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【応募作品】月曜、パンを二人で SKY様(2084年) 虹色創作部


2084年、人はもはや食べる必要がなかった。
身体に埋め込まれたナノデバイスが栄養を管理し、味覚は記憶から再生される。
食事は義務ではなく、記録だった。

けれど、海辺の街《ノエリウム7》のはずれで、ミヤビという老女は毎週、月曜の朝にパンを焼いた。

彼女のキッチンには、電波も自動制御もない。
あるのは古びたオーブンと、粉をこねるための小さなボウル。
人が要らないと判断した道具ばかりが、彼女の生活を支えていた。

ユナが初めて訪れたのは、学校の課題のためだった。
「過去の生活」を体験する、というテーマの一環だったが、彼女はただ、その香りに惹かれた。

「本当に焼いてるんですか?」
問いかけに、ミヤビは粉のついた手を止めて笑った。

「焼いてるわよ。自分の手で。焼いて、“一緒に食べる”ためにね」

ユナは、ほんの少しだけ眉を寄せた。
食事は、数値とリンクで共有するもの。
接続すれば、味も感情も即座に伝わるのに。

「でも、温度だけは伝えられないのよ」
ミヤビはパンを整えながら言った。
「焼きたてをふたつに分ける瞬間だけ、人はほんの少し温度を感じるの」

それ以来、月曜のたびにユナは訪れた。
最初は味がなかった。
再生味覚にない感覚は、脳が意味を与えないからだ。

だが、4週目の朝、ユナはぽつりと呟いた。

「……苦い。でも、ちょっと甘い気がする」

ミヤビは、何も言わずに頷いた。
その頷きが、なぜか心に沁みた。

パンは熱くて、手がじんとした。
一緒に焼き、並んで座って、ふたつにちぎる。
その行為に、名前のつけられない感情が、ほんの少しだけ灯った。

春の終わり。月曜が来ても、ミヤビの家は静かだった。
鍵は閉ざされていたが、ドアノブにはかすかに焦げた香りが残っていた。

ユナは見つけた。玄関に置かれた布包みと、短い手紙。

《今度は、あなたが焼いてごらん》

包みの中には、あのレシピと、小さな木のスプーンが入っていた。
ユナはしばらく立ち尽くし、そして静かに家に戻った。


その夜、ユナは自宅の台所に立った。
慣れない手つきで粉を量り、水を加え、こねる。
何度も失敗しながら、ひとつだけ、かたちになった。

焼けたパンは、少し焦げていた。

でも、焼き立ての香りは部屋の隅々まで満ちた。
ユナはパンをちぎり、一切れを自分の口に運んだ。

もう一切れは、キッチンの椅子のひとつに、そっと置いた。

「……来週は、もっと上手に焼くから。だから、また一緒に食べようね」

返事はなかった。けれど、その温かさが、そこにあった。

パンの香りに包まれながら、ユナははじめて、
“共有する時間”というものを、自分の言葉で理解した気がした。

作者紹介!

編集部より

3度目の応募ありがとうございます!
近未来というと私は陰惨な物語ばかり想像してしまうのですが、SKYさんの作品はいつも通りあったかくてほっこりしながらイラストを作成しました。
服装で近未来感を出そうとしたのですが、ちょっと宇宙人ぽいかもしれません。。しのぶ

応募、まだ間に合うよ!


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