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【第659回】〈後編〉自治体による表現規制の動き(2025/09/17) #山田太郎のさんちゃんねる 【文字起こし】


今回のテーマ

山田太郎のさんちゃんねる、今回は「自治体による表現規制の動き(後編)」をテーマにお届けします。前回は多くの資料を前に時間切れとなってしまいましたので、今回はその後半戦として、最後までしっかりと解説していきます。

この1週間ほど国会は静かですが、表現の自由に関わる問題だけでなく、政府全体としては水面下で粛々と重要な動きが進んでいます。来年度以降の予算や重要な国家戦略の検討状況について、連日レクチャーを受けている状況です。

現在は国会閉会中であるため、自民党内の部会や調査会の活動も活発ではありません。しかし、だからこそ今のうちにしっかりと準備を進めておく必要があります。

というのも、おそらく新しい総理が選出されれば臨時国会が開かれ、それに伴って党内の部会や調査会の活動も再開されるでしょう。その場で、再び表現規制を推進すべきだという意見が噴出しかねないのです。

特に「青少年とインターネット環境」というテーマについては、前回も党内で激しい議論が交わされ、基本的には「規制すべき」という声が非常に根強い状況でした。

この国会が開かれていない期間にそうした動きが少しでも沈静化していれば良いのですが、もし議論が再燃すれば非常に厄介な事態になりかねません。そのためにも、今のうちから対応を万全にしておく必要があると考えています。

自治体によるゲーム・ネット・スマホ規制の動き

近年、香川県を代表例として、秋田県や愛知県など、様々な自治体でスマートフォンやゲームに対する規制の動きが見られます。特にスマホ規制に関しては各地で議論が巻き起こっているため、まずは日本国内におけるゲーム・スマホ規制条例をめぐるこれまでの経緯を整理しておきたいと思います。

後ほど関連条例の一覧もご紹介しますが、昨今のゲームやスマホ、ネットに関する規制の議論では、「健康への悪影響」や「医学的な見地」が前面に押し出される傾向があります。

こうした議論が本格化したきっかけの一つが、2016年12月15日に成立したIR推進法(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律)です。この法律は、いわばバーター取引のような形で、ギャンブル依存症への対策を講じることをセットで進められました。

このIR推進法を機に、「依存症対策」が大きくクローズアップされることになったのです。その後、2018年頃にはWHO(世界保健機関)が国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)を公表し、その中に「Gaming Disorder(ゲーム障害)」が新たに追加されました。

この流れを受け、もともとあったギャンブル依存症対策の文脈にゲーム依存症対策が組み込まれる形で、各都道府県が策定する「ギャンブル等依存症対策推進計画」の中に盛り込まれるケースが出てきました。

具体的な条例制定の動きとしては、2020年2月に秋田県大館市でゲーム規制条例を制定する動きが報じられました。そして同年3月18日、香川県議会で、全国初となる「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」が成立します。この条例も、ネット・ゲームへの「依存症」対策を目的としたものでした。

香川県の条例が大きな議論を呼んだ影響もあり、先行していた秋田県の動きは一旦ストップしました。2021年には東京都の小池知事が都議会で、「科学的根拠に基づかない内容での、条例による一律のゲーム時間規制は行わない」と明言するなど、自治体によって対応が分かれ始めます。

その後しばらく沈静化していましたが、最近になって愛知県豊明市でも同様の規制の動きがあり、「香川の再来か」と注目されています。

オンライン化するIRやギャンブルの問題が背景にあり、そこにWHOによるGaming Disorderの収載が加わり、それらがセットとなって「ネット・ゲーム依存症」対策へと繋がっていく。この一連の流れを理解することが重要です。

香川県のネット・ゲーム規制条例:その詳細と成立の背景

では、具体的な事例として香川県のケースを見ていきましょう。この条例はあまりにも有名で、私たちの番組でも繰り返し取り上げてきましたので、今回は要点を絞って解説します。

この条例が成立したのは2020年3月です。その内容は非常に踏み込んだもので、18歳未満の子どもを対象に、ゲームの利用時間を「平日は60分、休日は90分まで」と定め、さらにスマートフォンの利用時間についても「中学生以下は午後9時まで、それ以外は午後10時まで」とする目安を設けました。

「広くゲーム依存症から子どもたちを守る」という目的を掲げたこの条例は、当時大きな話題となりました。この香川県の動きの背景には、先ほども触れたWHOによるICD-11での「Gaming Disorder」の収載があります。これについては、日本の国立病院機構久里浜医療センターが大きく貢献したと言われています。

しかし、この「Gaming Disorder」を日本国内でどのように扱うか、例えば正式な日本語訳をどうするか、あるいは保険適用の対象となる疾病として認定するかといった根本的な議論が全く進んでいない段階で、香川県は前のめりに規制へと動きました。「WHOが認定したのだから、それを根拠に規制すべきだ」という論法です。

これは、例えば男女共同参画の分野で「女子差別撤廃委員会」からの勧告を根拠に国内政策が進められることがあるように、日本特有の「海外からの外圧」を錦の御旗にする手法と非常によく似ています。このゲーム規制も、多分に漏れず、WHOの決定をきっかけとして始まったのです。

WHOの動きに呼応するかのように、香川県では直ちにゲーム対策の検討委員会が設置されました。この委員会には、先述した久里浜医療センターの専門家なども招かれ、意見を述べたと聞いています。そして、この条例は議員提案として提出され、大きな議論を巻き起こしました。

条例制定に先立ってパブリックコメント(意見公募)も実施されましたが、この手続きにも疑義が持たれています。詳細は長くなるため割愛しますが、酷似した内容の意見が多数提出されるなど、その正当性が問われる事態となり、非常にグレーなプロセスであったと報じられました。しかし、結果として2020年3月、香川県でネット・ゲーム規制条例は成立してしまったのです。

条例の合憲性を問う裁判:懸念された「お墨付き」判決

さらに、この香川県の条例をめぐってはもう一つの大きな動きがありました。高松市在住の親子が、この条例は憲法違反であるとして違憲訴訟を起こしたのです。

私自身は当初、この訴訟について「少し厳しいのではないか」と感じていました。司法の場で争い、万が一敗訴してしまえば、この条例が司法に認められたという前例になってしまいます。そうなれば、他の自治体も「大手を振って」同様の規制を制定できるようになってしまうのではないかと、非常に危惧していました。

結果として、訴訟の詳細は長くなるため割愛しますが、最終的には原告側の請求は棄却されました。判決は、条例に様々な問題点は認めつつも、全体としては合憲、つまり「違憲ではない」という判断を下したのです。

この結果、私が危惧していた通り、この判決が今後、他の都道府県や市区町村がゲームやスマホに対する規制を導入する際に、強力な「お墨付き」を与えてしまった可能性があると言えるでしょう。

この裁判では、条例の複数の条文が問題とされました。特に重要視されたのが、第6条の「保護者の責務」と、第18条の「家庭におけるルール作り」に関する規定です。

具体的には、第18条1項で、保護者に対してゲーム等の使用に伴う危険性や弊害について子どもと話し合うよう求めています。そして問題となったのが第18条2項です。

ここには、保護者が子どもに対し、「1日あたりの利用時間を60分まで(休業日は90分まで)を上限とすること」スマートフォンの使用を「義務教育終了前の子どもは午後9時まで、それ以外の子どもは午後10時までにやめること」を「目安」として家庭内のルール作りに努めるよう規定しています。

このように、具体的な時間を明記した点がこの条例の大きな特徴であり、これが憲法に違反するのではないかと厳しく争われたのです。

判決は「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」というもので、原告側にとっては完全敗訴に近い形となりました。

この裁判は憲法訴訟の様相を呈しており、争点は多岐にわたりました。具体的には、憲法21条(表現の自由)、31条(適正手続の保障)、94条(地方公共団体の権能)との関連性、条例の立法目的の正当性、目的と手段の実質的関連性などが問われました。

さらに、平等原則、知る権利、職業選択の自由、家庭で教育を受ける権利、財産権、そして幸福追求権の侵害といった、非常に多くの論点で議論が交わされました。

つまり、裁判所が「この程度の規定であれば憲法上の問題はない」と判断し、結果的に条例にお墨付きを与えてしまった可能性があるわけです。

判決では条例の立法目的の合理性について、「ゲーム依存のようなものを予防すべき社会的要請については一定の根拠に基づき認めることができる」として、目的自体は合理的であると判断しました。

次に、手段の相当性については、条例が保護者に対して「一定の目安」を示し、子どもと話し合う機会を持つよう「努力を促す」といった、制限的ではない定め方を評価し、「立法手段として相当でないとは言えない」、つまり「問題ない」と結論付けています。

裁判所が特に重視したのは、この条例が「何ら具体的な権利の制約を課していない」という点です。罰則を伴う義務規定ではなく、あくまで「努力義務」であるため、権利を直接制約するものではないと判断したのです。

さらに、判決は「原告らの主張する諸権利は、いずれも基本的人権として保障される内容のものではない」とまで踏み込み、そもそも憲法で争うレベルの話ではない、という見解を示しました。

結論として、条例は「努力目標であり罰則もないことなどからすると、必要最小限度の制約で許されないとは言えない」と判断されてしまったのです。

しかし、たとえ罰則がない努力義務であっても、行政や自治体が公式に「ゲームは(過度にやると)悪いものだ」という価値判断を示したこと自体が、ゲーム業界やゲーム文化にとって非常に大きなマイナスです。

それにもかかわらず、司法は権利義務という法的枠組みの中だけで判断し、「何らの権利も侵害していない」と結論付けてしまいました。これは、裁判の結果として非常に厳しい、大変なものになったと言わざるを得ません。

愛知県豊明市のスマホ規制条例案

香川県の動きの後、しばらくこの問題は沈静化していましたが、今度は愛知県豊明市で、スマートフォンの適正利用を促す条例案が議論されています。

この条例案は18歳未満に限定されず、全市民を対象としているため、表現の自由の観点からも大きな問題をはらんでいると言えるでしょう。今回は、この豊明市のケースを詳しく見ていきます。

小山:報道によると、愛知県豊明市は8月25日、「仕事や勉強以外でのスマートフォンなどの使用を1日2時間以内とする」ことを目安に盛り込んだ条例案を提出し、審議が開始されました。使用時間の上限は香川県より少し長い設定ですが、最大の特徴は「全ての市民」が対象である点です。

市はこの条例案の目的について、「スマートフォン等の長時間の使用は、睡眠不足といった健康面の問題だけでなく、家族の会話が減るなど家庭環境にも悪影響を及ぼし、子どもの健全な生育を妨げる恐れがあるため」と説明しています。

対象者は「全ての市民と、市内の学校に通う18歳未満の子ども」とされており、市内に住んでいれば年齢に関係なく大人も含まれる、非常に広範な規制となっています。

条例案では、「余暇時間における、電話や生活に必要な機能以外のスマートフォン等の使用」を「1日あたり2時間以内」とすることを目安としています。市や学校、保護者などが連携して取り組むとも書かれていますが、その内容には疑問があります。

例えば、電話機能の使用は規制対象外とされていますが、スマートフォンでテレビ番組を視聴した場合はどうでしょうか。この条例案では「スマートフォンで見ているからダメ」ということになります。

しかし、同じ番組をテレビ受像機で視聴した場合は、おそらく対象外となるでしょう。「スマートフォン等」にはタブレット、ゲーム機、パソコンが含まれるものの、テレビ受像機は入っていないため、「Netflixをテレビで見るのは良い」ということになりかねません。

これはあまりに雑な議論であり、結論ありきで「とにかくスマートフォンは問題だ」という発想から出発している条例案ではないかと感じます。

この条例案の問題点を整理してみましょう。

  • 第一に、目的の合理性です。「市民全体が健全に暮らせる社会の実現」を掲げていますが、その定義は曖昧で、目的として合理的か甚だ疑問です。

  • 第二に、手段の妥当性です。余暇時間という、本来何をしても自由であるべき個人の領域に公権力が介入するのは、我々からすれば最悪の発想であり、自由主義の観点からも到底容認できません。

  • 第三に、議論の一面性です。スマートフォンには、娯楽や気分転換、学習や情報収集といったプラスの側面も数多くありますが、そうした点は全く考慮されていません。

  • 第四に、規制の不均衡です。先ほど小山さんが指摘したように、今やスマートフォンはテレビの代替でもあります。オンデマンド配信の普及で両者の違いは曖昧になっているにもかかわらず、なぜスマートフォンだけが狙い撃ちにされるのでしょうか。

  • 第五に、健全育成の観点からの矛盾です。青少年の健全育成を言うのであれば、深夜の勉強や読書などが及ぼす影響と比較してどうなのか、という視点も必要です。

少し俯瞰して見れば、この条例案がいかに無茶苦茶かが分かります。特に、保護者を含む大人まで対象にしている点では、香川県の条例とは比べ物にならないほど、正直に言って「質の悪い」条例案だと断言できます。

別の観点からも補足しますと、スマートフォンが目に悪いという話について、文部科学省の調査では「スマートフォン等も目に悪いが、本質的な問題は近くのものを長時間見続けることだ」という趣旨の報告もあります。

専門家の中には「スマートフォンよりも読書や勉強の方が目に悪い」と指摘する声すらありますが、こうした事実はマスコミ等でほとんど報じられません。本当に子どもの視力を守りたいのであれば、「読書も勉強もスマホも程々に」と言うべきでしょう。

むしろ「テレビは適度な距離を保てば視力は悪化しない」という話もあるため、極論すれば「勉強をやめてテレビを見ましょう」という主張すら成り立つはずです。にもかかわらず、今回の条例案はスマートフォンだけを狙い撃ちにしており、その合理性や科学的根拠(エビデンス)が完全に置き去りにされていると言わざるを得ません。

全国に広がるネット・ゲーム・スマホ規制

実は、こうした動きは香川県や豊明市に限らず、その他の自治体にも数多く存在します。これまでに紹介した事例は、主に「スマートフォンの使用が健康に悪影響を及ぼす」といった、厚生労働省が関わるような医学的な観点からの規制が中心でした。

しかし、他の自治体では異なるアプローチが見られます。例えば、2016年(平成28年)に制定された北海道日高町の「生きる力を育む早寝早起き朝ごはん運動の推進に関する条例」では、保護者が「テレビの視聴時間、インターネットやゲームなどの使用時間を適切に管理する」という趣旨の条文が盛り込まれており、この時点で既にネット・ゲーム規制の要素が含まれていました。これも努力義務です。

さらに遡ると、2011年(平成23年)に制定された京都市の「子どもを共に育む京都市民憲章の実践の推進に関する条例」にも同様の規定があります。ここでは、保護者は電子映像メディア(インターネットを含む)について、「子どもが過度に依存しないよう良好な家庭環境を形成するよう努めなければならない」とされています。

これらの条例は、健康問題というよりは「青少年の健全育成」や「家庭環境」に焦点を当てていますね。それにしても、なぜ公権力は個人の余暇時間や家庭環境にこれほど介入したがるのでしょうか。非常に疑問です。

長崎県の「長崎子育て条例」この条例は一見すると、そこまで悪質ではないように思えます。「県は市町や企業などと連携して、保護者に電子ゲームや情報機器類への依存がもたらす弊害などの情報を提供するなど、必要な取組を進めます」とあり、権利や義務を課すのではなく、県が情報提供に努めるという形を取っています。

しかし、問題はその提供される情報が本当に客観的で中立的なのかという点です。また、たとえ努力義務であっても、自治体から示された方針は、学校などを通じて事実上の強制力を持つ可能性があります。

そう考えると、この条例も場合によっては非常に危険なものになり得ると言えるでしょう。規制にお墨付きを与えることにも繋がりかねません。

鳥取県の青少年健全育成条例では、保護者に対し、「青少年の年齢及びインターネットを適切に活用する能力の状況に応じ、ペアレンタルコントロールを適切に行うよう努めなければならない」と定めています。

具体的には、インターネットを利用できる時間や場所を制限し、利用状況を保護者が把握するよう努めることを求めています。これも健康問題というよりは、保護者の責務を問う「健全育成」の観点からの規定です。

兵庫県の「青少年愛護条例」というのもあります。「愛護」とは、まるで動物扱いのようですが…。

この条例では、「何人(なんぴと)も、青少年のインターネットの利用に伴う危険性や過度の利用による弊害等を認識し、インターネット利用に関する基準作りが行われるよう支援に努めなければならない」としています。

そして、その基準には「インターネットの過度の利用等を防ぐための利用時間に関する事項」を含むよう求めています。

静岡県では、2018年(平成30年)8月に厚生労働省の研究班が「病的なインターネット使用が疑われる中高生が93万人に上る」との調査結果を公表したことを受け、県の教育委員会が動きました。医療関係者などと連携し、「ネット依存対策推進事業」として、ネット依存を防ぐためにネット利用の規制につながる取り組みを進めています。

このように見てくると、全国の様々な自治体が、それぞれ異なる理屈をつけながらも、スマートフォンやゲームを非常に規制したがっているという実態が浮かび上がります。

条例の定め方には程度の差こそあれ、行政が一度方針を示せば、それが事実上の強制力、つまり実効性を持ってしまう可能性がある。これが大きな問題点だと考えています。

自治体の規制強化に対し、日本政府はどう考えているのか?

ここまで各自治体の動きを見てきましたが、こうした状況に対して、日本政府はインターネット依存やゲーム依存についてどのような公式見解を持っているのでしょうか。

これは非常に重要なポイントです。国会議員として政府の対応を質すことは我々の第一の責務ですので、ここからは日本国政府の見解や考え方について詳しく解説していきます。

まず、WHOの国際疾病分類「ICD-11」に「GamingDisorder」が追加された件について、私自身が2021年3月の内閣委員会で政府に質疑を行いました。

その際の政府答弁を要約すると、まず「依存症」や「依存」の定義について、日本政府として確立された見解は承知していないとのことでした。さらに、仮にゲーム・ネット・スマホ依存というものが存在するとしても、その科学的根拠に基づいた治療法や予防法に関する知見は有していない、という回答でした。

私がこの質問をしたのには明確な意図があります。ある症状が国の保険適用の対象となり、「病気」として認定されるには、科学的根拠のある治療法や予防法の確立が前提となるべきだからです。

もし安易にこれらが「病気」と認定されれば、各病院は保険点数を稼ぐためにこれをビジネスにし、全国に「ネット依存症外来」のようなものが乱立しかねません。

医師も、それが点数になるのであれば「病気」として治療しようとするでしょう。これは非常に厄介な事態を招くため、そうした流れを食い止めるための「抑えの質疑」だったのです。

政府の答弁をまとめると、ICD-11に「GamingDisorder」が記載されたため、「ゲーム依存」に近い概念は存在するものの、「ネット依存」や「スマホ依存」については、そもそも定義すら確立されておらず、科学的な知見も存在しない、というものでした。

つまり、ゲーム、ネット、スマホ、いずれの依存に関しても、科学的根拠のある治療法・予防法はないということです。この質疑によって、香川県が制定した「ネット・ゲーム依存症対策条例」が、何の科学的知見にも基づいていなかったことが、はっきりと裏付けられたわけです。

次に、静岡県の教育委員会などが条例制定の根拠とした「ネット依存が疑われる中高生が93万人に上る」という調査の政府公式見解を見ていきましょう。

この調査について政府に確認したところ、正式名称は「厚生労働科学研究費補助金による研究『飲酒や喫煙等の実態調査と生活習慣病予防のための減酒の効果的な介入方法の開発に関する研究』」であることが分かりました。

そして、「93万人」という数値は、研究者が自らの考えで推計値を算出し、公表したものである、との回答でした。端的に言えば、これは厚生労働省が公式に認めた数値ではなく、一研究者が個人的見解として発表したものに過ぎないのです。

なぜこの点を強調するかというと、当時、新聞各紙がこの「93万人」という数字を大々的に報じ、「大変な事態だ」と一大キャンペーンを張ったからです。

この研究は通称「尾崎研究」と呼ばれていますが、研究タイトルからも分かる通り、本来のテーマはあくまで「飲酒や喫煙」です。その調査票の後ろの方に、唐突にゲームやスマホに関する質問項目が付け加えられていただけでした。

そのアンケート内容自体も恣意的で疑わしい点が多く、わずかな項目だけで「依存症」と断定するのはおかしいのではないか、という専門家からの疑義も呈されています。にもかかわらず、多くの自治体がこの研究結果を「政府の公式調査」だと誤解し、「大変だ」と騒ぎ立て、条例制定の根拠にしてしまったのです。

この研究報告書を根拠に静岡県が事業を進めている件について、厚労省の健康局に問い合わせたところ、「静岡県に対し、正確な研究成果の内容を共有させていただく予定です」という回答がありました。これは、静岡県が「93万人」という数字を鵜呑みにして事業を推進していたため、厚労省としても看過できなかったということでしょう。

さらに政府への確認を進め、以下の明確な回答を得ています。

  • 研究班の成果について:「厚生労働省研究班」による研究成果は、あくまで研究班に帰属するものであり、厚生労働省の公式見解ではない。

  • 疾病としての扱い:厚労省が対策を行っている疾病としての「依存症」の中に、「インターネット依存」は含まれていない。

  • 公式認識:厚労省は「インターネット依存」を疾病や精神障害であるとは認識していない。

  • 人数把握について:「インターネット依存」及び「ゲーム障害」人数の把握はしておらず、そのための調査も実施していない(2022年6月時点の回答)。

結論として、これは「天下の大誤報」とまでは言いませんが、厚労省から正式な回答を得て裏取りを進めると、当時の新聞報道がいかに実態と乖離していたかが分かります。

メディアがこの問題を過剰に煽り、それがきっかけとなって各自治体が「大変だ」とパニックに陥り、条例制定や対策の強化といった流れが生まれてしまった。この一連の経緯が、我々の調査によって明らかになってきたのです。

WHOの公式見解:「インターネット依存」は不採用

では、一連の規制の震源地となったWHO自身の公式見解、特にICD-11に関する考え方はどうなっているのでしょうか。この点について厚労省に尋ねたところ、「我々では分からない」との回答だったため、私の事務所から厚労省を経由してWHOに直接照会しました。

質問は「なぜインターネット依存症(インターネット障害)はICD-11に収載されなかったのか」というものです。これに対し、WHOからは「エビデンスが不十分である」という明確な回答が返ってきました。

具体的には、「SNSやスマートフォンの使用を含むインターネット使用については検討されたものの、異なる文化や環境に適応できる定義を持つ、診断可能な臨床状態として定義するにはエビデンスが不十分なため、ICD-11には含まれませんでした」とのことです。

つまり、日本の一部の研究者などが盛んに「ネット依存」と主張していますが、WHOのICD-11策定プロセスにおいて公式に検討された結果、「エビデンスがない」と結論付けられているのです。しかし、まだそれを諦めきれない人々が疾病化を目指す動きを続けています。

本来、こうした点について「おかしいのではないか」と国際機関や政府に正式な見解を求める作業は、国会議員の重要な役割だと考えています。誰もやらないので、我々の事務所が率先して行いました。

「ゲーム障害」にも課題:エビデンス不足と定義の曖昧さ

一方で、背景として「Gaming Disorder」がICD-11に収載されてしまったという事実があります。しかし、このGaming Disorderでさえ、収載当時には多くの専門家から「エビデンスが不十分であり時期尚早だ」という批判の声が上がっていました。

誰もが認める確立された病気や精神障害というわけではないのです。また、ICDとは、そもそも「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」であり、その名の通り、あくまで統計を取るための分類です。これができたからといって、直ちに臨床現場の診断基準が全て決まるわけではない、という点も重要です。

ICD-11におけるゲーム障害の診断解釈では、「精神症候」と「社会的機能の低下」の両方が揃って初めて診断可能となります。特に「社会的機能の低下」が重要な要件です。

例えば、単に長時間ゲームをしていて朝起きるのが少し遅くなる程度で、きちんと学校に行けているのであれば、それは定義上のゲーム障害にはあたりません。あくまで社会生活に深刻な支障をきたしている状態を指すのです。

また、様々な調査で「有病率」が語られますが、本来、正確な有病率を出すには詳細な「構造化面接」が必要です。しかし、そこまで厳密な手法で行われた調査はほとんどありません。

さらに、「嗜癖(アディクション)」という言葉の使い方自体が、人権侵害にあたる可能性があるとして好ましくない、という指摘もあり、この分野の用語の解釈は物議を醸しています。

この点についてもWHOから直接回答を得ています。重要なのは、精神障害(Disorder)は、病気(Disease)や疾病(Illness)とは異なる概念だということです。WHO自身が、「ゲーム障害」を「病気」や「疾患」と呼ぶことは不適当であると明言しています。

つまり、ICD-11への収載は、それが治療法も確立された「病気」であると認定したのではなく、あくまで「統計上の分類」として、そのような状態が存在することを示したに過ぎないのです。

では、なぜ「Gaming Disorder」が収載されるに至ったのでしょうか。その背景について、国立病院機構久里浜医療センターの樋口了三院長が自ら論考で語っています。樋口氏によると、

  • インターネット依存の歴史は浅く、1990年代後半から問題視され始めました。2005年にICD-11の改訂作業が始まった当初は、診断名もありませんでした。

  • 当時、多くのネット依存患者を診療していた樋口氏は、その「疾病化」が必要だと痛感しました。

  • そこで、WHOに対して疾病化について検討するよう強く働きかけ、そのための経済的支援も自ら行ってきたといいます。

  • この働きかけをきっかけに、2014年からWHOで検討プロジェクトが開始されました。

  • しかし、検討の結果、「インターネット全体を対象とした依存(ネット依存)」の概念構築は困難だと判断されました。

  • そこで、対象を「電子ゲーム」に絞ることで疾病化が可能と判断され、「Gaming Disorder」として無事に収載される運びとなった、とのことです。

つまり、樋口氏は「ネット依存全体を狙ったが、最終的にオンラインゲームで決着した」と述べ、自らの強力な働きかけと資金提供によってICD-11への収載を実現させたと証言しているのです。国立病院の院長という公的な立場でこのような行動を取ることは、非常に問題があるのではないかと私は考えています。

無根拠な調査が引き起こした「ゲーム悪玉論」の広がり

先ほど触れた「尾崎研究」のように、内容も目的も疑わしい調査が根拠となり、無根拠なゲーム規制が次々と生まれる事態となりました。その具体的な弊害と、それに対する我々の取り組みをご紹介します。

まず、文部科学省が作成した「行動嗜癖」に関する啓発パンフレットの問題です。「ギャンブル等、ゲームにのめり込まないために」と題し、高校生に配布する資料として作られました。

しかし、そもそも高校生は法律でギャンブルを禁じられています。なぜ配布するのかと問いただすと、「将来ギャンブルをする可能性があるから」という説明でした。

さらに、ゲームをギャンブルと並べて「行動嗜癖」と断定することの問題点を指摘し、科学的根拠について説明を求めたところ、文科省も「これはまずい」と判断し、最終的にパンフレットからゲームに関する記述は削除されました。

パンフレットのイラストを見ても、明らかにゲームを悪いものとして描き、ギャンブルと同一視しています。

また、「気分転換としてオンラインゲームを始めたら、やめられなくなった」という高校生の例が、医師が見た「ゲーム障害」として紹介されていました。これは、「勉強の合間の気分転換でさえも推奨されない」というメッセージを発信しているようにも受け取れ、非常に問題があると感じました。

我々の活動は、もぐら叩きのようになっています。政府の様々な文書をくまなくチェックし、問題のある箇所を一つひとつ指摘していきました。

例えば、政府の「青少年インターネット環境の整備等に関する検討会」の報告書にゲーム障害に関する記述があったため、「政府内にコンセンサスのある知見が存在しない現時点で、なぜこのような記述を載せるのか」と質しました。

政府側は明確な根拠を説明できなかったため、「エビデンスも説明責任も果たせないのであれば、記述を削除すべきだ」と主張し、最終的にこの記述は削除されました。

香川県では街宣活動を行うなど、直接的な働きかけも行いました。同時に、ゲーム政策に関するレクチャーを継続的に実施し、関係省庁のスタンスを明確にするための調査も行いました。

  • 厚生労働省: 久里浜医療センターに全国調査を委託したが、厚労省としてゲームの使用を制限する等の規制は行っていない。

  • 文部科学省: ゲーム依存に関する調査も対策も行っていない。

  • 消費者庁: 調査は行っていないが、親への無断課金などの問題については消費者生活センターで相談対応を行っている。

  • こども家庭庁: 調査は行っていないが、課金問題対策としてペアレンタルコントロールを推奨している。

このように各省庁の公式見解を明らかにし、対外的に発表することで、「政府が調査しているらしい」「国が動き始めたから我々もやらなければ」といった自治体の誤解や暴走を防ぐための「ピン止め」を行ってきたのです。

「ゲーム行動症勉強会」の開催

もう一つの重要な取り組みが、赤松健議員と共に主催している「ゲーム行動症勉強会」です。2021年12月から始め、これまで10回以上開催しています。

この勉強会の目的は、有識者を招いて議論を深めることと同時に、関係省庁の政策担当者に正しい知識を持ってもらうことです。政策担当者が不確かな知見に基づいて動くことの危険性を鑑み、毎回、厚労省、文科省、こども家庭庁、時には警察庁などから十数名以上の官僚に参加してもらっています。

勉強会では、非常に多岐にわたるテーマで議論を重ねてきました。

  • 精神医学・教育学の視点: 親が子に勉強させたいがために「病気」というレッテルを貼り、規制の口実にするのは教育的に問題であることなどを確認しました。

  • ゲームのポジティブな効果: 精神疾患の治療にも応用されている事例などを共有しました。

  • 不登校とゲーム: 不登校やひきこもりの子どもたちにとって、ゲームが重要な逃げ場やコミュニケーションの場になっている実態をフェアに議論しました。

  • 専門的な医療アプローチ: 「ギャンブル障害の原因はギャンブルそのものではない」といった嗜癖医療の専門的知見や、マインドフルネスなどの認知療法についても学びました。

  • 児童精神科医の視点: 子どもたちとゲーム・ネットの付き合い方の理想像について議論しました。

一連の議論を通じて得られた結論は、「安易にゲームを取り上げても問題は解決しない」というものでした。特に、ある精神科医の先生からは、「一部の子どもたちにとって、ゲームは最後の避難所。無理に取り上げることは、彼らから小さな安心の場所すら奪いかねない」という強い指摘がありました。

この意見には、参加した官僚や行政担当者も深く頷き、理解を示していたように思います。我々は、一方的な結論ありきではなく、様々な分野の有識者をお招きし、多角的な視点からこの問題を議論することを心がけてきました。

自治体による表現規制のもう一つの側面:イベントへの介入

ゲーム・スマホ依存症の問題はここまでとし、続いては、これまでも数多く行われてきた「自治体によるイベント規制」について見ていきたいと思います。

事例1:埼玉県営公園における水着撮影会の中止問題
まず代表的な事例として、埼玉県営公園での水着撮影会規制問題を取り上げます。

2023年、埼玉県が県営のプールを水着撮影会に貸し出すことを許可しましたが、ある政党の議員から「このようなイベントに公の施設を貸し出すのはおかしい」という働きかけがあり、一旦は中止に追い込まれましたが、公共施設の利用をなぜ拒否するのか、という点で多くの法的な問題が指摘されました。

県側が示した中止の理由は、主に以下の3点です。

  • 第一に「公序良俗に反すると判断した」こと。

  • 第二に、開催予定のしらこばと水上公園について、県民から「18歳未満のモデルが含まれ、過激なポーズや衣装が見受けられる」というメールが寄せられたこと。

  • 第三に、許可の際に伝えていた「過激なポーズや水着は禁止」という条件が守られていなかったこと、でした。

この件は、我々も埼玉県に直接問い合わせ、大野知事から直接お電話をいただいた記憶もあります。問題点を整理すると、非常に多岐にわたります。

  • 一律不許可の妥当性: なぜ個別の違反者への対処ではなく、撮影会そのものを一律で不許可としたのか。

  • 地方自治法244条との関係: 地方自治法は、正当な理由なく公の施設の利用を拒むことを禁じています。行政が恣意的に利用の可否を決めることはできません。

  • 政治的圧力: 市民からの働きかけは表現活動として尊重されるべきですが、議員がその地位を利用して圧力をかけることは大きな問題です。

  • ペナルティの適切性: 過去の違反を理由に、未来のイベントまで突然不許可にすることは、ペナルティとして適切なのか。

  • 連帯責任の不当性: ある主催者の違反を理由に、違反のない別の主催者まで利用を認めないのは不当ではないか。

  • 手続きの問題: 開催わずか2日前に突然中止を要請したのは手続きとして問題ではないか。

これらは、地方の政治家が表現活動に不当に介入した事例と言えるでしょう。地方自治法244条が定める「正当な理由がない限り、住民の利用を拒んではならない」「不当な差別的取扱いをしてはならない」という原則に照らせば、行政がイベントの内容で利用の可否を判断すべきではない、というのがこれまでの常識でした。

しかし近年、「公序良俗」を盾に、正当な理由がなくとも利用を拒むべきだという勢力が強まっているように感じます。ただし、議論の前提として、フェアな視点から慎重に検証すべき点も残っています。

それは、撮影会において公然わいせつ罪や児童ポルノ法などに違反する行為が本当になかったかどうか、という点です。

また、労働基準法や児童福祉法といった労働福祉関連の法令違反がなかったかどうかも、厳正に検証される必要があります。これらの法令違反は、当然あってはならないことです。

事例2:コスプレ撮影への規制 - 茨城県大子町の「著作権」を理由とした禁止。水着ではないコスプレ撮影への規制事例を見ていきましょう。

茨城県大子町では、人気アニメ『ガールズ&パンツァー』の聖地でもある廃校でのコスプレ撮影を禁止し、議論を呼びました。町役場の観光商工課によると、禁止の理由は公序良俗ではなく、「著作権侵害の懸念」でした。

過去にトラブルがあったわけではなく、もともと遠慮してもらっていたとのことです。町は、「商用目的で撮影されたり、著作権を侵害する衣装の写真がネットで拡散されたりすると、町が許可したと誤解される可能性がある」として、コスプレは著作権侵害に繋がりかねないという認識に基づき、原則禁止という立場を取っています。撮影を希望する場合は、事前の問い合わせを求めている状況です。

事例3:法令遵守を貫いた埼玉県の判断 - 廃校での制服撮影会

一方で、対照的な事例もあります。埼玉県のある市で、先の水着撮影会と同じ主催団体が、廃校を利用した制服や浴衣での撮影会を企画しました。これに対し、近隣住民からは「子どもたちが学んでいた校舎で性的な興行を行うのはふさわしくない」と反対の声が上がりました。

しかし、施設を貸し出す市は、「法令上、貸し出しを拒否する理由がない」と説明。水着撮影ではなく、際どいポーズもないため、地方自治法に定められた「正当な理由」に該当しないと判断し、利用を許可したのです。

この市の対応に対し、一部の学者などから「冷たい態度だ、禁止すべき」といった批判も出ましたが、憲法や地方自治法の原則に立てば、正当な理由がない限り利用を認めるのが本来の姿です。このように、自治体が原則を貫いて利用を拒否しなかった事例も存在します。

その他の自治体による規制の動き

時間がなくなってきましたので、その他の自治体による規制事例についても、駆け足で見ていきたいと思います。

本日何度も登場していますが、鳥取県のもう一つの事例です。9月2日、平井知事が県の人権条例を改正し、誹謗中傷や差別に当たると判断した投稿に対して削除要請を行い、応じない場合には投稿者に過料を科すことを検討していると表明しました。

非常に踏み込んだ内容ですが、実は誹謗中傷に関する条例自体は、すでに全国で21程度存在します。群馬県、愛知県、大阪府、東京都など、その数はヘイトスピーチに関する条例よりも多いかもしれません。

もちろん誹謗中傷は許されるべきではありませんが、条例の中身は表現の自由との関連で慎重に精査する必要があります。我々はヘイトスピーチを容認する立場ではありませんが、各自治体の取り組みについては、まだ全てを調査しきれていないのが現状です。

ここでは価値判断を述べるのではなく、こうした条例の制定が全国で進んでいるという事実を客観的にお伝えするに留めます。そして最近、公共の場に設置された裸婦像を撤去・移設する動きが全国で問題となっています。

2023年、兵庫県宝塚市では、橋の改修工事で一時的に撤去されていた裸婦像『愛の手』の再設置が見送られることになりました。この像は、男性の手のひらの上でポーズをとる女性をデザインしたもので、40年前の設置当初から「女性蔑視だ」としてハンガーストライキが行われるなど、激しい論争がありました。

当時は反対を押し切って設置されましたが、今回の再設置にあたり、市の景観審議会で議論が再燃しました。委員からは「見たくないものを見ない権利という考え方も広がっている」という指摘が出され、最終的に「見たくないという意見が一定数ある」として、異論なく再設置の見送りが決まりました。

同様の動きは他の自治体でも起きており、ごく最近では、香川県高松市で8月下旬に移設が決定し、静岡県静岡市でも移設が検討されています。

「時代にそぐわない」という理由もすごいですが、一体どういう時代を指しているのか分かりませんね。

ある教授は、「市民の理解があれば移設の必要はない」としながらも、「海外の公共の場に裸婦像はほとんどない」と発言し、物議を醸しました。これには「いや、ある」「いや、ない」と様々な意見が出ています。ベルギーの小便小僧や小便少女の像はどうなるのでしょうか。

芸術や文化として捉えるか、「見たくないもの」として撤去を求めるか、非常に難しい問題です。表現の自由の観点から考えると、①行政がそもそも設置するか、②設置後に圧力で撤去するか、③罰則を適用するか、など、様々なレベルで問題を切り分けて考える必要がありますが、一筋縄ではいかない問題です。

さらに驚いたのは、あの二宮金次郎像までが批判の対象になっていることです。薪を背負いながら本を読んで歩く姿が、「歩きスマホを助長する」というのです。これには唖然としますね。

本来は「働きながらも勉学に励む」という美徳の象徴ですが、右側は見方を変えれば「仕事中にサボって読書している」とも言えなくもありません。こうなってくると、何をやっても批判される。まさに「揚げ足取り」のような風潮が広がっていると感じます。

国の「男女共同参画基本計画」の影響力

最後に、自治体の規制の背景にある国の動き、特に「男女共同参画基本計画」の影響について触れます。以前、この番組でも取り上げた大阪府の「男女共同参画の実現をめざす表現ガイドライン」が良い例ですが、国の基本計画が自治体に与える影響は非常に大きいのです。

自治体が「こういう表現はダメだ」というガイドラインを示すと、それは単なる指針に留まらず、事実上の禁止として機能してしまいます。

この男女共同参画基本計画は、国連の女子差別撤廃委員会からの指摘を受けて策定・改定されることが多く、これが規制の源流となっています。我々は議員活動を通じて、計画内に不適切な表現があれば削除を求めるなどの働きかけを続けていますが、自治体は「国が基本計画で定めているのだから」という強力な根拠としてこれを利用します。

かつて存在した「公的広報の手引き」なども、その一例と言えるでしょう。直近では「第6次男女共同参画基本計画」が策定されましたが、私も当選後すぐの8月8日にこのレクチャーを受け、問題点を指摘しました。

  • 広告表現: フェムテック推進に関連し、いわゆる「エロ広告」など広告表現のあり方が議論の的になっており、注視が必要です。

  • 「違法な」性暴力表現: 当初「性暴力表現」とだけ書かれていた部分に、「違法な」という一言を加えさせました。この一言がないと、合法的な表現まで規制対象になりかねません。

  • 「不適切な」書き込み: この曖昧な言葉はSNS規制に直結するため、「子どもの性被害につながる恐れがあるもの(援助交際やパパ活の相手探し、使用済み下着の販売等)に限り、創作表現は含まない」という定義を政府に確認させました。

こうした曖昧な文言を閣議決定される計画に残しておくと、それが政府の公式見解として、テレビ番組やネットメディアなどへの規制を正当化する根拠になってしまうため、水際での対応が極めて重要です。

もう1つ、現在の大きな懸念事項です。政府の「インターネットの利用に関する青少年の保護に関するワーキンググループ」で、アダルト広告、いわゆるエロ広告の扱いが議論され、物議を醸しました。

このワーキンググループ自体は論点整理に留まりましたが、その議論を引き継ぐ形で「関係府省庁連絡会議」が立ち上がり、現在、短期・中長期的な取り組みが急ピッチで検討されています。おそらく9月中にはある程度の方向性が出る見込みです。

問題は、この動きが党内で報告された際に、「エロ広告やコンテンツを規制しないのはけしからん」「SNSの規制も必要ではないか」という規制推進論が久しぶりに噴出してしまったことです。

これまで党内でのこうした議論を抑えてきましたが、再び火がつきかねない状況です。今、与党内で緊張感を持って対処しなければ、まずい事態になりかねないというのが現在の状況です。

今回(と前回)のまとめ

さて、2回にわたり駆け足で見てきましたが、自治体による表現規制の現状をまとめます。

  • 有害図書規制: ネット販売の普及により、東京都のような一自治体の規制が、Amazonなどを通じて全国に影響を及ぼす構造が生まれました。

  • ゲーム・ネット・スマホ規制: IR(カジノ)問題に端を発するギャンブル依存症対策の流れから、ゲーム依存症へと議論が拡大し、「教育」か「疾病」かをめぐって規制が作られています。

  • イベント規制: 「けしからん」という一部の圧力によって、一度許可されたイベントが覆される事態が起きています。

  • 公共空間のあり方: 裸婦像の撤去問題に始まり、ついには二宮金次郎像が「歩きスマホを助長する」と批判されるなど、公共空間のあり方自体が規制の対象になっています。

これらの自治体の動きの背景には、【国連(女子差別撤廃委員会)の方からの勧告 → 国の男女共同参画基本計画 → 自治体の条例・ガイドライン】という大きな流れがあります。

自治体は国の計画を錦の御旗にして規制を進めるため、我々は大元である国の計画に不適切な文言が紛れ込まないよう、チェックと修正を続けています。

これら行政の動きに加えて、今後はプラットフォーマーによる自主規制やクレジットカード問題なども複雑に絡み合ってきます。今回は、国政の場で我々が何をしているかをご報告するとともに、全体像をご理解いただけましたでしょうか。

今後、自治体レベルでどう対応していくべきか、皆さんと一緒に考えていく必要があります。そして、今回は国内の動きを中心に解説しましたが、海外の規制の動きも非常に厳しくなっています。

例えば、本日の日本経済新聞によると、欧州連合(EU)の担当委員が、SNSを規制する新法案を2026年後半に提出する方針を明らかにしました。その中で、未成年者のSNS利用禁止がEUの検討課題になるとの考えも示されています。

SNS上の情報がウェブサイトにそのまま掲載される現状を考えると、いずれはインターネット全体の未成年利用禁止といった議論に発展しかねないと、現実的な問題として心配する必要が出てきています。

先日9月9日のイベントでも議論になりましたが、今や表現の自由という意味では「日本だけが最後の砦」という声も上がっています。特に英連邦などでは、もはや表現の自由は無いも同然で、海外では「非実在」か「実在」かという区別自体が存在しないのが実情です。

18歳以下に見えるものは、法益(何を守るかという目的)の議論とは関係なく、概念として全て児童ポルノであるという前提で法制度が作られているため、海外で「これは非実在だ」と主張しても理解されません。こうした厳しい状況の中で戦っているということも、ご理解いただければと思います。

次回予告:自民党総裁選特集

次回は、自民党総裁選の特集をお届けします。巷では総裁選をめぐる動きが非常に活発になっています。当番組では通常、政局や人事の話は扱いませんが、前回も実施しましたので、今年も特集をお届けできればと考えています。

「この人はダメだ」といったネガティブな切り口ではなく、「もしこの候補者に投票するなら、こういう政策を実現してもらいたい」といった観点から、それぞれの候補者の良さや強みをお伝えしていきます。

幸い、多くの候補者とは、良くも悪くも一緒に仕事をしてきた経験がありますので、その経験も踏まえて私の意見を述べさせていただきます。

コメントで「私の上司は林(芳正)さん」というご指摘がありましたが、私はどの派閥にも所属しておらず、特定の上司というものは存在しません。その点は誤解なきようお願いします。

だからこそ、特定の立場に縛られることなく、自由に発言できると考えています。自民党所属の国会議員として、皆さんのご意見も参考にしながら、総裁選びに臨んでいきたいです。

本日はここまでにしたいと思います。どうもありがとうございました。

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