夜風に溶ける beyond.the.sky1199(応募作品)
彼とふたりでカフェを出たのは、夜の10時を少し過ぎた頃だった。
雨上がりのアスファルトは鈍く光っていて、街灯のオレンジが反射して小さな星のように見えた。肩を並べて歩く道すがら、彼はほとんど何も話さなかった。でも、その沈黙が不思議と心地よかった。
「……ちょっと、ここで話さない?」
突然、彼が足を止めた。小さな公園の脇。静かで、時おり車の音が遠くに聞こえるだけの場所。

私は頷いて、ふたりで並んで腰かけた。ベンチの背もたれが少しひんやりして、彼との距離が、妙に意識された。
「今日、楽しかった?」
「うん。すごく。」
私の声がやけに小さく聞こえたのは、鼓動の音がうるさかったせいかもしれない。
彼は、私の手元を見ていた。指先を、少しだけ近づけてくる。触れてはいないのに、熱が伝わってくるようだった。
「……最近、ずっと考えてたんだ。君とこうして話すと、胸が締め付けられるような気がして。楽しいのに、寂しい。もっと近づきたいのに、遠く感じる」
彼の声が低くて、ゆっくりと心に染み込んでいく。まるで、言葉が私の中に静かに沁み込んでいくようだった。
「私も……。なんか、同じ気持ちかも」
正直な言葉だった。大人になってから、こんなふうに心をさらけ出すのは怖かったけれど、彼の前では自然と出てくる。
その瞬間だった。
彼の指が、そっと私の頬に触れた。指先が熱を帯びていて、でも優しくて、私の中の何かがふっとほどけた。
「……触れていい?」
彼の問いは、耳元で囁かれたように、静かで甘かった。私は何も言えなかった。ただ、ほんの少しだけ目を閉じて、頷いた。
唇が、そっと触れた。

最初は軽く、ためらいがちなキスだった。でも、次の瞬間、彼の手が私の髪に指を通して、少しだけ角度を変えてきた。唇が深く重なり、互いの息が混じり合う。
音はしなかった。ただ、心臓の鼓動と、唇と唇が重なるたびに伝わってくる微かな震え。それだけが、世界のすべてだった。
彼の唇は柔らかくて、だけど、どこか切実なほど真っ直ぐだった。一度離れたかと思えば、すぐにまた重なってくる。その繰り返しが、どんどん私を蕩けさせていく。
指先はいつの間にか彼の胸元に触れていた。鼓動が早くて、それが嬉しくて、思わず少しだけ唇を噛んだ。
「……そんな顔、されたら……我慢できなくなる」
彼の声が掠れていた。抑えた熱がにじむようなその声に、思わず息を呑む。
唇が再び重なった時、今度は少し深く、熱を帯びていた。舌先が、恐る恐る私の唇をなぞる。受け入れると、彼はゆっくりとその距離を詰めてきて、私の奥へと入り込んできた。
深くて、甘くて、苦しいくらいのキスだった。
時間の感覚が溶けていく。雨上がりの夜風が、彼との距離を邪魔しないようにそっと吹いていた。
キスが終わったあと、彼は私の額にキスを落として、小さく笑った。
「もう、離したくない」
その言葉に、私は何も返せなかった。ただ、彼の胸に顔を埋めて、そっと頷いた。
作者紹介!
beyond.the.sky1199さん
編集部より
beyond.the.sky1199さん、応募ありがとうございました!
雨上がりのアスファルトの香りや、湿ったベンチなど、情景が浮かんでくる文章でした。どれをイラストにするか結構悩み、表紙に全部盛りみたいになってしまいました。
二人の縮まっていく距離感など、人の心の機微を伝えられるように精進いたします。またの応募お待ちしておりますbyしのぶ
