Event Report:第7回「日記祭」
2025年11月30(日) 、東京・下北沢の商業施設BONUS TRACKにて
第7回日記祭を開催しました。
このレポートでは、日記祭当日の雰囲気のほか、トークショーの内容を一部抜粋してお届けします。
日記祭とは?
その名の通り、日記のためのお祭りです。
誰かの日々の記録を「本」の形にまとめた日記本即売会や、日記について様々な切り口で語るトークショー、音楽ライブや作品展示などもおこなっています。
2022年4月にはじまり、毎年4月と12月の年二回、開催しています(まれに年一回開催になります)。
自分の日記を本にして売る、即売会の光景
日記祭のメインコンテンツである「日記本」即売会は、日記屋 月日スタッフの話し合いの中から生まれました。
この即売会は、参加者の方が日記祭をきっかけにつけ始めた日記や、これまでつけてきた日記を本という形にまとめ、それを本人が販売するというマルシェイベントのようなものです。

出店方法は二種類あります。一つは「直接販売」と呼んでいて、出店者が直接お客さんに本を売る方法。もう一つは「代行販売」と呼んでいて、当日までにお預けいただいた日記本を、スタッフが代わりに販売するという方法です。
「日記屋 月日」は、日記の魅力について考えたい方や、これから日記をつけてみたいと思った方、なんとなく日記のことが気になっている方々が気軽に集まれるような拠点を作りたい、という願いからできたお店です。
ドリンクスタンド併設の書店を運営しているほか、オンラインコミュニティ「月日会」を運営したり、ワークショップを企画したり、出版部門があったりと、拠点としての活動は多岐にわたります。
書店として、日ごろ取り扱っている本は
(1)新刊本(ISBNバーコードがついていて、出版社から出ているもの)
(2)古書
(3)リトルプレス(一般流通していない自主制作本)
の3つに分類していて、そのどれもが日記に関連するものです。
お店の書籍売上のほとんどは、三つ目の「リトルプレス」で成り立っています。
文学、文芸のフィールドですでに活躍している方の日記本もありますが、「普段は別の仕事をしていて、日記をつける習慣がある」という方が自分のために作った小部数の冊子や、創作したい気持ちの先にあったのが日記形式で、それを形にした本といったように、いろいろな方の暮らしが綴られたものが並んでいます。

とはいえ、世の中にある日記本をすべて並べることはお店の規模からして、かなわないことでもあります。けれど日記祭の即売会は、そうした「書店の棚」という枠から広がって、どんどん拡張してゆく庭のような雰囲気が漂っているなと感じます。
それぞれの暮らしが「日記祭の開催日」をきっかけに交差し、そしてまた、わかれてゆきます。

トークショーのレポート
日記祭では、第1回から様々なゲストの方をお招きし、トークショーを催してきました。
第1回
・福尾匠×栗本凌太郎(月日)「個人サイトを立ち上げて日記を書く」
・阿久津隆×柿内正午「他者に日記を公開することについて」
・金川晋吾×内沼晋太郎(月日)「ワークショップ『日記をつける三ヶ月』を終えて」
・中村暁野×鷹取愛「日記を出版することについて」
第2回
・田中祐介×内沼晋太郎「人はなぜ日記を綴るのか」
・野中モモ×藤原隆充「日記を「わざわざ」自主出版する ー最も私的な個人メディアとしてー」
・植本一子×滝口悠生「あなたを書く/わたしが書かれる日記」
第3回
・古賀及子×pha「どうしてオンライン上で日記を書くのか」
・松本篤×久木玲奈(月日)×栗本遼太郎「わたしたちは思い出す——”私”の記録は”あなた”の記憶とどう交差するのか」
第4回
・古賀及子×マンスーン「内省したり反省したりする私たち」
・大崎清夏×ウメヤ×ヒライシカナコ「私たちは日記を連ねる」
第5回
・植本一子×山本浩貴「 日付のなかで表れる 」
・ 樋口直美×しらい弁当「 忘れてもなくならないこと 」(聞き手:荒田もも(月日))
「日記のことを語る」と一口に言っても、様々な切り口や考え方があります。その時々のテーマやトピックを軸にお話いただく内容を企画していますが、ベースにあるのは、すでに日記をつけている方にとっても、そうでない方にとっても開かれた存在であってほしいという気持ちです。
〈トーク1〉
滝口悠生×富田ララフネ×pha「日々の書き方——日記と小説の間」
小説家として「語り」の検討と実践を深め続ける滝口悠生さんと、2024年自主制作本『小島信夫の話をしたいのだけれど 長い小説を読むことが生活に与える影響についてのレポート』を刊行し、『Θの散歩』(百万年書房)の刊行されたばかりの富田ララフネさん。そしてnoteで日記を公開し、『曖昧日記』をはじめ『蟹ブ店番日記』などの日記本を自主制作し続けているphaさんの3名をお招きし、「日々」と「書くこと」についてお話していただきました。

左:滝口悠生
小説家。1982年東京都生まれ。2011年「楽器」で新潮新人賞を受けデビュー。2015年『愛と人生』で野間文芸新人賞、2016年『死んでいない者』で芥川賞。2022年『水平線』で織田作之助賞、2023年同作で芸術選奨、「反対方向行き」で川端賞。著書に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『ラーメンカレー』『さびしさについて』(植本一子との共著)『たのしい保育園』など。
中央:富田ララフネ
1990年、東京都生まれ。京都大学文学部卒。著書に『Θの散歩』(百万年書房)。
右:pha
1978年、大阪府生まれ。文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。著書は『パーティーが終わって、中年が始まる』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(幻冬舎)『しないことリスト』(大和書房)『おやすみ短歌』(枡野浩一・佐藤文香との共著)(実生社)など多数。短歌と散歩と日記が好き。
ボリュームたっぷりのトーク内容は下記のページから、お楽しみください!
(別記事に移ります)
〈トーク2〉大森健生×蓮沼執太「映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』をめぐって」
2023年に逝去した坂本龍一さんの最後の3年半を記録したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』。2024年にNHKで放送された「Last Days 坂本龍一 最期の日々」をもとに、未完成の音楽や映像などの新たな要素を加えて再構成された作品です。日記につづられた言葉や、遺族の協力により提供された貴重なプライベート映像を通して、坂本さんが最期まで音と生きた日々を映しています。
本トークでは、「日記」という個人的な記録と表現の関わりを中心に、故人の言葉をどのように受け取り、どのように伝えるのか。様々な切り口から、お話いただきました。

左:大森健生
1993年生まれ、東京都出身。2016年、NHK⼊局。報道局・社会番組部ディレクター。NHKスペシャルやクローズアップ現代を中⼼に、戦争・文化・芸術などをテーマとしたドキュメンタリーを制作。報道現場に携わる傍ら、記録性と詩性を重視した映像表現に取り組む。映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』は初監督作であり、NHKエンタープライズ在籍時に制作された。
右:蓮沼執太
音楽家、アーティスト。1983年、東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して、国内外での音楽公演をはじめ、映画、テレビ、演劇、ダンス、ファッション、広告など様々なメディアでの音楽制作を行う。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、プロジェクトを制作する。 最新アルバムに『unpeople』(2023)。東京2020パラリンピック開会式にてパラ楽団を率いてパラリンピック讃歌編曲、楽曲「いきる」を作詞、作曲、指揮を担当。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
聞き手:久木(日記屋 月日)
この映画における「日記」とは
久木 この映画を作る上で、大森さんは坂本さんの日記を託されるまでに8カ月かかったと伺っています。実際に日記を読まれた時の感触をお聞かせいただきたいです。
大森健生(以下、大森) 日記って、いろんな形がありますよね。常にペンと紙を持ち運んでいるわけでもないので、手元のスマホに打ち込んだりとか。私が最初にいただいたのは、スマートフォンのメモアプリにに綴られたものでした。こちらは早い段階でお預けいただき、8カ月かかったというのは手書きの日記でした。ご遺族の方と長らくお話させていただく中で、「あるよ」と言っていただいたんです。その日記の存在は一切知らなかったので驚きました。もちろん、最もクリティカルなことが書かれているので、ご家族の覚悟を感じました。
最初は、彼の晩年を描く上で必要不可欠であるご家族の逡巡を、受け止めきれませんでした。しかし、日記を読み込んでいくうちに「それどころじゃない」と思いました。とにかく形にしなければという気持ちに切り替わっていきましたが、初めて手書きの日記を読んだ時には鉄槌で頭を殴られる感じで、非常に動揺しました。
久木 蓮沼さんが本作をご覧になられた時の印象は、いかがでしたか。
蓮沼執太(以下、蓮沼) 僕たちが生きている時代の、偉大な音楽家の最期が記録された作品です。僕は生前お付き合いもありましたし、父親世代の方なので音楽家としてリスペクトしていますが、それだけではなくて。例えば、J-WAVEの「RADIO SAKAMOTO」のシーンで、僕も出演した回に坂本さんがいらっしゃって、終わった後ご飯を食べに行ったりそういう楽しい思い出も自分の中にあります。坂本さんは1人の人間の中に何十人という見え方が入っているような方で、映画ではその片鱗がうかがえますね。一言で形容するのは難しいのですが、集中力を持って見ることができる、力強い作品だと思います。
久木 坂本さんが「音で残すこと」や「文字で残すこと」の両方を実践されていたことについて、蓮沼さんはどのように考えていらっしゃいますか?
蓮沼 ちょうど『12』というアルバムの制作シーンがありましたが、『12』は音楽と音の間に位置するようなものを表現していますよね。ピアノ曲だと19世紀や20世紀のコンテキストをピアノで演奏して録音されているという意味では音楽寄りですが、たとえば1曲目のシンセのパッドから始まる深い音は、アンビエントと言ってしまえばそれまでですが、もう少し「音の塊が動いていくような音」なんですね。だから、やはり「音」を残していますよね。詳しくお聞きしていないので分かりませんが、おそらくそういった作業ができる健康状態のときにはずっと取り掛かっていたのでしょうね。
大森 そうですね。色々なメモというか、スケッチの数々を整理させていただいていると、作ることが生きていることに直結していたのだろうと感じました。
蓮沼 僕も作り手の端くれとして、生活すること、生きていることと作品を創造することは一緒なんです。今はテクノロジーが進歩しているので、コンピューターと鍵盤があれば音を作れるし、それで毎日向き合って作っていくこともできる。そういった時代の最初にいる人が坂本さんなんですよね。僕は後から生まれているから当たり前の話をしてるんですけど、時代がどんどん変わっていく、その先頭に常に坂本さんがいた。本作を観ていても思うのですが、僕たちが生きる指針を示してくれているというか、背中を見せてくれている感じがしました。
本作の日記は、本人によって書かれたテキストなので、散文のようでもある。それを田中泯さんが読み上げるわけですが、その音を聞いていると、音楽や文章と言い切れない詩のような日記だなと感じました。
久木 大森さんは、本作で田中泯さんに日記を朗読していただく際「とにかく引いて読んでほしい」とお願いされたそうですね。
大森 どのように読んでいただくかは慎重に議論を重ねました。やはり距離が近しい方の日記を朗読されるとなると、気持ちが入り込みすぎてしまうことから、最終的には淡々と読んでいただくところに辿り着きました。
ただ、やはり残された日記を何度も拝見させていただいて感じたのは、坂本さんの人間としてのタフさというか、どんな体調でも走るランナーのような、強い存在感でしたね。
「不在」を扱うということ
久木 本作の制作方針として「評論家をはじめ"関係のない人"を挟まない」「過剰な演出をしない」と決められたそうですね。故人を題材にした映像制作は、もちろんご家族のご意向をお聞きしながら進めると思うのですが、全員が手探りするしかない状態ですよね。そういった様々な試行錯誤が、より「坂本さんがすでにこの世にいないこと」を強調しているようにも感じます。
大森 僕は坂本さんが不在の状態しか知らない中での制作でした。
久木 蓮沼さんは『unpeople』というアルバムを2023年にリリースされました。まさに「人の不在」という意味が含まれていますよね。「不在を表現すること」について、どのようにお考えになっているか、お伺いしたいです。
蓮沼 坂本さんにも『async』というアルバムがあって、syncに否定の「a」が入っていますね。
『unpeople』というタイトルも否定の「un」が入っていますが、これは別に人間を否定しているわけではないんです。制作期間がコロナ禍だったのですが、人と会えない状況が続き、緊急事態宣言が出されました。皆さん、覚えていますか。その翌日、僕はフィールドレコーディングで渋谷に行ったんです。そしたら、誰もいない。誰もいないけど、電光掲示板のサイネージに爆音で広告の映像だけが残って、ガンガン鳴っている。もう世紀末みたいな世界で、そこに人がいない。人間が不在なんですよね。そこからこのタイトルを作り上げていきました。
大森 渋谷、行かれたんですね。
蓮沼 前日がコンサートだったのですが、それが終わった後「これは何かおかしい」と。まあ、あまり外に出てはいけなかったわけですが、基本的には、録りに行ってましたね。
そういった「対象」との距離感はとても重要だと思っています。
『Ryuichi Sakamoto: Diaries』も、距離感がすごいなと。もちろん日記を中心に展開されるお話ですし、坂本さんはもういらっしゃらないので、最後は必ず「死」が待っている。大森さんが坂本さんにお会いしたことがないという、その距離感が独特な形で落とし込まれていて、あまり見たことない作品だなと感じました。ドキュメンタリー作品で、監督がその対象者に会っていないという。
大森 僕は本当に、観客のみなさんに近い立場の人間ですね。例えば親しい人を描くにあたって、この部分は素敵だなとか、こうしたいなという欲求が出てきますよね。自分の中のその方に対する愛着もそうです。そういうものが観る人のノイズになってしまうかもしれない、と考えました。そういったエゴを極力削ぎ落とした結果がその距離感に現れたのかなと、お聞きしていて思いました。
蓮沼 大森さんはポジティブな意味で、坂本さんの影響を受けていない世代の方ですよね。
大森 そういうフラットさは作品にも出ているような気がします。不在の描き方は、非常に難しいテーマですよね。難しいなと思いながら、でも不在でしか表現できないので、やるしかありません。
でも一つだけ、ご本人の「不在」を意識せざるを得なかった場面がありました。ご自宅を撮るときですね。椅子一つ撮るにしても、ここに「いる」ように撮るのか「いない」ように撮るのか、それによって見え方が全然違ってきます。遠くにポツンと置いてある椅子なのか、近くに置いて、そこにいるようにするか、とか。そういった演出には非常に注力しました。コップ一つ、キャンドル一つ撮るのに、こんなに難しいことがあるのかという。
蓮沼 雲や月のような、自然の描写のカットも入っていましたね。
大森 個人的には、雲のカットが印象的でしたね。「東京ではこの雲の動きがゆっくりだ」という。あの雲のカットはカメラマンの方の技術が素晴らしくて、感動して入れました。
蓮沼 2021年6月5日の日記に、坂本さんが「雲の音楽」ということを書かれているんです。僕もこの映画のパンフレットに寄稿させてもらったのですが、やはり雲って、不定型で常に形が変わっていくものですよね。動いて、流れて、消えていく。すごく音楽的なものですよね。坂本さんもよくおっしゃっていたかもしれませんが、基本的にはもう全ての瞬間が淡く消えていくという。
大森 NHKスペシャル版と大きく違うところで言うと、坂本さんの幼少期の頃のエピソードを入れた点ですね。「ずっと雲に惹かれていたのか」と思わされるところがあります。
幼い頃の坂本さんが「自分はドビュッシーの生まれ変わりだ」と思っていたというのも有名な話ですが、自分のノートに坂本龍一ではなく「Claude」と署名している記録なども残っていました。これはNHKスペシャルの時にはたどり着けていなかった資料で、編集しながら「坂本さんにとって大事なものは何か」という議論を重ねる中で、知りました。とても大切なピースです。
「時間」と「いい音」について
久木 音やテキストなど日記的に何か記録しておくことや、その記憶と時間の結びつきに関して、お伺いしてみたいです。蓮沼さんは、フィールドレコーディングをライフワークとされていますよね。音を集めることは、時間を集めておくことにもなるのでしょうか?
蓮沼 フィールドレコーディングといって、環境音を録るということを20年ぐらいやっています。レコーダーとマイクを持っていくんですね。
坂本さんの『CODA』という映画でも、バケツかぶって何か録っている可愛らしいシーンもありますが、フィールドレコーディングって、誰にでもできるんです。世界には音はいくらでもありますから。ただ、僕にとってのフィールドレコーディングというのは、とてもプライベートなことなんです。他者が聞くものではなく、僕が聴いているものをただ録っている。そういう営みです。
面白いのは、レコーダーで録っていて、自分もその場所にいるわけです。レコーダーを放置するという技法もありますが、自分もいるときは、その世界の音を、自分も聴いているんですよね。
マイクで録っている音、自分が実際に聴こえている音、そこで感じている温度、湿度、においなどが全部一緒になってフィールドレコーディングをしている。だから、対象への解像度は高いわけです。でも、残ったものは音ですから、その時の匂いは記録されてないし、気温も違うわけなので、どうしても実際より寂しいものにはなります。
なので、時間を集めるというより、世界の色々なものを作るより、その音を「聴く」ことが、音楽にとって大切なことだと常に思っています。どれだけすごい音楽が作れても、その音楽を聴くことができないとなあ、と。フィールドレコーディングは、その鍛錬でもありますね。自然でも都市でもいいのですが、自分が普段では気づかないようなリズムがあるとか、「鳥がここから鳴いてるよ」とか。多くの発見があります。
大森 そこには、忘れたくないという感情もありますか? 例えば、忘れたくないから写真で撮って残すようなことは身近なことだと思いますが、音を残しておく人は、まだまだ少ない印象があります。録った音を振り返って、その時間を思い出したりするのですか?
蓮沼 聴き直したら、思い出します。その時の感覚とか、自分はこうだったな、こういうふうに思っていたなというのを。一方で、楽器をレコーディングするという録音もあるわけですが、それはもう音楽なんです。音楽になるための音なので、それは「作る」という営みなんです。もちろんその時の音を聞くと、その時のことを当然思い出すので、色々なレイヤーがあるというのが正直なところです。だから、よりプライベートな、パーソナルな営みに感じるんです。
先ほど触れた坂本さんの『12』のスケッチも、すごくパーソナルな雰囲気をまとっているなと思ってしまいます。作品を通じて、その時間を編んでるわけです。
大森 そこには、どんな感情があるのですか?
蓮沼 いい音が好きなんです。「これ面白いな」という音があると「聴きたい!」となる。音楽をやっている人は、基本そうだと思っています。どんな楽器を演奏していても、なんかいい音がするな、という発見がありますね。
大森 昨日、僕の母が初めてこの映画を観たんです。普段あまりそういう話をしたりしないのですが、感想とともに、唐突に「長い音ってないよね」と言い出して。つまり、長い音って自然な音じゃないよねと。坂本さんが奏でるような「ボーン」というような長い音は、こちらが意図を持って出さないと出ない音というか。「自然に発生した音は短い音なのかな」と母なりに考えていたようです。
蓮沼 お母さま、素敵ですね。確かに自然な音......パキって音とか、皿が割れるとかは短いですね。雨の音とか、集合体となったら長い音にも聴こえてきますが。
音って、何かと何かの接触なんですよね。接触しないと音が鳴らない。自然のものも、雨の音というより、上からしずくが落ちてきて何かに当たっている音が雨の音だと想起させるし、風の音といっても、風に何かが当たってボォーッと鳴る、とか。
今日、たまたま坂本美雨さんも出演されている舞台の最終日でしたが、舞台の後ろでバンド4人編成を組んで、劇伴をやっていました。そこでは自然の音も演奏したんです。嵐だったらサンダーシートという鉄板をその場でパパパパと動かしながら、その音を作ります。そうやって、音作り側から自然現象にアプローチしていくことはありますが、その人力の音は、一生続くことはないですよね。
ところで、シンセサイザーにはオシレーターという音を出す発信体があるんです。シンセサイザーって、基本的にはずっと音を出している状態なんですね。そこにパッチング(制御)することで、0にすることができるというもの。
例えば坂本さんの残したプレイリストにも入っているLaurel Haloの「Breathe」っていう曲などは、もう一生、グーッと鳴っているような音像だったりするわけです。
坂本さんはそういった、ずっと続いているような音が好きだったんだろうか思ったりしました。
会場からの質問
〈質問1〉フィールドレコーディングの話を伺って、日記を書くことと共通していると感じました。蓮沼さんは、フィールドレコーディングを続けることで、普段の暮らしの音の聴こえ方に変化がありますか。また、大森さんは坂本さんのプライベートなフィールドレコーディングを聴かれた時、どんなことを感じられましたか。
蓮沼 僕は歌詞を書くときも、フィールドレコーディングのように自分が出会った景色を言葉にして編んでいきます。旋律の上に載る言葉なので、「私は何々しました」みたいな形にはならず、言葉の断片や自分の感情をメロディーのコンテキストに当てはめていく。それは、日記の視点で世界を捉えていくことに近いなと思います。都市で暮らしていると、いろんな情報があって忙しくて、どうしても自分のことばかり考えてしまう。でも、他者の思っていることや出している声をきちんと聴きたい。世界の音を聴いて、自分が何を聴いているか意識すると、音が変わってきます。「あ、鳥の声が聴こえるな」と思ったら、今度は鳥の声しか耳に入ってこなくなるぐらいです。
それはフィールドレコーディングだけではなく、普段生きていても同じで、みんなそれぞれ声を上げているのに、意識してないから聞こえてこないだけ。そういったものにきちんと向き合えるような意識をしていこうというのが、フィールドレコーディングから教わることですね。
大森 僕は坂本さんにお会いしたことがないので、手がかりから想像力を働かせて接続していかないとたどり着けない存在です。フィールドレコーディングを聞いたときは、他者のパーソナルなものというより手がかりとして、こういうものを聞いてたんだなと必死に耳を澄ませて聞きました。日記と照らし合わせると、この時はこれぐらいの部屋にいたのかなとか、なんとなく息遣いみたいなものが感じられたりする。でも、それをどう生かせるかという方に脳みそが行っちゃってたりするので、自分のために聞くというより、これをいかに皆さんに還元していくか、どの音をどう届けるかという頭でいっぱいでした。贅沢に味わいたい気持ちももちろんありましたが、皆さんの坂本像は僕よりもはるかに強固で美しいでしょうから「これをどう届けるか」を考えることに必死でしたね。
〈質問2〉僕は大森監督の1歳下で、ほぼ同世代です。重い話になるかもしれないですが、僕はまだ自分が死ぬということを具体的に想像できなくて。大森監督がこの作品を作ったことによって、死への捉え方や解像度に、変化のようなものがあったのか、お聞きしたいです。
大森 そうでうね。頭では誰しも考えるのでしょうが、体で理解しているかというと、全然別です。身近な他者がいなくなる体験や、自身が死の淵に立ったとか、そういうものと比べれば、まだまだ分かっていないでしょうね。人生百年時代などと言われるような時代でも、本当に百年なのか? とか、突然病気になったら自分だったら何をしようとか、作品を通して思いを馳せる時間は常々ありましたが。僕も「俺の人生終わった」と思ったときに再びこの先品を観たら、また違った気づきがあるのだろうと思います。
(了)
明津設計さんによるメインビジュアル、店内展示
第7回「日記祭」のビジュアルデザインは、グラフィックデザイナー・明津設計さんにご依頼し、店内展示では明津設計さんが制作する「予定帳」をご紹介しました。
この手帳は、“新しい時間感覚をさがす”をコンセプトに、1日24時間のタイムラインに加えて、月と太陽の動きを視覚化しています。
時間の感じ方は、土地や文化、生き物によってさまざまです。月と太陽のスケジュールを意識しながら過ごすことで、私たちが慣れ親しんだ時間の感覚をやわらかく解きほぐし、これまでとは異なる距離から“時間”を見つめ直すきっかけを与えてくれました。
「予定帳 2026 / 明津設計」
会期:2025年11月30日(日)〜 12月28日(日)





オリジナルグッズのデザインを担当していただきました。


明津設計
ブックデザイナー/グラフィックデザイナー。書籍やポスター、ロゴマークなどの設計・デザインを中心に活動。
X: @akitsusekkei / Instagram: @akitsusekkei
私たちが大切にしていることについて
「自分でつけた日記を本にして売る」。
そんな一見妙な催しが開催され、静かな熱気が起こるのも、誰もが「日記」そのものを知っていることが支えているのだと、あらためて感じています。
日記をみずからつけ始める人は、どれくらいいるのでしょうか。学校で誰かに「つけなさい」と言われて始めた場合でも、あとから振り返ると生活の一部になっていて、その時々の自分の姿をうつす鏡になっていた、ということもあるかもしれません。日記はその時の空気をしまっておける「箱」でもあります。しっかり鍵をかけてもいいし、いつでも開けておいたっていい、おもしろい箱です。
日記が持つ力と、私たちの考え
日付から書けばどんな表現も受け止めるのが日記の面白さであり、懐の広さでもあります。大前提として、その文章が「誰かのただの日記」であるからこそ、読む人の心を大きく揺さぶる可能性があり得るでしょう。
それを、ポジティブなこととして受け止める方もいれば、ある日記に書かれている一文によって、とても悲しい気持ちになる方もいると思います。どちらも、「日記」という形式で書かれた文章が引き起こす感情です。そこに書かれた個人の感情や、読み手の抱いた感情は、決してなかったものにはできません。
しかし、本来であれば人目につかないような「個人の話」が書かれたものを取り扱っている背景から、店舗運営やイベント企画運営において、留意すべき観点がある、と私たちは考えています。
もちろん日記の楽しみ方は人それぞれなので、その自由を制限する意図はありません。しかし私たちの運営する場では、なるべく安心感をもって集まれるように、差別的・暴露的な表現、のぞき見的な関心、個人のプライベートに迫るような態度については、助長させたくないと考えています。
そのため、日記祭の即売会に応募される方に向けたフォーマットや、お店のサイト上に載せているステートメント文章に、その時々で加筆したり、アナウンス事項を増やしたりしています。サイトの「はじめに」というページにも記載しておりますので、お時間がありましたら、ご覧いただけますと幸いです。
今後も「日記の店」を運営しながら考えていかなければならないことは、マインド的にもオペレーションの観点からみても、様々あります。
日記祭や、ワークショップ、日々のお店でのやりとりや、雑誌『季刊日記』制作の過程など、数えたらきりがありませんが、「日記屋 月日」という場に集う表現者や来場者の皆さん、お客さんとの交流を通じ、様々なヒントを頂戴しながら、この先も日記の魅力とは何か、皆さんと共に考えていきたいと思っています。
写真:栗本凌太郎(日記屋 月日)
テキスト:久木玲奈(日記屋 月日)
