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怖いの次に来るもの(著/内藤みか)

 シングルマザー歴も長くなると、他のシンママ(シングルマザーはシンママと略されることも多い)の話を聞く機会も増える。夫もしくは内縁の夫から暴力を受け、それから逃れるために離婚を選んだと語る人も一部にはいる。

 その体験は壮絶だ。内縁の夫に殴られて骨折した人、刃物で刺されて流血した人など、普通の夫婦生活では体験するはずがない恐怖を味わう人がいる。

 DVにはサイクルがあると言われている。まず最初にイライラが次第に募る「緊張形成期」が現れる。そしてその緊張が限度を超え、暴力に及ぶ「爆発期」が来る。ここまでならば、暴行する相手に嫌気がさして即離婚という流れになってもおかしくはない。けれど厄介なのはその後に「ハネムーン期」というものが到来することだ。これが話をややこしくしている。

 ハネムーン期には、加害者が、被害者に対してものすごく優しくなる。相手が負った傷を「大丈夫か?」「薬を買ってこようか?」「冷やそうか?」などと心配し、看病しようともする。それはそれは優しく、献身的に尽くしてくるので、被害者はここでうっかり相手を許してしまうのだ。

「あの人は本当はこんなにいい人。今回はちょっと虫のいどころが悪かったのね」
 などと自分に言い聞かせ、また仲良く暮らし始めてしまう。そして再び緊張形成期が始まり、イライラを募らせた相手がまたもや爆発して悲惨なことが起きる。暴力は次第にエスカレートしがちだし、信じた相手に再び裏切られたショックで、体も心も傷が深くなる。けれど、相手がまたまた涙ながらに謝罪してきてくるものだから、もう一度許そうかなという気持ちになり……と負のループに陥ってしまう。

 一部の被害者は、ある時ついに離婚に踏み切るのだけれど、それは長時間首を絞められるなど、本気で生命の危機を感じるからだ。「本当に愛している相手に、こんなひどいことができるだろうか」と感じたと語る人もいる。その頃には負のループを何周もしていて、消耗してしまっているケースもある。

 実はDVのサイクルから降りる時にもまた、怖い思いをする。離婚を切り出したら相手が逆上して何をするかわからないというのもそうだけれど、これからどうやって生きていこうとか、この選択は本当に正しいのかなどという未来への不安や迷いに襲われるのだ。結婚生活から降りるというのは、現代社会の一般的な流れから降りるということで、マイノリティに属するということになる。高速を走っている車から飛び降りるくらいの勇気が必要な行為なのかもしれない。

 先日亡くなったドキュメンタリー映画監督フレデリック・ワイズマンが撮った『DV』というそのまんまのタイトルの作品がある。そこには通報を受け、言い争っている夫婦のもとに警察官が駆けつけるというシーンが出てくる。警察官は「このままではあなたが心配だから別のところで今夜は休んだほうがいい」と妻を説得するが、あれやこれやと理由をつけて彼女は動こうとはしない。私たちはそこでDV事件では加害者と被害者の住所が同じなのだということだと気づかされる。

 私は悪くないのになぜ家を出なくてはならないの?
 出ていくのは夫のほうでしょう?

 彼女の心の叫びが聞こえてくるかのようだったし、それはごもっともだとも感じる。けれどストーカー事件もそうだけれど、危険を感じたら逃げるしかない時もある。釈然としないかもしれないけれど、逃げることこそが自分の体と魂を守るからだ。
 
 世の中には、おそらくものすごい数の、釈然としないままいまだに加害者と同居しているDV被害者がいるのだろう。離婚したいと思いつつ、なかなか経済的な自立がかなわず、加害者の稼ぎを頼りに生きるしかない人もいる。そして暴力を振るわれ続けているかもしれないのだ。

 一部の加害者は、罪にも問われないまま普通に暮らしている。一家の稼ぎ頭が逮捕されたら生活に困るという理由で、被害者が暴力の通報をためらってしまうことがあるからだ。そして加害者は被害者が訴えることができないと知っているから暴力を振い続ける。目には見えづらい家庭の闇は、もしかしたらあなたのすぐ近所にも存在しているのかもしれない。

 そして世のシングルマザーの一部は、暴力から避難してきている。勇気ある彼女たちを温かく見守っていただけたらとてもうれしい。


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