃあ、花はここを利用した事がありますか?この、カウンセリングルーム」
「まあ、相談に乗りたいのは山々だけど、それには答えられません。利用者の悩みを他生徒に話す事は、禁止されています」
「はあ・・・分かりました。じゃあ、質問を変えます・・・。死ぬ生徒に、共通点はあるんでしょうか」
「共通点?」
「その事で、友人がとても悩んでいるようなのです。私もそれが気になってしまって。その理由が、ドットを繋げる線になりはしないか、と」
「貴女はそれを調べるために、ミステリー研究部を作ったのではないの?」
「すべて推測。ミス研はただの遊びです。私が聞いているのは、友人の悩みを解決するために必要なことで、こちらの方が重要です」
「へえ、他の生徒のために動くなんて、優しいこと」
これは褒め言葉ではなく、嫌味なんじゃないだろうか。なぜ、そんなふうに感じるんだろう?
これは「肉声」だ。AIや録音じゃない。背中に冷や汗がにじんだ。そして、静は、静の相談に乗っているというこの女性を、スピーカー越しに「不快にさせている」。
ややあって、スピーカーは言った。
「共通点、と言いますが、何らかの悩みで自ら命を絶ってしまった者。そして不幸な事故にあってしまった者。不運以外の共通の『死ぬ条件』などありません」
不運。
畳みかけるように言う。
「私たちの力及ばず毎年悲しい事件が絶えないので、生徒たちに不信感を与えてしまう事も、仕方ないと思っています。けれど、体制に万全はありません。あなた方生徒の声に応えて、改善には力を惜しまない所存ですので、許してくださいね」
「・・・あの、では、もう少し具体的に相談させてください」
「なんです?」
「記憶障害との関連はありませんか?」
「術後の記憶障害の事でお悩みですか?では、一度通信を切ります。校医担当分野になりますので、もう一度項目を選び直してください」
これは、切られたら話を有耶無耶にされるだけだ。
「あの、違うんです。たとえば先ほど言っていた『何らかの悩みで命を絶ってしまった者』の事ですけど、それは、記憶障害で悩んでいた、という事はありませんか?」
あるいは、記憶障害を起こした者が排除されている、という疑いは伏せた。
「なぜ、そのように思うんですか?」
それが何故か詰問のように感じ、静は言い淀んだ。
「なぜって・・・深い理由はありません。ただ友人と記憶障害の事を話した時、突然様子がおかしくなったから。さっきココに訪れていた人です」
「そうですか。とても友だち思いで、本当にイイ事ね。けれど、利用者の悩みを他の生徒に話す事はできません。お友達に、直接聞いてはいかが?」
静としては、話題を急所に近づけている手応えは感じるのだ・・・。しかし、その距離を推し量ってか、だんだん、それに応える声が警戒を示しているのも感じ取れた。話を確信から逸らそう、という意思。
「先生。ではお伺いしたいのですが、先生は、本当に生徒の事を想っているんですか?もし仮に、先生が秘密裏に自分たちの意にそぐわない生徒を間引いているとして・・・それを本気で疑った生徒はどうなるんですか?私、最近・・・先生、あなた達が、生徒に反抗を許さず、生徒の生殺与奪の権利を握るため、わざと生徒から記憶を消したり、自分たちは姿を表さないのではないか、と、そんなふうに考えてしまうことがあるんです・・・。けど、そんなのっていくらなんでも」
沈黙。
「先生」
長い沈黙。
「先生」
「ふふ。あははははは」
静はゾッとした。
「先生。何が面白いんですか。あの、私はただ」
「いいえ・・・想像力がたくましい。さすが、若いだけありますね。けれどそんな事は無いですよ」
「・・・そんなことは、無い?そう、ですか」
「さあ、そろそろ時間ね」
「それだけですか。他に『弁明』は」
「まあ、なんてこと・・・貴女の悩みは深刻ね」
「だって、先生方が生徒にどれだけ不誠実であっても、私たちには抗う術がありません。不公平じゃないですか」
「そんな事ありません。仮に、仮にですよ。私たちがあなた方生徒に嘘を吐いたから、なんだと言うのです?あなた方に、日々豊かな生活を送れるだけのモノと教育を施しているのは?私たちです。多少の不誠実くらい見て見ぬフリをするのが、大人への一歩ではなくて?コード番号〇〇〇。僭越です。」
静は席を立った。
学校では何不自由なく生活できたが、生徒同士が名前で呼ぶ事を禁じられていた。
もちろん静は名前を憶えていなかったから、コード番号で呼び合う事を、ハッキリ不快に感じた事はなかったけど。今、この瞬間までは。
「コード:〇〇。話の途中ですよ。戻りなさい」
静は無視した。
「《犯行》的な子ね。ペナルティです。コード:〇〇〇」
「なんですって?」
静は既にカウンセリングルームの戸を開けていた。
再びスピーカーの方を見るのと、部屋の外に踏み出した一足が、どさっと突然静の前に倒れてきた何かを蹴ったのと、同時だった。どうやらドアの前に立てかけられていた何かが、静が開けたことでバランスを崩したらしい。
足元を見た。
それは瞳孔の開いた爽の死体だった。
静は思った。
早々に三日目になってしまった・・・。
もちろん、思いだせる限り生きてきた中で最悪の気分だ。
全校生徒は校堂に呼ばれて、爽へ、黙祷を捧げた。それで終わり。
しかし花と違い、静は爽の死体を、見た。瞳孔が開いていたのは、廊下が既に補助電灯以外消灯していて薄暗かったからかも知れない。しかし呼吸は止まっていた。
それを確認してから、静自身がエマージェンシーコールしたのである。
短い黙祷の間、静は俊郎を探した。
表情に翳りはあったが、それほど思い詰めた風でもない俊郎の姿を見付ける事ができた。彼は、カウンセリングを受けて、いくばくか落ち着いたのだろうか?
逆に静の方が追い詰められた形になってしまっているが。
昨晩は、カウンセリングの先生が言った「ペナルティ」ということばに思いを巡らせていた。
「ペナルティ」とはつまり、静の眼前で爽が死ぬことなのだろうか。それは、今日、ミス研のディスカッションでは、静が犯人であるという疑惑を深める・・・事なのではないだろうか。
結果、花の事件にいくらそれらしい推理をしても、皆聞く耳を持たなくなってしまう。つまり課題の失敗を意味する。全員の成績にヒビくだけなら良いが、静の心配が的中すれば、静は死ぬ。
もちろん、花の事件にも爽の死にも、静は関与していない。
にも拘わらず、だ。
昨日は結局、花の事件について進展させることが出来なかった。
昨晩のカウンセリングルールでの出来事を、誰に話して協力を乞えば良いだろうか?けれど、余計に事態を複雑にするだけでは?気鬱は深まり、自分がどんどん自ら死に近付いている気がした。
校堂を出るところで、静は俊郎に手を掴まれた。
「ちょっと」
校堂の裏門近くに呼び出された。
「良かった。また私と話してくれるのね」
「話さないなんて、言ってないだろ・・・」
間近で見る俊郎は、やはり顔色が悪かった。
「何か用?昨日様子が変だったよね」
「ん、ああ。その事と関係無いんだけどな。ん、あると言えばあるか」
歯切れが悪い。
「どうしたの?」
「俺、爽を殺した」
静は目を見開き、数秒固まった。
「なぜ?」
「爽の方が絡んできたんだ」
俊郎の話はまとまっておらず、分かりにくかったが、つまりこういう事らしい。
俊郎は動揺していた。
静が記憶障害を起こしていた事に。
明るいムードメーカーとして振る舞ってきたが、実は入学当初から俊郎にも同様の劣等感があった。
成績こそパッとしないものの、存在感のある静の事が気になっていた。彼女の泰然とした立ち居振る舞いは、きっと胸のうちになんの不安も無いからに違いない。
そう考えるうち、俊郎は静に惹かれていった。
ミステリー研究会の活動には興味は無かったが、不審死する生徒の条件は知りたかった。けれど、静を中心に集まるメンバー、七海はともかく才女の美香が静を気にする理由、不審死を話題にすればするほど風当たりがキツくなるミス研、そして、今回の特別課題で、ある疑念が浮かんだ。
集まった部員全員には、何かしら「不審死に関わる共通点」があるのでは。それが、俊郎も不安に感じる記憶障害である。けれどそれは、静がそうでなければ、俊郎の杞憂に終わる。それをハッキリさせる勇気はない。どの道、誰か「排除の対象」か、その一つの条件を確定させても、「必ず排除されるかどうか」までは分からない。
俊郎は深入りする前に、静にミス研を捨てて欲しかった。
すると、どうだろう。
静はまるで俊郎の気持ちを読んだかのように、「記憶障害」の事を口にした。
ひょっとしたらミステリー研究会とは、思ったよりヤバい連中が集まり、虎穴を突き回すような事をしているのでは・・・。
疑念が膨らみ、昨日は珍しく自分の気持ちを制御することができなかった。
藁をも掴む気持ちでカウンセリングルームに入ったが、実はこの時点で、俊郎は(俊郎自身のことばを借りるなら)冷静になった。
相談している間にバカバカしくすら感じられ、適当に相談を打ち切った。
部屋を出たところで、爽に呼び止められた。なぜか怒っていた。
これも、俊郎自身のことばを借りると、彼女は俊郎に因縁を付けてきた。
静一人が負うべき責任を連帯責任にされるのはオカシイ、とか、花の事件は静と俊郎がグルになったのではないか、とか、そういう事を言われた。
爽の様子から、話し合いは無理と早々に判断した俊郎は、爽を無視して行こうとした。すると事態が変わった。
「待ちなさいよ」
爽はなぜか、カッターを持っていた。
何が爽を突き動かしたのか、今を以て分からない。けれども俊郎とて、みすみす刺されるワケにはいかない。爽をいなしカッターを取ろうとした。
爽は執拗で、しかも俊郎に力では敵わないと分かると、凶暴になった。
「爽は普通じゃなかった。組み敷いて首を押さえつけたんだ」
「どうして、すぐエマージェンシーコールを鳴らさなかったの?」
「気絶させようと思っただけだ。事実、俺は動かなくなった爽を見ても、死んでいると思わなかった。いきなり言いがかりを付けられて、俺もムシャクシャしていたし、昨日の事もあって、柄にもなく落ち込んでいた。ほんのちょっと痛めつけたつもりだったんだ。数秒じゃなくて数分だったのか・・・爽が死ぬほど押さえつけたなんて、思わなかったんだよ。今もそうだ」
俊郎はこめかみを押さえた。
静は、両拳を握りしめた。
「もういいだろ」
俊郎は言った。
「何が、いいの?」
「課題はむちゃくちゃだ。もう条件は満たせない。この件が終われば、美香と三郎も辞めるだろうし。もういいだろ、ミス研なんて。このへんで、ケツまくろうぜ」
「俊郎は気にならないの?誰が花を殺そうとしたか」
「別に」
「私は・・・私は知りたい」
「え。なんで?」
「なんでって。気になるって・・・それだけ」
「やめとけよ」
「どうして?ひょっとしてカウンセリングルームで何か言われた?」
「な」
俊郎は凍り付いた。
「やっぱり、そうなんだ。根性無し・・・」
「なんだと?俺が根性無しなら、お前はバカだ」
静は、俊郎との話を一方的に打ち切り、湖畔へ走り出した。
「どうなっても知らないからな」
俊郎のことばが追いかけてくる。
そうだ、俊郎の言うとおりなのだ。
この課題の正解は、おそらく課題を投げ出す事だ。昨日、カウンセリングルームに行って、分かった。生徒が踏み込んではいけない領域がある。静は、それを侵しかねない人間だと分かったから、「排除対象」になりかけているのだ、と。静が間違っていたとしたら、それは、正しい情報、学校の裏も表も知ることで、教師と対等な立場に近付けると、そういう期待を抱いていたことだ。
彼らにその気はない。むしろ、「記憶が無く、交渉対象が目の前にいないにも関わらず、そういう革命的な考えを実行しようとする人間」こそが、排除対象である。
「・・・」
管理体制を維持すること。そのため不穏分子は、芽が出る前に摘む。これが学校側のメリットだ。
シンプルで、分かりやすい・・・。
爽と俊郎の一件のように、生徒間の揉め事で、花が殺されかける。おそらく静か俊郎、あるいはその両方・・・もしくはもっと多くの人間が「排除候補」として教師にマークされていて、学校側は、生徒を排除するべきかどうか、測る。
それは校則として公開されることのない、けれど、確かに存在する学校のルールだ。テストの結果「不合格になった」と感じた生徒は、無気力になり、死ぬ。
「・・・」
ぎゅっと静は拳を握った。この考えからいくと、排除され得るのは、衝動的に爽を殺した俊郎ではなく、「こういう事態」になって、なんとか死を免れないか、教師の裏をかけないか、考えている、静の方だ。
教師陣から教わっていないこと。これからも教わらないこと。知ってはいけないこと。それを「分かりません」と言える生徒こそ、先生たちにとっては「伸び代がある」生徒。
悔しくて涙が出る。
生徒らに見えないところで、高笑いする教師陣にも腹が立ったが、それより何より腹立たしいのは、おそらく生徒の中にいる「犯人」だ。事件の性質を考えると、爽の一件のように、被害者が「花」である必要はない。不穏分子をあぶりだす誘発剤のようなもの、もしくは、学校側の「魂胆」を分かりにくくするカモフラージュのようなもの。狡猾な教師たちは、花と「犯人」の確執を利用して、ミス研を試している。ということは、学校側と取引できている点で、犯人は頭一つ抜きんでている。静らに、教師にとって都合の良い「誤答」を促す犯人がいる。その犯人は、協力の見返りに教師から何かを得たんだろうか?
ひょっとして、知りたいことを知り得たのだろうか。もしかしたら、犯人は、はじめから静とは格の違う、教師と対等の立場である生徒なのかもしれない。
悔しい、悔しい。
叫び出したい気持ちをぐっと押し殺した。
落ち着いて、考えよう。
どうするか、考えよう。
静の頭の中に、午前の授業を受ける気は既に無い。砂利を蹴って走った為に、靴に入り込んだ小石が不快だ。靴と靴下を脱いだ。
そうだ。
裸足になり、不意に思い付いた。
それは考えとも呼べぬ幼稚な神頼みだった。
昨日のカモメの死体が、撤去されず、湖にも攫われず、まだあそこにあったら、続けよう。花の事件の真相を暴く。
