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30年越しの推しの沼!私を救った任侠ドラマのヒーロー

私の推し活、それは最悪の中の最高の物語

私が「推し」に出会ったのは、中学生の頃でした。
その人は、私の遠い先祖の話をドラマ化した 『鶴姫伝記』 という作品に出演していました。

私の祖父は自分のルーツに誇りを持つ人で、この作品は彼のプライドを大いに刺激したらしい。
その結果、祖父の家には同じVHSが 5本 も揃い、親族が集まるたびに「家族行事としての鑑賞会」が行われました。

主人公は当時を代表する国民的美少女。
でも、子供だった私はその壮大な美しい悲恋にはまったく興味がなく、ただただ「早く終われ」と時計を睨みながら、うんざりした表情で画面を眺めていました。

ところが、何十回も観ているうちに、私はある少年の存在が どうにも気になって仕方なくなったのです。
それが 私の「推し」との出会い でした。

デビューしたばかりの彼は、初々しくて、可愛くて、元気いっぱい。
気づけば、彼が画面に映るたびに ドキドキする ようになっていました。
私の初恋でした。

しかし、田舎の子供だった私は、彼の難しい名前が読めず調べるすべもありませんでした。
今のようにネット検索ができる時代ではなく、テレビ欄や雑誌で調べる手段も思いつかない。

だから私は、彼のことを 「山口なんとか君」 と呼ぶことにしました。

それからしばらくして、ドラマ鑑賞会も自然とフェードアウト。私は彼のことを 忘れて しまいました。

あれから10年が経ち、私はあるレンタルビデオ店で 再び「山口なんとか君」に出会う ことになります。

時代劇好きの私は『新・影の軍団』という作品を手に取りました。
そして
再生ボタンを押した瞬間、そこにいたのは あの初恋の人 「山口なんとか君」

ただし、彼はもう「可愛い少年」ではありませんでした。
線が細く初々しかった彼は、ワイルドでセクシーでやんちゃな 〝任侠系〟アクション俳優 に成長していました。

あゝなんてカッコよくなって!
結果、私は再び 恋に落ちました。

しかし、相変わらず名前の呼び方が分からない。
この時点でも、彼はまだ「山口なんとか君」のままでした。

彼の活躍の場はVシネマが中心。レンタルビデオ店の 一番奥の、年頃の乙女にはハードルの高い棚 に並んでいたため、なかなか深く知ることはできませんでした。

それでも私は ずっと彼を推し続けました。

そして ついに10年前、私は彼の「本当の名前」を知る ことになります。

きっかけは、私が加入したばかりの スカパー でした。
ある日、スカパーのファミリー劇場で刑事ドラマを観ていると、画面に見覚えのある顔が。

「……山口なんとか君!?」

すぐさま作品の説明欄を確認すると。
そこには——

「山口祥行」 の名前がありました。
やまぐちよしゆきと呼ぶのだと知りました。

知ってから 20数年、ようやくたどり着いた 推しのフルネーム
その瞬間から私の 「本気の推し活」 がスタートしました。

スカパーで彼の作品を観るために、時代劇チャンネル、Vパラダイス、チャンネルNECO、チャンネル銀河、ホームドラマチャンネル……あらゆるチャンネルを契約。
私の推しは、時には残酷なヤクザ、時には真面目な警官、可愛く熱血な弟分、素敵な兄貴分、クレイジーなサイコパス、最強な伝説の番長、仮面ライダーのカッコ良い指揮官と様々な人間を魅力的に演じ分け私は夢中になりました。

観られない作品は DVDを買い漁り、オークションにまで手を出しました。

彼に関する小さな記事も見逃さず、毎日毎日Wikipediaをチェックするのが日課。

けれど、この 熱狂的な推し活の裏で、私の人生は最悪な状況に陥っていました。

仕事は困難の連続。管理職の私は24時間365日、仕事のことしか考えられない日々が 10年 も続いていました。
大病を経験し、何度も手術を受けて、心も体も疲弊しきっていた私は、気づけば 日常生活すらまともに送れない状態 に。

推し活は、唯一の 逃げ場 でした。
現実が辛すぎるからこそ、そこに 心の避難所 を求めました。
世界に浸れるその瞬間だけは私は幸せでいられました。

でも、人の心の器には限界があります。
ある日、私は ベッドから一歩も動けなくなりました。

そして、あんなに大好きだった 山口祥行さんの作品を観ることすらできなくなってしまったのです。

絶望の中、私は 人生最悪の選択肢 に手を伸ばそうとしていました。
毎日が真っ暗で、無味無臭な世界。

そんな時——

山口さんが Twitter(X)とInstagramを始めたのです。

さらに、代表作『日本統一』がスタートし、私は再び 立ち上がる原動力を得ました
毎月毎月、新作が続く『日本統一』。
私は 人生を終わらせるタイミングを失ってしまいました

何かに夢中になる心は、最悪な毎日にも 小さな希望を与えてくれます。

人見知りで出不精だった引きこもりの私が、SNSで同じファンの人たちと交流し、バスで何時間もかけて舞台挨拶に出かけ、オフ会にまで参加するようになりました。
私にとっては奇跡みたいな変化です。

エンターテイメントの力は、 本当にすごい。
いつも推し活が私を救ってくれました。

実はまだ今も私は試練の中にいます。
絶望して泣く日もあります。
人生の終わりを考える日も、あります。

でも——

そんな時に限って、 何故か山口さんがSNSを更新してくれるのです。
不思議なことに。
まるで「頑張れ」と言ってくれるように。
偶然が私にくれた小さくて大きな奇跡のプレゼント。

そして私はスカパーのリモコンを手にし、「山口祥行」と検索します。
今は昔のように苦労して探さなくてもクリックひとつで沢山の推しに出会う事ができます。
なんて幸せな事なんでしょう!
私は彼の作品を観て 笑い、ドキドキし、夢を見て、今日を生きるのです。

もちろん、芸能界のスターである山口祥行さんは 私のことを知らない。
私は、たくさんいるファンの一人に過ぎません。

きっと、この溢れるほどの感謝が彼に届くことはないでしょう。

でも、それでもいい。

私は、最高の推しを持っている。
それだけで、私は最高に幸せです。

最悪な私の人生に 最高をくれた「推し活」は、これからも続いていく。

どうかこれからも私の最高の推しが役者道をキラキラ輝いて活躍できますように。
いつまでも元気で幸せでいられますように。

私の最高でスペシャルでスーパーエクセレントな推し〝山口なんとか君〟
山口祥行さん
私と同じ時代に生きてくれて本当にありがとう。
あなたは永遠に私のヒーローです。



#ハマった沼を語らせて
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