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【其の五】 カニカニパニック

「まついという生き物」をご存知でしょうか。
画家であり、私の夫です。

このシリーズでは、妻である私が、その“奇妙な生態”を記録しています。
今回の観察では、松井少年と友人・Yくんが繰り広げた、ある夏休みの事件に迫ります。



数十年前、松井少年が小学校低学年のころ。
夏休み真っ只中の、早朝。

松井少年は、友人のYくんと自転車で荒川へ向かった。
川辺にはなだらかなコンクリートのスロープがあり、その先は砂浜。
ハゼ釣りもできる、長閑で平和な場所だった。



その砂地には「蟹山」があった。
掘ればちっちゃなカニがざくざく出てくる、まさに天然の宝の山。
少年たちは落ちていたビニール袋に、カニをどんどん詰めていった。

ところが──
テンションが上がりすぎた二人は、ふと我に返る。
「家に持って帰ったら、親が困るかも」

そう思って、せっかく捕まえたカニたちを逃がすことにした。

スロープの上からビニール袋をひっくり返すと、
ばらばらと広がるカニたち。
ところが、期待に反して彼らはスロープを下りず、
その場で右往左往してばかりだった。



するとYくんが、ある“アイテム”に目をとめる。
近くに積まれていた単管パイプ。

盆踊りの骨組みにでも使うつもりだったのかもしれない。

彼はその鉄パイプを持ち上げ、
何のためらいもなくスロープの上から転がした。

勢いよく跳ねながら転がるパイプ──

ちっちゃなカニたちは、バウンド地点をかろうじて避けた者だけが生き延びた。

「な、何やってんだよ……」
松井少年は凍りついた。



Yくんはみんなの人気者。
性格も素直で、お母さんたちにも評判がいい、すごく良い子だった。
ノリが良くて、面白いことを率先してやるが、
普段、そんな残酷なことをするような子ではなかった。

そのギャップを目にした松井は思った。

(この人、将来ギャンブルにハマるタイプかもしれない……)



その日の午後、テレビでは夏休み特番の心霊番組が放映された。
松井少年は釘付けになった。

カメをいじめた子供の枕元に、
深夜、カメの霊が出たという話──

白装束を着たカメのメイクをした俳優が、
下からの不気味なスポットライトに浮かび上がる光景に、松井は震え上がった。

──その番組を、Yくんも見てしまったのだろう。



翌朝のことだった。
Yくんが青ざめた顔で松井の家を訪ねてきた。
「オレ、指が……この形で戻らなくなっちゃったんだ」

その両手はチョキだった。

まるでカニのように──。



「松井くん、オレ、カニに謝りたいから、ついてきてくれないか」

これは一大事だ!
松井少年は、自転車に飛び乗った。
Yくんは、チョキの手でハンドルを握り、全力でペダルを踏んだ。
間もなく、ふたりは“現場”へ戻った。

Yくんは蟹山の方向に向かって神妙な顔になり、
チョキの手を合わせて
「ごめんなさい」と頭を下げた。



その瞬間──
「……あっ、戻った!松井くん、ほら!!」

振り返ったYくんは、グーパーグーパーしながら満面の笑顔を浮かべたのだった。



【観察記録・其の5】
松井という生き物は、
ふだん無邪気な顔をしながら、
ときどき人生の深淵をチラリとのぞいてしまう。
そしてそれを、今でもちゃんと覚えている。



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まついという生き物の暴走が止まらない。
──ぜんぶ実話。画家・松井雄功の“ちょっと変な子ども時代”を、妻が観察記として綴っております。

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この作品は、物語専門投稿サイト「Tales」にも投稿しています。

🧠 次回予告
留守番中にお腹をすかせた松井少年。
目に飛び込んできたのは──インスタントラーメン。
そして、冒険が始まった。

ちょっと笑えて、ちょっと心配な観察記録。
其の6も、どうかお付き合いください!



最後まで観察、おつかれさまでした!
「スキ」と「フォロー」で、次の観察報告がすぐ届きます。

次回も、奇妙な“まつい”が登場予定です。
お楽しみに!


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