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ウサギの校舎 3話

 校堂の湖畔が広がっている。湖の生態系にも赤と青の境界があり、平衡領域の最短経路に校堂は建っている。いや、おそらく意図してそういう作りにしたのだろう。
下水道処理施設や荷物の受け渡しの為の販路、課外活動や生徒たちの憩いの場。 この湖無くしては、学校生活が成り立たないと言えるほど、存在意義がある。
人気の少ない湖畔を目にして、静はふと、水の冷たさと藻のからまる裸足を思い出し、やりたくなった。
しかし、遊びに来たわけではない。
「ねえ、美香が私に秘密にしていることって何?」
「・・・・・・」
俊郎は何も言わない。静は焦らそうとされている事に苛立ちを覚えた。けれど、彼が話し始めるまで待つことにした。
「その前に聞きたいんだけど、静はなんで俺と付き合うことにしたの?」
「なんでって」
そっちが告白してきたんでしょう、と、言うべきだろうか。いや、今、それは良くない。
「好きだからだよ。それ以外に理由は無いでしょう」
そう、好きだから。それ以外に必要ない。男と女にことばは要らない。
「違うだろ。お前が俺と付き合っているのは、それが必要なことだからだ」
「必要なこと?」
思いがけないことばだ。けれど、的を射ているように感じる。やはり鋭い。今日の俊郎が冴えているだけか。それとも普段、お調子者も仮面の下に、素顔を隠しているだけなのか。
「あのな、ひとつ言っておくけど、俺はお前が思うほど美香に興味はない。それに、俺はお前のことが好きなんだ。真剣に」
「さっきから。何が言いたいの?よく分からない」
「それは俺のセリフなんだよ。お前が心配なんだ」
ドキンとした。
「え?」
「だから、俺はお前のことが好きで、ちゃんと見てる。そりゃ、セックスは良くなかったかも知れないし、静はまるで強要されたように感じているかも知れない。けど、それだけじゃないってことさ。なあ?」
「ええと」
「よく見てるだろ?俺は」
「う・・・うん。そうね。」
「昨日から、なんか変なんだ、お前は。もともと、ちょっとおかしかったけど、それは良いんだ。お前の良いところだから。でも昨日から、変なところが際立ってる。もともとお前が、俺と付き合った動機は、学校に馴染む、それだけなんじゃないか?」
「そんなことは・・・。確かに付き合い始めは・・・俊郎が強引だったから流されてしまったけど、今はそれだけじゃないよ」
「・・・そうか。それなら良いよ。じゃあ頼むよ。俺が好きなら、俺のために、花の死にこだわるのは、やめてくれないか?お前、何に怯えているんだ?別に、今期全員成績が悪かったとしても、それだけだろ。違うか?そうだろ」
「・・・」
「さっきも言ったように、俺は美香の事、お前が思うほど興味無いんだ。ミス研にも興味無い。お前がミス研に思い入れあるようだから、美香との秘密を守って、アイツの機嫌を取ってたけど、アイツが辞めるなら話は別だ。アイツの入部のきっかけは俺じゃない。お前が気になっていて、わざわざ入部して引っ掻き回すような事をしてるんだぜ、アイツは。」
「それが、俊郎の知ってる秘密?」
「そうだよ」
そして俊郎は黙った。意外だった。私は、美香に対して劣等感を抱いていたけれど、彼女は私が思うより私を意識している。静にとって、嬉しい誤解だった。それに、美香の事はもちろんだが、俊郎自身の気持ちにも驚いていた。本当に本心なんだろうか。
「俊郎、私は」
そう言いかけたのに、俊郎がいきなり、静の肩を引き寄せて、そのまま抱きしめるものだから、静はまた、言いたいことが言えなくなる。
「もう何も言うな。大丈夫。お前は死にやしないよ。こんなに魅力的なんだ。お前は、落伍者にはならない。ミス研なんか無くても、俺はお前の側にいるよ」
静は俊郎を先ほど見直したものの、今のことばには、それを帳消しにし、さらにマイナスに転じるほどの嫌悪感を覚えていた。
落伍者?
「私の何が、心配なの。どうして私が、落伍者になることを、死を恐れていると思うの?」
 静は美香に対しても、他の誰からも、臆していると思われるのが、何より嫌いだった。
「そうなんだろ?お前は問題が分からなかったら、自分が学校の呪いにかかって死ぬもんだと思っている。だから課題を聞いた途端、青褪めたかと思えば、急に真剣になって、バカ正直に調査なんかするんだ。そんなこと誰が言った?杞憂だよ、そんなのは」
「・・・私は・・・」
確かに、俊郎の言うとおりである。しかし、なぜかいつにもまして、彼が真剣に言えば言うほど、反発を感じる。静が行きたい方向に目もくれず、危険だからとグイグイ腕を引っ張られているようだ。
「お前は落伍者なんかじゃない。不安に侵される必要は無いんだ」
「私は死を恐れてるんじゃない。自分の知らないところに、真実があることが怖いのよ。貴方はそうじゃないの?」
静は言った。
「知ってるでしょう、あの噂。私には、学校に入学する前の記憶が無いのよ」
「は?」
今度は俊郎が首を傾げる番だった。
「入学の時の手術で、私には過去の記憶の一切が無くなった。記憶障害を起こした者は、排除される。学校の不審死をミス研で取り上げれば、記憶障害と不審死の関係も分かると思ったのに。誰も何も言わないのはどうして?人の過去を聞くのは失礼な事だから?血の色を、揶揄するよりも。もし・・・もしもよ。記憶障害と不審死の関連が100%なら、私はどうなるの?この課題と何か関係が無いと、言い切れる?不安が杞憂だなんて、俊郎に、どうして分かるの?」
 俊郎の顔はみるみるうちに青ざめた。一気に胸中の、(日記を除いた)半分をぶちまけた静の方が後ろめたさを覚えるほどに。静の不安は事実だが、俊郎を脅かすような事を言ったとは思わない。
「あの、俊郎?」
「記憶が無い?嘘だろ」
「ううん。嘘じゃない」
「なんにも覚えてないのか」
「うん・・・」
「嘘だろ」
俊郎は、なぜかひどくショックを受けたようで、フラフラと校内に戻ろうとした。
「俊郎?」
「悪い・・・今は一人にして」
行ってしまった。
  また、分からないことが増えた。いちばん考えやすいのは、今俊郎が話したことの一部、いや、場合によっては大半が、静ではなくて、俊郎に当てはまることだったということだ。
人の心はガラス細工のようだ。もろいだけでなく、反射や共鳴で、自分のモノではない気持ちを、自分のモノのような錯覚を引き起こす。 
つまり、俊郎は剽軽に振る舞いながら、実は術後の副作用で、静と同等レベルの記憶障害を起こしていた。自分の中の異端や落伍者的性質があることに怯えていて、学校に馴染むため静に言い寄った。
だから、静も記憶障害を起こしているとカミングアウトしたことで、俊郎の不安が、余計に膨れ上がった・・・ということ・・・。
仮説ばかり増える。
 静は、湖畔沿いを歩き大回りで校舎に戻ることにした。風は少し生暖かかったが、良い天気だ。散歩に適した午後と言えた。足元の砂利を靴で弄びながら歩いた。 俊郎は、結局私に何が言いたかったのか。いや、私にとって俊郎は何なのか。
静にとって、自分の不安の正体が掴めない事が不安だった。
 もしかして、と、静は考えた。俊郎が記憶障害を起こしているかも知れないと考えたように、三郎もそうなのでは? 
だから、「学校の呪いで死ぬ可能性の高さを示す指数」なるものを考案し、わざわざミス研で演説して、自分は死ぬ可能性が低いと自分に言い聞かせようとした。 
美香にしてもそうだ・・・。完全無欠の美女ながら、静を意識する意味がわからない。それは、プライドの高さから静にはそれを気取られたくないのだろう。しかし、その本懐は、やはり彼女も記憶障害を起こしていて不審死との関連を知るために、ミス研に入部したのでは。
・・・もしかして、ミス研の全員がそうなのだろうか。静はゾッとした。全員が「不審死」の候補者。これはミス研に仕掛けられた、死を回避するのがゴールの、ゼロサム・ゲームなのではないか。それなら、三郎の言う「これは課題ではなく、懲罰」と語った事への説明が付く。
そしてふとした違和感を覚えた。
三郎は「犯人がミス研の誰かなら全員一致の回答など不可能」で、「これは連帯責任の懲罰」だと言った。
ではこの場合、証拠や手がかりが不十分のために、どれだけ疑われても淡々と「自分ではない」と言い逃れる犯人の方が、「落伍者」でも「異端」でも無いということか?
学校側が期待するのは、真実の究明ではなく、静たちが、学校側が管理しやすい生徒かどうか、と言うことのはずだ。
けれどこの仮説にも、疑問は残る。
いくら死者への畏敬の念が世界線第二より著しく薄いとは言え、第一にも戦争の陰惨さや人を傷つけることへの苦痛や罪悪感ぐらいある。結局、花を殺したのは誰だ?教師に言われたからといって、ミス研のメンバーの誰かに、不可解で嘘があるかも分からない条件をそのまま呑んだ人間が、いるんだろうか。
「・・・」
 湖に潮汐はないが、水面は絶えず揺らめき光と飛沫を散らす。チャプッという音に誘われるようにして顔をあげると、そこには一羽、カモメが死んでいた。 
羽の他に、骨と足しか残っていなかった。静は死骸に目を奪われた。死の概念や掴むどころのない不安と比べて、死体は現実だ。
存在がある。
生き物が死ぬという状態に遷移するということは、「殺人」に限らず、老化や病気など、必ずなにかしら原因となる現象がある。
だから、そうか。死を思うのではなく、死を調べるということは安定している。
 そこになんの不安も必要ない。冷たくなった血と熱いままの血。どちらが良いかなんて比べるべくもないけれど、死体が生きている人間に襲いかかることはない。探偵が他人の死に殊更魅せられるのは、それが理由なのだろうか。確固たる存在と存在理由への渇望。 
そのカモメは赤い。鳥は賢い。赤と青の世界をボーダーレスに飛び回りながら、種の存続を脅かす交合を犯さない。
彼らには死の直前に、不安は訪れないのだろうか。
近づいて死体を覗き込むと、胃の中の残留物だろうか。汚れてはいるが、青色の何か目についた。
ビニール?
破れたビニールの一片。手近の湖の水で洗い流してみると、やはりそれは、カモメの肉体の一部ではない。手触りといい見た目といい、厚手のビニールの一片である。
誤飲?
猫かイタチにキレイに食べられてはいたが、静にはカモメがごくごく最近に、この近くで死んだように見えた。
対岸からはるばる流されたとしたら、いくら天然の撥水構造があったとしても、キレイに両翼と足と、それをつなぐ骨が残るとは思えない。
そして、青といえば校堂のシミだ。血液ではない。静はにわかに目的を思い出し、急いで校堂へ戻った。
「・・・・・・ない」
校堂の用具室には、マットやボール、平均台、テニスコート用のネットが雑念と収まっている。しかし、そこから多用途で用いられるビニールプールが消えていた。
と、なるとあのカモメが飲み込んだと思われる青いビニール片は、元はこの、校堂から消え失せたビニールプールだったのでは無いだろうか。
もちろん、他にもいろんな可能性はあるが・・・・・・。
静には、移動距離的に、そして時間的に、物と物をつなぐ線としては、自然な気がした。そして、こう考えた。自殺にしろ、他殺にしろ、縊死にしては、不自然な花の死体。その姿勢。 
花は、何らかの方法で気絶させられていた。そして、ビニールプールに入れられ下窓から水を入れられるなどし、溺死させられたのでは? 首に巻かれたスカーフは、捜査撹乱のための偽装。
それから、花を殺す舞台となった浴槽は、空気を抜き、下窓から回収された。
その過程、何らかのトラブルか、もしくは手っ取り早く空気を抜くための故意により、ビニールプールは破損し、バラバラにして湖に捨てられた・・・と。 
しかし、と静は再び首を傾げた。
相手を溺死させるのに、わざわざこんな回りくどい方法を取るだろうか?校堂の下窓あたりを見てみると、電源のコードはあるが、花が死んでいた場所から最短距離の蛇口は正門近くである。 
花をわざわざ裏口近くに連れ込んで、正門近くから水を引いて花を溺死させ、水を止めて裏門に周りビニールプールの空気を抜く・・・。人間はわずか10センチの水で溺死できるはずだから、花が完璧に気絶していれば、この方法で殺すこと不可能ではないのかも知れない。
けど、意識を取り戻した花が起き上がれば、それでオシマイだ。
それに、うまく殺せたとして、空気を抜いた際漏れ出た大量の水が、一晩のうちに乾くだろうか。ドライヤーでも持ってきた?
すると、下窓から手を突っ込んで花の首を絞め、密室殺人を作ろうとした間抜けな犯人像よろしく、密室殺人を作るためにドライヤーで水を乾かそうとする間抜けな犯人像が頭をよぎった。
 ふふっ。
目的と手段が入れ替わっている。
証拠を少なくして、花を殺そうと思えば、静は気絶させることに成功した時点で校堂ではなく湖に連れていって、溺死させる。人目にさえ気をつければ、この方がシンプルだ。もし教師陣が首謀者の殺人か、ミス研メンバーをイジメる為に、犯人に協力しているのだとしたら、花の死体を片付ける際、人海戦術で、水を拭き取って昨日のような写真を撮ることも、やはり可能だろう。
その場合、実行犯が生徒の中の誰かでも・・・呪いではないと言い切れるものだろうか?
なんだか、理屈では分からないことを、便利な「呪い」ということばで誤魔化しているだけのような気がする。すると問題はもはや、「呪い」とは何ぞや、という哲学である。
確かに意味蒙昧な呪いなんて、そういうものかも知れないけど・・・
そうか。と、静は気付いた。どの仮説も、誰かが「やろう」と思えばできないことは無くとも、やる意味・・・すなわち、そこに動機を感じられないからだ。教師に「やれ」と言われれば、誰でもやる可能性はある。けれども、「誰でもやる可能性がある」ということは、誰もやっていない可能性と、表裏一体だ。だからこんなに心許ない。花を殺して得をする人間は、誰だ?
世界線第二では、金や精神的満足のために殺しを行う。けれど、自白すれば、何年も拘束され自由を失う。メリットのために行ったことが、デメリットになる。だから言わない。けれど、ここでは殺人を裁く法はない。学校側が、花を生徒に排除させ、なおかつそれを隠蔽し、しかも生徒に捜査させるという仮定が、まず奇妙なのだ。
まどろっこしいだけで、学校側にメリットがない。
学校側が必要と感じたのなら、手前で花を排除すれば済む。必要ならミステリー研究部員全員を。これまでのように。
そこで思い出した。そう、花を生徒に殺させるという生徒を噛ませるやり方に、学校側のメリットがない。あのとき、学校側が課題を出したとき、スピーカーはなんと言った?
「・・・」
そういえば、半畳程度の大きさとは言え、一人でビニールプールを膨らますとなると、それなりに時間がかかる。
これにも何か、バイパスがあるのかも知れないと、静はあたりを見渡した。
ここは、すぐに察しがついた。おそらく、窒素ガスのボンベを使ったのだ。科学室は校堂の隣にある。電源はあるのだから、ガスを抜く際、圧縮機を使うこともできる。
わからない部分も多かったが、少し真相に近づいている気がした。
静は科学室に向かい、ガスボンベとコンプレッサーを調べた。
ガスボンベには、図書室の貸出本カードのように、使用前後のガス圧を示すカードが掲示されている。普段の授業の際、最後に記されているガス圧と実態が合わなくても、誰かの書き忘れだとか、キッチリ栓を締めていなかったのだと看過されるところ。だがやはり、記載されているガス圧と現在の表示に誤差がある。
ビニールプールを膨らます分程度の減り方・・・な、気がする。
一応、ガスボンベとコンプレッサーの指紋を取ってみた。しかし、ドアノブと同じ。ぐちゃぐちゃで、よく分からない・・・。
いろいろああでもない、こうでもないと考えているうちに、夜九時は間近に迫っていた。静は部屋に戻って、なにか分かったかとしつこく聞いてくる七海を無視して、寝た。
二日目の朝だ。
俊郎のこと、花のこと、その他ミステリー研究部員や保の事、授業の事、それがぐるぐると頭の中を回っていて、まとまっているとは言い難い。けれど、昨晩と違いよく眠れた。
わずかながら捜査に進展があったからことが、静の憂鬱を晴らしていた。
しかし、その気分は放課後に再び打ち砕かれる事になった。
時間になっても、部室にいるのは七海と俊郎だけ。
美香、爽、三郎が現れない。
俊郎は、昨日から様子がおかしく、今も顔色は悪いものの、ミス研には来ている。美香らが来ない理由がよく分からない。
10分ほど経って、三郎がようやく姿を現した。
開口一番に、
「美香と爽は来ない」
と言った。
「なぜ?」
静は平静を装って聞いた。
三郎は冷めた目で静を一瞥すると、
「君らには関係ないこと。ちょっと授業でトラブルがあったから、その後始末があるそうだ」
「そう」
「で、何か収穫はあった?」
「少し」
「へえ?どんな」
「それは・・・その前に確認したいんだけど、明日、美香と爽は来るのよね」
「僕に聞くなよ」
「三郎くんは、昨日これが課題ではなく連帯責任の懲罰と言ったけど、来なければ全員一致の回答も何も無いわ」
「だから、僕に言うな。それを言うなら俊郎はどうした。なんだか死にそうな顔をしている。大人しくて良いが」
三郎は挑発的に俊郎を嘲った。
「知らない・・・」
「君ら、付き合ってるんだろ?喧嘩でもしたか」
「それが?今、何か関係あること?」
「なんだ、感じ悪いな」
昨日のアナタの方が感じ悪かったわよ、と言いたいのを堪えた。
「なるほどね、なんだか見えてきたよ」
「何が、よ?」
「分かりやすい話だよ。俊郎と君だろ?花を殺したのは」
「ちょっと、いい加減なことを言わないでよ」
静は三郎を睨みつけた。
「なぜそう思うの」
「俊郎を庇ってる」
「・・・馬鹿らしい、一生やってろ」
「ちょっと、俊郎」
「あのな、ひとつお前に教えといてやるけど、静は俺を庇ったりしないぜ」
俊郎は出ていった。今日は、はじめから昨日よりカオスだ。
「・・・ちょっと。それなら、三郎くんが美香や爽にやっていることも同じよ。アナタ達青い血がグルになって、赤い血を貶めようとしているんじゃないの。美香なんか特に・・・公正中立を装って、実はノン・アイロンなんでしょ?」
「はあ?!何を根拠に・・・!失礼だな。大体。昨日言っただろう!僕は過去の死をもう一度洗い出したんだ。青い血が不審死する可能性は、赤い血よりも低いんだぞ」
「『可能性が低い』ことは『あり得ない』事じゃないわよ」
「屁理屈だ」
「昨日三郎くんが出した指数・・・それに何か見落としている『別の要因』を加味すれば、数字が逆転することだってあるわね。統計ってそういうものだもの」
「・・・・・・」
ギリリッと、歯軋りが聞こえそうな形相で睨みつけてくる三郎だが、何も言わない。静はいい気味だと思った。少し溜飲が下がった。
「でも、私は本気で三郎くんを疑っている訳じゃないのよ。昨日考えていて、思い付いたことがあるの。私達もう少し、先生から得られる情報をさぐるべきよ。この問題はヒントが少ない。だからこそ、いろいろな見方をしなければ」
「ふん。僕らに与えられた情報はこれだけだ。先生に『以上』と言われたろ」
「そこよ。ねえ、先生?昨日私達になんと言いました?三日後に『全員一致の回答を出せ』と?」
「・・・いいえ」
ややあってスピーカーが返事をした。三郎が目を見開いて、スピーカーを見た。静は内心、ほくそ笑んだ。
「では、なんと言いました?」
ため息が聞こえた。ややあって
「『六人一致』と言ったんです」
「おい、どういうことだ」
三郎を無視して続ける。
「それで、私達に、花を殺した犯人を探せ、と言いましたね。それだけですか?」
「それだけですよ」
「では、この短い問題の中で、先生が嘘を吐いているということは無いですか?」
「・・・・・・」
「どういうことだ。まさか・・」
「・・・・・・」
無言は肯定である。
「そういうこと。犯人がこの中にいて、何がなんでも言い逃れするつもりなら、三郎の言った通り、六人一致の解答を出すことは難しい。また、花が死んでいて、犯人がミス研メンバー以外の誰かと言うのなら、六人『全員』一致の解答を出すことは可能だけれど、広い校内の中、三日間という期限で犯人を特定するのは、不可能と言って良い。その場合は、確かにこれは課題の名を借りた懲罰。けれど、逆に、ミス研のメンバーに犯人がいて、かつ『六人一致』の解答を出せる条件が、ひとつだけあると言えるわ」
「花は、生きている?」
「そうじゃないんですか?先生」
「・・・・・・」
「そうだったのか。では、これは殺人じゃなく殺人未遂事件。そしてミス研全体への懲罰なんかじゃなく、ミス研の中にいる犯人を他の全員で議論して当てる、正真正銘の課題だった、というワケだな?!」
「それで先生、花は今どこにいるんですか?」
「・・・・・・花は今入院中です。明日までに学校へ戻ることは無理ですが、モニターから部活動に参加します」
「では」
と、三郎は居住まいを正した。
「花に犯人を聞けば良い。これで課題は正解必至だ」
現金なものだ。静は思った。昨日まで私のことを責めていたのに・・・正答の兆しが見えた途端、ペラペラと調子が良い。
けれど、このことばの引っ掛けに気付くことだけが、正解なんだろうか。排除がどうのというのはすべて静や俊郎の杞憂、ゲームのように趣きある(悪趣味だけど)課題を、と、学校側が取り計らい、私達ミス研メンバーはその欺罔に気付くか、測られただけ。初日より、そして昨日よりいくらか近付いているような気はする。けれど、こんなふざけたルールで、突然生徒を試そうとした先生。そして、花を殺そうとした犯人。死んでいないにしても、死ぬ可能性は感じたんじゃないか。
次の疑問は、なぜ花を殺さないのか、ということだ。殺すフリをするほうが、殺すより意味がない。
「・・・花は、犯人を知らない可能性があるわよ」
「何を言っている。ハッキリ姿を見ていなくても背格好ぐらい覚えているだろう」
「どうかしら・・・。これまでのことを考えると、知っていても言わないかも。私達だって課題を出された途端、自分に優位に働く材料を引き合いに出して、無実を主張し疑心暗鬼になって、いがみ合っているじゃない」
「花が犯人を庇って、何の得があるんだ」
「それこそが、呪いか殺人かと言うことじゃないの。三郎くんが言うように、先生方は《不審死》をちらつかせるだけで良い。生徒がどんな嘘を吐こうと、いいえ、たとえ生徒同士が殺し合おうと、動機など考える意味がなくなる」
「フフッ」
今度はハッキリとスピーカーから笑い声が聞こえた。腹が立ったし、不気味だった。
三郎は長いため息を吐いた。
「・・・悪かった。まず謝ろう。少し感情的になっていたようだ。そして、これが懲罰ではなく課題と確信できた今、静といがみ合うのは無意味だ。なんにせよあと一日しかないが、足並みを揃える必要がある。許してくれるか?」
「ええ」
「・・・図々しい」
ずっとやり取りを見ていただけの七海が、吐き捨てるように呟いた。
「それで、静の心当たりというのはなんだ。情報を共有しておこう」
「二つある。まず、この中でコード番号〇〇と親しいものはいる?」
保のことだ。
「それなら」
と、七海が言った。
「花と話しているのなら、みたことがあるけど」
「何を?」
「さあ?よく分からなかったみたい。彼って話し下手だから」
「いつの話?」
「えーと、今からひと月前くらいかな?」
この事件と、何か関係あるのだろうか。後で保に聞くとして
「それと、もう一つ。私が考えた事というのは、犯行の方法のこと。だけどこれは、まだよく分からない事がある。この後もう一度、調べに行くわ。私は思うの。私達が調査するのに慣れていないように、この事件・・・誰かを傷付けて、誰がやったかどうか分からないように偽装するなんて、生徒が犯人なら、それは初めての試みで慣れてはいないはず。焦りや戸惑いで、何か一つくらいミスを犯していると思うの」
「ミスって、たとえば?」
「どこかに指紋が残っているんじゃない?なんのヒントもくれないのに、磁性パウダーは、くれたんだもの」
そういえば、使い方を科学部の生徒に聞けと言われたけれど、わざわざ保に聞いていない。粉を付けて指紋が取れるか?それだけだし。
「・・・どうかな。アレがなんか役に立つか?」
一日目の指紋採取で、俊郎は磁性パウダーへの信用を失っている。
「なるほど。で?僕は何をすればいい」
「え、ええと・・・そうね。今日の事、美香と爽に伝えておいてくれる?」
「じゃ、じゃあ、私は?」
存在感の希薄な七海、けれど横やりは入れる。静は七海にも文句を言いたい気分ではあったが、せっかく穏やかな雰囲気に戻りつつあるのを、邪見に扱うのも得がない。
「えーと。じゃあ、七海は俊郎を誘って、明日科学の授業の折、教室を調べておいてくれる?同じクラスだし」
「ええ!なんで私が俊郎と・・・」
七海は、美香たちだけでなく、俊郎への嫌悪も隠そうとしない。彼女は、静と親しくする人にも、静と敵対する人にも、等しく嫉妬する。ある夜には、俊郎がいかに軽薄で粗野かを滔々と説かれ、別れるように説得してきた事があった。
しかし、静とて実はこの時、誰かの軽挙妄動を見下せる立場では無かったのだ。ミステリー研究部に犯人がいると指摘していても尚、それが誰であるという具体的なイメージを持っていなかったのだから。
三郎を説得できたことは良かった。けれど、俊郎から「花の死を無視してほしい」という願いは、無視した形だ。俊郎が、期六人一致の回答を出すというその土壇場で、静を困らせるだけのために状況を混ぜっ返すようなことをするとは思わなかったけれど、美香と爽の不参加といい、保への懸念といい、番狂わせの可能性は至るところにある。
静はその日、図書室で課題を終わらせた後、寮に戻ろうと言う時、カウンセリングルームから立ち去る俊郎の後ろ姿を見かけた。
「俊郎」
声をかけたのに気付かず、俊郎は行ってしまった。


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